第19話 急襲
「馬鹿な……ありえん……」
諏方が入院している薄暗い病院の廊下を、孫一が背中に重たい影を落としながらトボトボ歩いていた。
「ありえん……なぜ――なぜ黒澤諏方に四天王入りを断られたんだ……⁉︎」
数分前、病室で目を覚ました諏方に孫一は桑扶高校四天王に勧誘した。
その申し出を、諏方は――、
『え? 嫌だけど?』
――間髪入れず、あっさりと断ってしまったのだった。
「四天王になれば各学年のB組の管理権限を獲得できるのだぞ? つまりは多少制限はあるが、学内の支配権を手にできるも同然……上に立つ事を好む不良ならば、断る理由などない高待遇のはずなのに……!」
「いやー、いきなり得体の知れない集団に入ってくれって言われても、普通は断ると思うんスよね……」
呆れ気味にそう諭すのは、孫一よりも少し後方に歩いている猿崎晋也であった。
「だ、だがしかし……! 明里の時は断られなかったじゃないか⁉︎」
「まあウチって楽観主義だし、四天王って字面も今どきマンガやゲームぐらいでしか聞かないから逆に新鮮で面白そうだなぁって。そんなウチでも、最初に誘われた時は面食らったもんだよ? 新手の宗教勧誘かなんかかなぁって」
大げさな手振り付きで説明するのは、晋也に並んで同じく孫一の後方を歩く夜空明里である。
「くっ……いやありえん……海老を目の前にぶら下げられて釣られん鯛など、ありえんのだ……」
「まごっさんって基本頭いいッスけど、たまにバカになるッスよね」
「まあまあ、そういうところもまごいっちの魅力だから」
小馬鹿と呆れが混じった声が背中越しにかけられるも、孫一は意に介さず中指でメガネの位置を調整する。
「仕方ない……また一から作戦を練り直す。なんとしてでも、黒澤諏方を四天王に入れてみせる……!」
気を取り直したのか、ゆっくりとした足取りがガンガンとスピードの速く歩幅の広い歩みへと変わる。
「……なんつーか意外かも? まごいっちって不良のわりに平和主義者っていうか、わりと争いは好まないタイプだと思ってたけれど、ここまで戦力強化に躍起になるなんて……まさか本気で『三巨頭』に対抗する気なのかなぁ?」
「……もしかしたらこの三年間、まごっさんは待ってたのかもしれねえッスねぇ……四天王で四人とも、肩を並べて戦える日を」
中指でメガネを押さえたまま必死に思考を巡らす同じ四天王の少年の背中を、晋也と明里の二人は静かに見守るのであった。
◯
「よかったね、無事にアニキの意識が戻って」
「…………」
諏方が病室にて目を覚ました後、勧誘に失敗した四天王の三人が先に病室を去り、続いて意識覚醒後の検査を行うために武尊と茶髪リーゼントも病院を後にしたのだった。
「でもアニキ、やっぱり四天王に入らないのかなぁ……? アニキが四天王になれば、B組も少しは平和になると思うんだけどなぁ……」
「…………」
「……っ? さっきから黙ったままでどうしたの、茶髪リーゼントくん?」
「テメェまで茶髪リーゼントで呼んでんじゃねえよ――たかパシリ」
「ッ――⁉︎」
久方ぶりに茶髪リーゼントの口から『たかパシリ』の名で呼ばれ、途端に冷たい風に撫でられたかのように武尊の身体が震えだす。
「俺を茶髪リーゼントって呼んで許せるのは兄貴と四天王だけだ。だいたいテメェ、最近馴れ馴れしいんだよ。兄貴の舎弟を名乗って、虎の威でも借りられたつもりか?」
「そ、それは……」
「いいか? 諏方の兄貴の第一舎弟はこの俺だ。そしてテメェは舎弟ですらねえ。不良でもないイジメられっ子のパシリごときが、いっちょ前に舎弟を名乗ってんじゃねえぞ!」
