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あたしのパパは高校二年生  作者: 聖場陸
外伝『黒澤諏方は高校二年生』シルバーファング結成編
314/323

第27話 蒼き龍は運命を予感し

 豚山猪流、そして『金色魚群(ゴールド・フィッシュ)』による人質騒動は一夜明けてまたたく間にネットニュースに上げられ、不良界の中で大きく話題となった。


 (はた)から見れば、争ったのは同じ『黄金猛獣(ゴールデン・ビースト)』の傘下同士であったため、いわゆる内部闘争として記事には批判的な文面にて騒動をまとめられている。


 それだけならこのニュースは特に話題に上がるようなものではない。ゴールデン・ビーストは元からチーム内での階級争いが絶えず、今回のような身内同士での闘争は決して珍しいものではなかった。




 ――ゆえに、このニュースの本質はそこにはない。




 『桑扶高校四天王』――その名称はゴールデン・ビーストの傘下として聞く者はいれど、表舞台に現れる事がほとんどないためにその存在は、なかば都市伝説のように扱われてきた。


 ゆえにこの騒動はその中身よりも、四天王の存在が明確に表れたのが何よりも大きく不良界に波紋を呼んだのだ。


 当然、このニュースは『三巨頭』たちの耳にも届き、注目される事となる。




「――総長!」




 古風ながらもどこか威厳を感じさせる巨大な木造屋敷。その屋敷内を音を立てさせながら、一人のタンクトップの少年が声を上げながら駆けてゆく。


 しばらくしてたどり着いたのは、庭に面する屋敷の縁側。目の前に広がる庭景色は、いくつも(つら)なる大樹に咲いた桜の花びらが舞い、その下に広がる池に花びらを浮かせて湖面を桜色に染め上げていた。


 そんな春に彩られた庭先を、深い蒼のデニムコートを羽織った少年が静かに見つめていた。


「どうした、昇……ずいぶんと(あわただ)しいじゃないか?」


 後ろを振り向かぬまま、薄蒼髪の少年――蒼龍寺葵司は背後でひざまずいている泰山昇に語りかける。


「お見苦しきところ弁解の(げん)もありません。ですが、早急(さっきゅう)に耳にしていただきたい事が――」




「――例のネットニュース記事についてか?」




 (むな)ポケットから蒼色の携帯電話を取り出し、開いた携帯サイトには桑扶高校屋上でのゴールデン・ビーストの内部抗争の記事が載っていた。


「存じあげておりましたか。ですが記事の重要性はそこにはなく、やはり四天王の存在が明確化された事により、各チームの不良たちが大なり小なり動きを見せ始めております」


「豚山猪流を筆頭にしたことで桑扶高校はゴールデン・ビーストの傘下でありながら、不良高校としては弱小校と侮られていたからな。その中心たる四天王がたった四人で、同じ傘下の中でも凶悪名高いゴールド・フィッシュを壊滅させたのだ。それぞれの不良チームが警戒の体勢に入るのは当然と言えよう」


「……しかし、なぜここにきて八咫孫一は目立った動きを見せたのでしょうか? 不良界においても、あの男ほど慎重な不良はいないものとばかり思っていましたが……」


 都市伝説のように存在すら疑わしかった四天王だが、彼らの実在をすでに認知している者たちも少なからずにはいた。


 蒼龍寺葵司をはじめとした三巨頭、そしてそれぞれのチームの幹部クラスたちは四天王の存在を知っている。もちろんそれは昇も同じではあるのだが、だからこそゴールデン・ビーストの傘下に籍を置きながらも長年大きな動きを見せなかった彼らが、なぜ今になって多くの不良たちに実在を知らせてしまうほど大胆に動いたのか、彼は孫一の真意を測れずにいたのだ。


()はそれほど驚いていないよ。たしかに八咫孫一は慎重な男だが、争いを好まぬ穏やかな兎が()()の首に喰らいつく牙を忍ばせていてもおかしくないのが今の不良界だ」


「まさか……下剋上……⁉︎ 八咫孫一――いや、四天王はゴールデン・ビーストを乗っ取る気でいるのでしょうか……?」




「あるいは――三巨頭そのものを飲み込もうとしているのかもしれんな」




「っ……!」


 なにげなく発した葵司の言葉。しかし、三巨頭幹部である昇は孫一の実力を十分に知っている。ゆえに、それを冗談と笑い飛ばせる余裕は彼にはなかった。


「別におかしな話ではない。不良ならば、頂点(テッペン)を取ろうというのは当然の欲求だ」


「……しかし、今の不良界の平和があるのは三巨頭間の均衡(バランス)(たも)たれていればこそ。そのバランスを……ひいては総長に仇なす者を、私は許すわけにはいきません……!」


