第31話 四天王結成
「だから入ってやってもいいって言ってんだよ! ……その四天王ってやつに……!」
薄汚れた病院の一室――壁よりは白く清潔なベッドの上で、少年は銀色の髪をゆらして恥ずかしげに顔を赤くしながら腕を組み、少し拗ねたような口調でそう言い放った。
「っ……」
「マジッスか……?」
「えっと……あれ? じゃあ勧誘成功?」
見舞いがてら再び諏方を四天王へ勧誘に来た八咫孫一、そして彼のかたわらに立つ明里と晋也は三人揃って呆然とした表情のまま固まってしまった。
「……すまん、もう数日は説得に時間をかけると見ていたばかりに、あまりの結論の早さに拍子抜けしてしまっていた。……それで、あれほど四天王入りを拒んでいた貴様が、どういう心境の変化だ?」
ベッド横のイスに座り、本を開いたままメガネの中央を中指で押し上げ、孫一は冷静さを取り戻しながら問う。
その疑問は当然であろう。前回の四天王への勧誘――つまりは同日に起きた屋上での人質騒動から、まだ一日しか経過していない。
騒動後に諏方は一時的に気を失ったものの、病院に戻されてすぐに意識を回復しており、次の日にこうして桑扶高校四天王の三人が彼の病室を訪れていたのだ――余談だが、人質となっていた鷹走武尊と茶髪リーゼントの二人も、現在同病院に入院している。かなりの大ケガではあったものの、互いに命に別状はなかった。
前回の勧誘ではキッパリと四天王入りを断っていたはずの諏方がなぜたった一回で心変わりしたのか、その真意を孫一は知りたいのだ。
「……昨日の屋上の件で、頼んだわけじゃねえがテメーらには助けられたからな。借りは返す……ってやつなのか? ともかく、なんかしねえと心がムズムズすんだよ……!」
「…………やはりか」
本を閉じ、ため息一つつく孫一。本来なら諏方が四天王に入るのを快諾した事を喜ばしく思ってもいいはずだろうに、とてもそんなふうな雰囲気を見せなかった。
「こちらから誘っておいてなんだが――そのような理由なら、俺は貴様が四天王に入る事を歓迎しない」
驚きで目を見開く諏方。彼だけでなく明里や晋也も、孫一の言葉に戸惑っているようだった。
「学校内でのトラブルの処理――それが四天王の役割であり、貴様を助けたのもその延長線上のものであって、断じて四天王に入れさせるよう恩義を売るためではない。そもそも不本意な形で四天王に入ったところで、貴様が十全に力を発揮できるとも思えん」
「そ……そんな事……」
思わず目を逸らしてしまう諏方。彼のどこか燻っているような表情を、孫一は見逃さなかった。
「うわべの言葉はいらん。……聞かせてみせろ、貴様が四天王に入ろうと思った本当の理由を」
「ッ……!」
真剣な眼差しで見つめられ、諏方は一瞬たじろぐも、一度大きく息を吐き出して自身の手のひらを見つめる。
「強く――――なりてぇ……」
小さく――しかし強く吐露される本音。
「くやしかった……屋上でのアンタたち三人の戦いを見て思い知らされた――オレはアンタたちより弱い。そして気づかされた――世界ってのは、こんなにも強え連中が多いって事を」
「…………」
「あはは……なんか素直に褒められるとちょっと恥ずかしいかも?」
「へへ、オレっちたちの実力はまだまだあんなもんじゃないッスよ!」
「それももちろんわかってるさ。……オレは最近まで暗いカゴの中に閉じ込められてたからな、まだ世界を知らなさすぎる……」
黒澤諏方が知る世界のほとんどは、まだあの暗い地下室の中にある。
それでもこのわずかな数日間で、青い空と灰色の空、淡いピンク色に咲く桜、夕焼け色に染まるラクガキだらけの校舎、少し薄汚れた白い壁の病棟――いくつもの景色に出会い、そしていろんな人たちに出会えた。
――まだ、学ぶべき事はたくさんある。
