第28話 紅き蠍は夜空を愛で
「キャー! お姉様ぁー!」
「お姉様がご登校いらっしゃいましたわー!」
「お姉様ー! こっちを向いてくださいなー!」
「――ふふ、皆様ご機嫌よう」
「「「キャァァァァー!!!」」」
少女たちの黄色い讃美歌が、白と緑に彩られた庭園に響き渡る。
修道服に近いデザインの濃茶色の制服に身を包んだ少女たちは皆一様に顔を紅潮させて、一際目立つ紅い髪の少女をキラキラと光る眼差しで見つめていた。
彼女は他の少女たちと同様に濃茶色の制服を身に付けつつも、他の少女たちよりもひと回り高い身長と毛先が外側に跳ね返った特徴的なポニーテールの紅髪が、その存在感を浮き立たせる。
紅髪の少女は軽く手を上げて穏やかな笑みを浮かべると他の少女たちはさらに顔を真っ赤にさせて、その場で卒倒しかねないほどに興奮の叫び声を上げた。
都内の外れ側にある教会が併設されたとある女子校――いわゆるお姉様ポジションである紅髪の少女はポニーテールを風になびかせながら、優雅な足取りで校舎横の庭園を進んで行く。彼女の後ろを少女たちが列を形成しながら着いてゆき、話しかけてくる子たちを彼女は当たり障りのない言葉で受け答えする。
他の学校では見られない異様とも言えるその光景はしかし、この学校においては日常的な風景と化していた。
「それじゃあ――生徒会のお仕事があるから、アタシはここで失礼するわね」
残念がる少女たちに向けてウィンクを投げかけ、彼女たちをキュンとさせてから、紅髪のお姉様は生徒会室と書かれた看板の部屋へと入ってゆく。
「…………ふぅ」
彼女は一息つくと誰もいない室内の奥へと進み、ポットの紅茶をカップへ注いで優雅なティータイムを嗜む――のではなく、冷蔵庫から取り出した瓶コーラを片手に生徒会室奥のいかにも高級そうなイスにドカっと勢いよく座って、指パッチンで瓶の栓を弾くとゴクゴクと中身を豪快に喉に流し込んでいく。
「プハー!! やっぱ朝から生徒会で飲む瓶コーラは最高ねぇッー!!」
優美なお姉様から途端、まるで仕事明けのビールを飲む中年男性のように、雰囲気が一変する紅髪の少女。その姿は風情ある重厚なゴシック調の日差し差し込む室内にはあまりにも不釣り合いで、先ほどまでとは別種の異様な光景を映していたのだった。
「――いくら誰もいないからといって、学園内で素を出しすぎるのは危ないですよ、園宮茜生徒会長」
呆れ気味な口調で苦言をていしながら生徒会室へと入室したのは、メガネをかけた長い茶色い髪の少女だった。
「そんないけずなこと言うなよー、荊副会長。いつもの不良モードより、お姉様モードでいる方が万倍疲れるんだぜー?」
文句ありげにプクりと頬を膨らます生徒会長に、さらに呆れのため息をこぼす副会長。
園宮茜と釘宮荊――彼女たちはミッション系女学園の生徒会長と副会長でありながら、関東三大チームの一角である『紅刃蠍』の女番長と副番長でもあったのだ。
茜は普段の派手めな服装や不良モード時の紅い特攻服からは打って変わって、修道服を基調とした制服を着ただけで彼女にお淑やかめいた雰囲気を纏わせる。
荊に至っては長いストレートの茶髪だけはそのままに、バツマークのマスクを外してメガネをかけるだけで、まるで別人のような理知的な印象を抱かせた。
「まったく……私も大概なことは言えませんが、お姉様と慕う学園の生徒会長の正体が実は泣く子も黙るレディースの女番長である事を思うと、我が学園の生徒たちが不憫でなりませんよ」
「そこはまあ、バレないように上手くやれてるつもりだよ? 現にアタイがクリムゾン・スコーピオンを創設してから三年間、一度も学園内で大きな騒動にはならなかったでしょ?」
「バレてしまった子にはその場でチームに加入させてますからね! 学園外での大事を恐れて教師たちも口出しはしてきませんし、何より今どき珍しい学園内での携帯およびパソコンの使用禁止によって、我らの秘匿は結果的に守られています。……まあ、私たち生徒会は特別権限によって、ネット関係の使用を認められていますが」
「あ! ネットで思い出したけど、荊は昨日のネットニュースは見た?」
まるで昨日見たテレビの話をするように、茜はキラキラと瞳を輝かせて机から身を乗り出す。
「ネットニュースというと、例の桑扶高校の人質騒動の話でしょうか?」