侮蔑を込めた冷たい眼差しで武尊を見下ろす茶髪リーゼント。それは数日前まで彼を含めた二年B組の不良グループが、彼をイジメていた頃とまったく同じ目の色であった。
「っ……せっかく、仲良くなれたと思ってたのに……」
転校生の少年に話題が独占された二年B組は以前よりも平和になり、イジメられっ子だった武尊への危害もすっかりとなくなっていた。ゆえに勘違いしていたのだ――彼もまたB組の一員に、ようやくなれたのだと。
「仲良くなれただ? ふざけんなよ、たかパシリ……不良でもねえテメェが、俺たちの世界に混ざれるわけが――」
「――桑扶高校の鷹走武尊と、茶髪のリーゼント野郎だな?」
「「ッ――――⁉︎」」
背後から声をかけられ、同時に振り向く武尊と茶髪リーゼント。
二人の後ろに立っていたのはガラの悪い明らかな不良が四人。それぞれが睨みつけるような鋭い瞳で武尊たちを見つめていた。
「な、なんだよテメェら⁉︎ ……全員が金髪…………まさか、『黄金猛獣』か⁉︎」
不良界の頂点に属する『三巨頭』。その一人である獅子瓦壊兎がトップに立つ不良グループ――ゴールデン・ビースト。
彼らの特徴として壊兎の直属の部下、そして彼を信奉する傘下の不良たちのほとんどが憧れと敬意を込めて、みな髪色を金色に染め上げるという。武尊たちの後ろにいた不良たちもまた、一様に金色の髪を揺らしていたのであった。
「我々は貴様らを捕らえよと命令を受けている。おとなしく捕まるのなら、余計なケガはしないで済むぞ?」
「なっ⁉︎ 待て待て! 俺たち桑扶高校はゴールデン・ビーストの傘下なんだぞ⁉︎ なんで同じチームのメンバーに捕まらなきゃならねえんだ⁉︎ それに、誰に命令されたって言うんだよ!」
「それは知る必要などない。貴様らは黙って我々についてくれればそれでいいんだ」
不良たちの放つ有無を言わさぬ威圧感。逆らえば当然タダでは済まないだろうが、おとなしく彼らについて行ったとしても無事に歓迎される保証もない。
「…………チッ!」
「ゴフッ――⁉︎」
おもむろに茶髪リーゼントは対面の金髪の不良たちにではなく、なぜか隣にいた武尊に蹴りを入れたのだった。
突然の事に蹴られた本人である武尊はもちろん、金髪の不良たちも動揺を見せる。
「テメェだけでも逃げろ、たかパシリッ!!」
「え……⁉︎」
腹部を蹴られたものの実際のダメージはそれほどなく、後方へと蹴り飛ばされた武尊は金髪の不良たちから距離を遠ざかることができたのだった。
「ぐっ……ダメだよ、茶髪くん! 君も一緒に逃げ――」
言い切る前に武尊の視線の先に立っていた茶髪リーゼントは、金髪不良の一人に手刀で首の後ろを叩かれてしまう。そのまま彼は気を失い、倒れそうになった身体を不良に抱えられてしまった。
「……っ! …………逃げなきゃ……!」
本当なら茶髪リーゼントを助けに行きたい気持ちはある。だが身体が小さいうえ、細身な武尊の体格では相手の不良に勝てるすべなどあるわけもなく、今の彼に逃げる以外の選択肢などなかった。
「ここから逃げてなんとかアニキに……いや、アニキはまだ意識が戻ったばかりだから無茶はさせられない。四天王……は連絡手段がない。……ならせめて、同じクラスの不良たちに助けを――」
――冷静になれば、予測できない事ではなかった。相手の人数が、目に見える全てではないのだと。
「そんな……」
逃げようとして振り返った先に立っていたのは、同じ金髪の不良がさらに三人。拳をパキポキと鳴らし、威圧を込めた瞳で静かに武尊を見下ろしていた。
「……ごめん、茶髪くん」
何もできない自身の無力さに打ちひしがれながら、武尊は腕を力なく下ろすのであった。