「アンタたちのそばにいれば、オレはまた多くを学べる気がする。強くなれる気がする……そしていつか、メガネ野郎――いや、八咫孫一!」
「ッ――!」
「いつかオレは、アンタにまた挑む、再戦する! ――そして次こそ、アンタに勝ってみせるッ……!」
「っ……」
指をさされ、リベンジを宣言され、そして――初めて名を呼ばれ、孫一の口元が一瞬だけ自然とほころんだ。
「……たわけめ。これから仲間になる相手にリベンジ宣言する阿保がどこにいる。だが――理由としてはさっきよりも自然的だ」
左手の人差し指でメガネの位置を直し、右手を銀髪の少年に向けて差し出す。
「改めて歓迎する――ようこそ、桑扶高校四天王へ」
「っ……」
諏方は再び、自身の手のひらを見つめる。
――かつて両親を亡くした自分に手を差しのべてくれた男がいた。
たった一度の――しかし少年の心に刻まれた深い裏切り。
他人なんて簡単に信用するべきではない――そうだとわかっていても、目の前に差し出された手は未だ地下室の中にある自分を光へと導いてくれるように見えて――、
『少しずつでいい――他者を信用するということを覚えなさい』
同じように手を差しのべてくれた母方の叔父であるニコライは、たしかに自分を救い出してくれた。
もし、また一度、願ってもいいのなら――、
「…………よろしくだ、八咫孫一」
一呼吸置き、差し出された孫一の手を諏方は強く握り返す。
――もう一度信じてみたいと思う……屋上で共に戦ってくれた四天王のことを――。
「それと……お前らもよろしくな……猿崎晋也と……夜空明里……」
同じく名を呼ばれ、こちらの二人はストレートに喜びの感情を表に出した。
「こちらこそよろしくッスよ、諏方センパイ!」
「ウチらの名前まで覚えてくれてたとか最高だよ、すがたっち!」
明里と晋也はベッドに上半身だけ起こしていた諏方を、勢いよく抱きしめる。
「なっ⁉︎ やめろテメーらッ⁉︎ つか夜空明里! テメー女なんだから無闇に男に抱きつくんじゃねえ!!」
「キャー! 可愛いー! 昭和男児かよコイツゥー!」
「う、うるせー! それに猿崎晋也! テメーなんだよ先輩って⁉︎ テメーたしか三年で、オレの方が後輩だろうが⁉︎」
「オレっちは尊敬する相手だけセンパイって呼ぶ事にしてるッス! そんで諏方センパイは、オレっちにとっての初のセンパイッス!」
一応の抵抗は見せるも、回復しきれていない諏方の力では二人を引き離すことができなかった。
「尊敬なんて、オレにはそんな……」
「何言ってんスか? 損得考えずに、傷だらけの身体を引きずって誰かのために戦える漢なんて、不良の中でもそうはいねえッスよ」
「っ……」
「そうそう、だからこれはご褒美。女の子に抱きしめられるなんて滅多にない機会なんだから、素直に享受しなさいな」
「……なんだよそれ」
諦めか照れ隠しか、諏方は抵抗をやめて二人の抱擁を黙って受け入れた。
「たく……そのへんにしておけ、コイツが入院中だという事を忘れるな」
孫一の制止を受け、二人は名残惜しそうに諏方から離れた。
「昨日の傷もある。まだしばらくは入院生活が続くだろう。……今のうちに身体を休めておけ。学校に戻ったら馬車馬のように働かせてやる」
「…………へ、上等だ……」
無理に起きていたのだろう。諏方はベッドに倒れ込んでそのまま眠りについた。
「…………これで、まごっさんが思い描いた真の桑扶高校四天王結成ッスね」
「……結論には早い。この男の実力はまだ未知数。上手く育てられるかはこれからの俺たちの動きと、この男の潜在能力次第だ」
メガネのブリッジを人差し指で押さえ、孫一は穏やかな顔で眠る銀髪の少年を静かに見下ろす。
「三巨頭会議まであと二週間――それまでに仕上げるぞ、この不良を」