「それそれ! 人質を助けるために、悪の不良に立ち向かう正義の不良とその仲間たち! やっぱり勧善懲悪物は、王道的で熱くなるねぇ!」
「不良という時点で、どちらにしろ悪側の人間だと思うのですが……しかし意外でしたね。表に出る事を嫌っていた桑扶高校四天王が、まるで存在証明のようにあえて派手に暴れるとは……やはり、狙いは獅子瓦壊兎の首でしょうか?」
同じ関東三大チームである『蒼青龍』と同様に、クリムゾン・スコーピオンもまた桑扶高校四天王の実在を以前から認知している。彼らの今回の動きに対しても荊は、同じ立ち位置である昇と共通の見解へと至っていた。
「かもしれないわねー。八咫君、隠し通してるつもりだろうけどアタイレベルだと野心ギラギラなのバレバレだし。……まあ、アタイ的には同じく八咫君の野心に気づいてるだろう獅子瓦が今回の騒動をけしかけた真意の方が気になるけど」
同じ三巨頭である獅子瓦の性格の悪さをよく知る茜は、四天王から外されて精神的に追いつめられていた豚山や、自身に従順な『金色魚群』が主導で動いていたという事実で、彼が今回の騒動の黒幕である事にも気づいていた。
「まあなんにしろ――今後のキーポイントになりそうなのはやっぱりこの銀髪のおチビちゃんになりそうね」
生徒会の特別権限で使用できる携帯電話を取り出し、ニュースサイトの桑扶高校人質騒動の記事に載っている写真の一枚に茜は指を添える。
「黒澤諏方――少し調べましたが過去の経歴は一切不明。わかる限りの情報はここ数日の桑扶高校での転入以降。まだ不透明な部分は多いですが、八咫孫一が四天王加入のために動く程度には実力はあるものと私も見ていますが……まさか獅子瓦壊兎が彼を目的に、今回の騒動を起こしたと生徒会長――姉御はお考えなのですか?」
「その可能性もありえるって事さ。アタイもほんのちょっぴりだけど、なんかこの子とは今後もお付き合いがありそうな予感がするのよねー……」
「……意外ですね、姉御は高身長な殿方が好みとばかり思ってましたが」
「もおー、そうやってすーぐ恋愛事に結びつけるー。乙女かよおまえー」
「……年がら年中、恋に恋してる姉御には言われたくありません」
ため息をつきながら荊は破天荒な生徒会とは違って、部屋に似つかわしい白い花柄のカップに紅茶を注いで静かに口に含む。
「まあアタイの好みからは外れてるけど、強い不良はいつだって大歓迎だよ。この三年間、不動だった不良界の勢力図がこれを機会にガラッと変わるかもねー」
鼻歌を唄いながら携帯の記事を下へと送る茜。その瞳に映るのは、すでに別の少女の写真であった。
「……建前はもういいですよ。今は私しかいませんし、語りたい事はどうぞご勝手に――」
「――いいの⁉︎ ねえねえ、いばらー! 写真のこの子、メッチャ可愛くない⁉︎」
興奮する茜が指差したのは同じ記事に載った四天王の一人である、夜空明里の写真だった。
「そこまで大声を出さなくても十分に聞こえてます……ええ、どうせ彼女の話をしたかったから、今回のネットニュースの話題を出したのでしょ?」
「さーすが、いばら! アタイのことわかってるぅー! 明里ちゃん、アタイたちのチームから抜けて数ヶ月経って、桑扶四天王に入ってたのは知ってたけど、相変わらずプリチーで萌えるわー……!」
頭に花が浮かびそうなほど上機嫌な顔で携帯の画像を愛でる女番長に対し、副番長は今まで一番大きい呆れ混じりのため息を吐き出す。
今は桑扶高校四天王の一人である夜空明里。彼女は桑扶高校に転入する以前はクリムゾン・スコーピオンのメンバーでもあり、釘宮荊に並ぶ幹部の一人でもあったのだ。
「わかってはいましたが……今さらチームを抜けた夜空明里に未だ依存しすぎるのは、他のチームメンバーにも示しが付かなくなりますよ」
「あ! もしかして荊、あの子に嫉妬ってる?」
「ジェラってません! まったく……三巨頭会議まであと数日。今回の騒動で大きく動いた以上、次の会議に桑扶高校四天王の参加は確実でしょう。そうなれば夜空の奴にも必然会えるのですから、それまではおとなしくしててください……」
「そっか! 次の三巨頭会議で会えるかもしれないんだ……!」
茜は楽しげに舞う明里の写真を愛おしげに指で撫でこすり、再会するであろう三巨頭会議の日を夢見るように目を細める。
「ふふ、早く会いたいなぁ……アタイの大事な明里ちゃん」




