第26話 ケジメと決着
「――――フンッ!」
孫一は自身を取り囲み、襲いくる金髪の不良たちを最小限の動作で、それぞれに一撃を与えていく。
側から見れば、孫一の打撃は拳でコツンと小突くような軽いものにしか見えない。しかし彼の拳は微弱な気が纏っており、金髪たちに拳が触れるたびに彼らの肉体へと気が流入され、体内をかき乱して内側から大きなダメージを与えていたのだ。
「ぐはっ……⁉︎」
「ごほっ……⁉︎」
「うぐっ……⁉︎」
口から血を吹き出しながら次々と倒れゆく金髪の不良たち。それを孫一はただ静かに、中指でメガネを押さえながら見下ろしていた。
「――どこへ逃げるつもりだ、豚山猪流?」
「ぐっ……⁉︎」
騒ぎに乗じてこっそりと屋上の出口そばに向かおうとしていた豚山を、孫一の瞳は見逃さなかった。
「この学校に関係のない、ましてや貴様とは無縁な不良たちを引き連れての人質劇。貴様のような豚頭が一人で作った計画とは思わん。……貴様に入れ知恵をしたのは『獅子瓦壊兎』だな?」
「ッ――⁉︎ …………それは言えねえ……」
「……喋らないのは利口だ。だが、奴は自分の立てた計画を崩した者には容赦しない。ここを逃げても、いずれ獅子瓦に粛正されるだけだぞ」
「……ハ、今さらオレ様を心配するフリか? 不良のくせに善人面してんじゃねえよ! ……だいたい、テメーこそオレ様の弱さを利用するだけ利用してたじゃねえか⁉︎」
「貴様こそ、四天王の名のもとにさんざん私腹を肥やしてきただろう? 利用していたのはお互い様だ。……もっとも、俺含めた他の四天王の監視下では思うように暴れることもできなかっただろうがな。貴様を四天王の席に置いたのも、無法者であった貴様を管理するのが目的だった」
「っ……」
豚山自身、孫一たち圧倒的な強者の近くにいた事で思い通りに動ける事はほとんどなかった。四天王という存在がなければ、桑扶高校は今以上に荒れ果てていた可能性が十分にあり得たのだ。
「黒澤諏方を四天王に迎えるために除名したとはいえ、貴様へのその後の処遇も視野に入れてのものであったのだが……よもや、手綱を離した数日で暴走するのは想定外だった」
「アフターケアだ……? ハハ、どうせ夜空明里に取って代わられた元四天王だったアイツのように、オレ様も転校と称して処分するつもりだったんだろ⁉︎」
「その通りだ。奴は四天王から除名した際、俺が一週間付きっきりとなって勉強を見て、ここよりも頭のいい学校に転校させてやった」
「なっ……なんだと……?」
豚山は自身より先に四天王から外された男に関して、てっきり孫一たちに暴力的な形で処分されたとばかり思っていた。
だが孫一は、四天王から外した後もその男を決して無碍にはせず、ここよりも環境のいい別の学校へと転校させていたのであった。
「……今日の事態を招いた責の一端は他者からの介入があったとはいえ、貴様の短慮ぶりを見抜けなかった俺にもあると言えよう。ゆえに――」
「ッ……!」
メガネの奥から鋭い視線を光らせ孫一は一歩、かつての仲間であった男に近づく。
「――貴様へのケジメは、俺が手ずから着ける!」
「ッ……」
苦虫を噛むような表情で豚山は孫一を睨むも、何かに気づいた彼は途端に邪悪な笑みを浮かべる。
「やれるものなら……やってみな!」
瞬間――孫一は背後から気配を感じ取り、とっさに身を屈む。その頭上を、折れた金属バットが横切った。
「チッ……!」
ふいの一撃が空振りし、悔しげに眉を寄せる『金色魚群』のリーダー格。彼の口元からは血が流れており、すでに孫一の攻撃を受けていたのがうかがえる。
「ほう、一撃は耐えられたか。どうやら貴様は……他の連中よりは歯ごたえがあるようだな!」
「ぐッ――⁉︎」
孫一は屈んだ上体を起こすとともに掌底をリーダー格の伸ばした手首に当て、金属バットを弾き落とす。金髪不良は痛む手首をもう片方の手で押さえ、呼吸を荒げながらもその瞳はまっすぐに対峙するメガネの少年を捉えていた。
「なるほど……あの方がテメーを『お気に入り』と呼んでいた理由がわかった」
たったわずかな交戦ではあったが、リーダー格の男はお気に入りと呼ばれた少年との実力差をその身で思い知る。
「あの方か……言っても無駄だろうが、あの男を心酔するのは勧められんぞ。あの男は自分以外の人間を都合のいい手駒か、そうでないかでしか判断していない。今日のようにさんざんにこき使われて、使い物にならなくなれば容赦なく切り捨てられる未来しかない」
「…………」
その忠告は、哀れみを含めてのものだろうか――。
しかし、リーダー格の男の眼に揺るぎはなかった――。
「うるせえよ……んなもん承知の上だ。それでもオレたちは、あの方の手駒になる事を望んで戦ってるんだよ……!」
手首の痛みに耐えながらも、リーダー格の男は素手での構えを取る。
「なるほど……決死の覚悟であれば、突破には時間をかけそうだ。――豚山!」
「ギクッ⁉︎」
二人が対峙している隙に、またも逃げ出そうとしていた豚山。そんな彼に振り返らず、孫一は言葉を続ける。
「己が手で貴様にケジメを着けるのは諦めてやろう。かわりに――」
「……ゲッ⁉︎」
ここにきて豚山は気づく――自身のすぐそばまでもう一人の不良少年が迫っていた事を。