 床に着けた拳を震わす昇。その瞳には、すでに闘争の炎が燃え盛っていた。


「忠義心に厚いのは()のいいところだが、少し思考が先走りすぎだ。その拳を振るうのは、来たるべき時が来てからでも遅くはあるまい。……それにしても、平和主義者である八咫孫一が大胆になったのも、豚山猪流から変わって新しいメンバーを入れようとしているのがキッカケだとは思っているが……夜空明里に続き、よほどいい人材に恵まれたのだろう」


 葵司の携帯の記事に載っている写真には四天王のメンバーに混じり、銀色の長い髪をたなびかせながら拳を握る一人の少年が写っていた。


「黒澤諏方――一週間ほど前に桑扶高校に転入。それ以前の経歴は不明。転入初日に四天王の豚山猪流と交戦、これを撃破。同日、同じく四天王の八咫孫一と交戦するも敗北。その後、桑扶市内の病院にて入院。昨日の騒動で重傷を負って再入院。昨日の騒動では四天王と共にゴールド・フィッシュのメンバーを数人は倒しているようで、本人は断っているようですが、八咫孫一に四天王へと勧誘される程度には実力は確かなもののようです」


 黒澤諏方の経歴をあらかじめ調べ、すでに集まった情報を報告する昇。それを聞いてか否か、葵司は写真に写る少年の姿を静かに見つめていた。


「……総長は、その少年に心当たりでも?」


「いや、知らないよ。だがなぜだろうな……理由が形容化できないのだが、俺はこの少年にひどく惹かれてしまっている」


「っ……⁉︎ 総長が……?」


 まるで恋する乙女のように写真をじっと見つめる葵司に驚く昇。


 別段、彼の他者に対する関心度の高さは今に始まった事じゃない。数多くの不良たちを相手にしてきた葵司だが、彼は対峙した敵の名前全てを覚えるようにしている。たとえどれほど末端の存在であろうとも、彼は相対した者には敬意をもって一人の人間として対等に接するのだ。


 だからこそ、多くの不良たちは尊敬の念を持って葵司の(もと)に集い、『蒼青龍(アズール・ドラゴン)』は関東最大の勢力にまで規模を拡大できたのだ。


 だが、葵司の他者への関心はあくまで平等的なものであり、家族や副総長である昇、そして同じ三巨頭の二人を除けば一定以上の感情を見せる事はない。


 ゆえに葵司がこうして誰かを、ましてや会った事すらない人物に対して『惹かれる』という単語を持ち出すほどに興味を示したのは、長い付き合いになる昇ですら初めて目にしたのであった。


「……たしかに、八咫孫一が評価するほどに黒澤諏方の実力は間違いないと言えます。しかし、総長が目にかけるほどには彼に特別な何かがあるとは私には思えないと言いますか……」


 わずかに嫉妬も混じえているのか、昇の疑問の言葉はどこか歯切れが悪いように聞こえる。


 だがそれを意に介さず、葵司は携帯を閉じて再び庭先をしばらく見つめてから、ゆっくりと口を開く。


()いて理由付けするなら、『勘』というやつだろうか。俺自身、そういうのに頼らずに生きてきたつもりでいたゆえ、(おの)が心境に戸惑いを感じているのが本音だ。……ロマンチストのような語りになるが、ともすれば――」


 目の錯覚だろうか――その時、わずかに葵司が笑みを見せたように昇には見えた。




「――人はこれを、『運命』と呼ぶのかもしれないな」




 そう口にする葵司はいつも通りの無表情。やはり先ほどのほほ笑みは目の錯覚だったのだろう。


「っ……運命とは、また大胆な言葉をお使いなさる」


 思わず呆れ気味の笑みを浮かばせてしまう昇。しかし葵司は顔色一つ変えず、ただ庭先を見つめる瞳を細めた。


「我ながら大言壮語だと思うよ。だが彼の登場で、桑扶高校四天王が表舞台へと姿を見せたのも事実だ。端的に見ればわずかな変化かもしれないがこの変化は、ひいては不良界そのものを変える可能性も十分ありえると俺は思っている」


「っ……」


 葵司はいつも無表情でいるため、時折彼の言葉は真面目なものか冗談なのかが測れない時が昇にもある。しかし表情は変わらずとも、その瞳はいつも以上に真剣味を帯びているように感じられた。


「……ここまで大立ち回りを演じた以上、おそらくは次の『三巨頭会議』でも桑扶高校四天王は、その名を持って顔を出す事になりましょう。……もし黒澤諏方が四天王に入るとするならば、彼に会う機会はそこにあるかと」


 何を期待するものがあるのだろう――そう呆れつつも、昇は黒澤諏方と会える機会がある事を次の三巨頭会議に示す。


「そうか……三巨頭会議か」


 今度は表情を変えてるようには見えないが、どこか己が主人(あるじ)の声が(うわ)ずっているように昇はそう聞こえた。




「楽しみだよ――次の三巨頭会議が」

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