「――貴様に誅を下すのは、今にも貴様を殴りたくてウズウズしているそこな転校生に任せるとしよう」
拳をパキポキと鳴らしながら、黒澤諏方は最大限の怒りを込めた瞳で豚山を睨み上げていた。
彼の背後には先ほどまで交戦していたであろう金髪不良たちが気絶させられ、山のように積み重なっている。
「ウ、ウソだろ……あれだけ木刀で頭や身体を殴られておいて、今も頭からダラダラ血を垂れ流してやがるのに、なんでまだ動けるんだよッ⁉︎」
「…………」
まるで映画に出てくる物言わぬ殺人マシーンのように、諏方は無言で豚山との距離を詰めていく。
「うっ……ぐっ……」
豚山は彼へ正面を向けたまま後退するも、背中はすぐに背後の壁へとくっつく。すぐそばに出口への扉はあるが、一瞬でも背を向けようものなら彼はすぐさま飛びかかって自身を殴り飛ばすであろう。
「……あ、謝る! オレ様――いや、ワタクシが悪かったです! 謝ります! この通りだ!」
「…………」
豚山は姿勢をまっすぐに頭を下げて謝罪する。だが構わず、拳を握ったまま諏方はさらに彼へと近づいていく。
「し、四天王の方は諦める! この学校からも出ていく! だから、殴るのだけは勘弁してください⁉︎」
「…………」
もはや豚山の言葉は何一つ届かず、諏方は止まる事なくゆっくりと歩を進めていく。
「っ……」
頭を下げ続けながらも、豚山の視線は自身のそばに転がり落ちていた折れた金属バットの方に向いていた。
彼は誠心誠意謝っていたのではない。金属バットの間合いが届くまで、息を潜めて諏方が近づくのを待っているのだ。
たしかに金属バットは折れてしまっているが、先端を頭にでも当てさえすれば死なないまでも、今度こそ昏倒させるぐらいはできるだろう。
一歩、さらに一歩――音だけを頼りに相手との距離を知覚し、視線はバットに集中させる。
そして――互いの距離は二メートルほどまでに縮まる。折れているのを考慮しても、身を乗り出せばバットが十分に届く間合いとなった。
「死ねッ! 黒澤諏方ァ!!」
豚山は自分史上と言える速度でバットを拾い上げ、諏方の頭部目がけて横なぎに振るう。
「――――――――へ?」
頭蓋を容易に砕くだろう金属バットの一撃はしかし、むなしく空を切るだけで終わった。
バットに殴打される直前、諏方はすぐさま豚山の動きに反応し、身体を屈んでバットをかわしたのだ。
「――ふぅ」
「あがッ――⁉︎」
諏方は屈んだ姿勢のまま瞬時に深く呼吸し、左拳に力を入れて立ち上がりと同時にバットを握っていた豚山の右手に一撃を入れ、バットを弾き飛ばした。
その動き、その呼吸は――先ほどリーダー格の金髪不良と戦っていた時の孫一とほとんど同一のものである。
見よう見まねであり、気のコントロールもままならないが、それでも諏方の動きは孫一の真に迫るものがあった。
弾かれた金属バットは宙を舞い、着地すると豚山のそばから離れるようにフェンス際まで転がっていったのだった。
「覚悟はいいか――豚山猪流?」
声は恐ろしく冷静であったが、その瞳に宿った怒りの炎はさらに激しく燃え上がり、右拳に多量の気がうずを巻くように集中していく。
「わ、悪かったッ⁉︎ 本当に悪かった! 今度こそ本当に謝る! だから許し――」
「知ぃぃぃぃるぅぅぅぅかあアァァァァッッッッ――――!!!」
諏方の右拳が豚山の顔面をめり込むほどに勢いよく殴りつける――。
豚山の身体は背後の壁へと弾き飛ばされ、衝突した壁が大きくへこみ割れるほどの威力が彼の身体全体を響き震わす。
「あッ…………がッ……………………」
左頬に拳の跡を付けて豚山は白目をむきながら床へと倒れ伏す。
「…………ふぅぅ……」
豚山を倒し、周りの金髪たちも四天王によって壊滅されていた。屋上での人質騒動がひと段落した事を確認した諏方は、大きく息を吐き出して緊張を緩和する。
「アニキ!」
「兄貴!」
自分たちを助けに来てくれた銀髪の少年に駆け寄る自称舎弟たち二人。彼らも豚山からさんざんなぶられて身体を痛ませているだろうに、それでも顔に浮かべるは嬉しげな笑みだった。
「一週間――いや、一日でずいぶんと手懐けたようだな、黒澤諏方」
「……ハ、んなもん、アイツらが勝手……に……」
「アニキ⁉︎」
「兄貴⁉︎」
糸が切れたようにスッと、諏方の意識が途切れる。床へと倒れようとする彼の身体を支えたのは、そばに立っていた孫一であった。
「血を流しすぎだ。その状態であれほどの量の気を使えば、当然反動も大きかろう。ただでさえ意識が戻ったばかりだというに無茶をしすぎだ、たわけ」
そう呆れ気味に言いながらも、孫一はお姫様抱っこのように諏方の身体を両腕で抱き上げる。
「だが――木刀で何度も打たれながらも耐えきる頑丈さ、その状態でなお戦える体力、そしてまだ荒削りながらも、拳一つに多量の気をまとめ上げる集中力……やはり、貴様にはなんとしてでも四天王に入ってもらわねばな」
諏方を抱きかかえたまま、孫一はフェンスの向こう側にある曇り色の空を見つめる。その瞳に――静かに燃え上がる炎を宿しながら。
「貴様が入り、四天王が『完成』すればきっと――我らの戦力は『三巨頭』にも届きうる……!」




