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あたしのパパは高校二年生  作者: 聖場陸
外伝『黒澤諏方は高校二年生』シルバーファング結成編
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第18話 獣のささやき

「クソッ――!! 八咫の野郎……この豚山様を四天王から除名だと……⁉︎」


 諏方が目覚めるより数日前――彼とは別の病院に入院していた豚山は自身の携帯に送られたメールを見て、静かながらも血管が切れそうなほどに怒りを煮えたぎらせていた。




『豚山猪流。今日をもって、貴様を桑扶高校四天王から除名する――八咫孫一――』




 簡素で簡潔的な内容。わずか数文字の文面に目を走らせるたび、豚山の瞳は赤く充血していく。わなわなと震える手は思わず携帯を握り潰しそうになるも、それはギリギリ理性で抑えられた。


「ちくしょう……さんざんこの豚山様を隠れ蓑にして他校との抗争から逃げてやがったくせに、つえー奴が転校してきたからってすぐに切り捨てやがって……!」


 四天王に入るより以前から、豚山は自分の腕っぷしに自信があった。小中ともに学年最強であり続けたのだから、高校に入っても当然最強のままでいると信じて疑わなかった。


 桑扶高校入学から少しして、同じ学年であった八咫孫一が四天王制度を作った。もちろんすぐにメンバー入りした豚山は他の四天王からも最強であると(かつ)がされ、それを当然の結果であると自負していた。




 ――だが、すぐにそれは幻想であったのだと豚山は思い知らされた。




 八咫孫一と猿崎晋也――この二人と自分は実力が天と地ほども違う。豚山も不良としてはそれなりの強さを持っていたからこそ、彼はすぐにその事実に気づいたのだ。


 同じ空間にいるだけで息が詰まりそうになるほどの圧倒的な存在感――自身の最強はあくまで『凡人』レベルの中での話であり、彼らのような『化物』とは比べるべくもないのだと。




「で、でも、ぶ、豚山さんが四天王最強を()()()()()()()おかげで、オレたちもやりたい放題できたじゃないです――」




「――あん?」


「ひっ――⁉︎」


 豚山が横になっている病室のベットのそばには、彼の取り巻きである同じクラスの不良が二人いた。四天王の威光を失っても着いてきてくれる者が二人いるだけでも本来はありがたい事のはずなのだが、さんざんに私腹を肥やした豚山にそれを理解できるはずもなかった。


「クソ……二年のB組に転校生が来たって情報が入った時点で嫌な予感はしてたんだ……!」


 かつて四天王にはもう一人、豚山の言う凡人がいた。その者も不良としては決して弱い部類ではなかったのだが、数ヶ月前に二年A組に夜空明里という少女が転入して間もなく四天王から除名されてしまった。


 彼女とはそれほど関わり合う事もなかったのだが、それでも彼女が『化物』側であるというのは認識していた。


 八咫孫一は争いを避けるためにわざと凡人を四天王入りさせていたと思っていたのだがその実、時を見て確実な戦力増強を計っていたのだ。ゆえに桑扶高校に新たな『化物』が現れればその時は、自身の『四天王最強』という虚飾まみれの地位を剥奪されかねない。



 豚山の予感は最悪の形で的中した。他の四天王に知られる前に転校生を潰そうとするもそれは無惨な結果で終わり、どころか孫一たちに新入生の存在を着目させるきっかけとなってしまったのだ。


「黒澤諏方……奴さえいなけりゃ、オレ様の四天王としての地位は不動だったというのに、これからどうすれば……」


 先の見えない不安に押し潰されそうになる豚山。そんな彼の携帯が突如、着信音を響かせた。


「チッ……なんなんだよ! 今オレ様はイライラして――」


 着信画面に表示された名前を目にし、豚山の震えが怒りから恐怖へと塗り変わる。




「なっ……なんで()()()から、オレ様に電話が……?」




 緊張が喉を鳴らす。防衛本能が電話向こうにいるであろう男の声を聞く事を拒絶していた。だが下手に『あの方』を待たせてしまえば、余計な怒りを買いかねないと、豚山は通話ボタンに震えたままの指をかける。






「もしもし――――獅子瓦さん……ですか……?」






『なに? もしかして、電話帳にオレ様を登録してないの――豚山ちゃん?』






 わかってはいてもその声を聞くとともに、豚山の心拍数が跳ね上がる。




 電話向こうにいるのは間違いなく『三巨頭』の一人――『金獅子』の獅子瓦壊兎である。




 桑扶高校は壊兎をリーダーとする不良チーム、『黄金猛獣(ゴールデンビースト)』の傘下だ。つまりは桑扶高校に在籍する不良たちはみな壊兎の部下であり、それは豚山含む四天王とて例外ではない。


『元気してる、豚山ちゃん? ――――転校生にボコボコにされたって聞いたけど?』


「ッ――⁉︎」


 壊兎の陽気な声の中にふいに、尋問めいた冷たさが帯びる。


「それはその……面目ありません。オレ様――いや、()()()()では力が及ばず……」


『……ハハ! 校内最強の不良が転校生に負けるだとか、まるで不良マンガみてえな展開じゃねえか! しかも後ろに()()()()()()がいるのも王道的だ。ま、豚山ちゃんザコだからしょうがねえよな?』


「ぐっ……」


 豚山は自身の弱さを自覚している。反論などできようはずもない。


「申し訳ありません……獅子瓦さんのメンツを潰すようなマネを――」




『――あ? オレ様のメンツが、テメーが負けた程度で潰れるほど安いと思ってんの?』




「うッ――⁉︎」


 電話越しに聞こえる声の抑揚(トーン)が変わっただけで、心臓が締めつけられるほどの圧迫感に襲われる。


「めっ、滅相もありません! け、決してそのような意味では……」


『……………………だよなあ⁉︎ 豚山ちゃん、冗談ならもっとわかりやすく面白えこと言ってくれよなぁ? …………危うく、病院まで行ってテメーをくびり殺すところだったぜ……』


「っ……」


 それこそ冗談のように聞こえてもおかしくない壊兎の言動であったが、彼は自分の気に入らないものを徹底的に排除する残忍性を持ち合わせている。彼の機嫌を損ねれば、本気で殺されかねない。


 今すぐ電話切って逃げ出したい衝動を抑えつつ、豚山は緊張とストレスで痛む胸を手で締めつける。




『さて――ここからが本題だ』




 壊兎の声から陽気さも冷たさも消え、落ち着きのあるマジメなトーンへと変わった。


『テメーにオレ様がわざわざ電話をかけてやったのは、なにも励ましの言葉を送るためじゃねえ事ぐらいはわかるだろ?』


「そ、それは……」


 当然それは豚山も疑問に感じていた。三巨頭ほどの大物が自身の傘下とはいえ、桑扶高校四天王という肩書きは立派であっても実力はまるで追いついていない程度の()()に、わざわざ連絡を入れてきた理由がわからないのだ――といっても、今ではその肩書きすら失ってしまったのだが。


『テメーが四天王から除名されたってのはすでに聞いている。かわりにテメーをブチのめした転校生――黒澤諏方って奴を新たに四天王に入れさせようとしているって事もな?』


「黒澤……諏方ッ!」


 壊兎への恐怖が一瞬消え、再び自身を打ち負かした銀髪の転校生への怒りが煮え繰り返る。


『この件は孫一の独断だが、使えねえ人間を切り捨てて優秀な人材に取り替えるってのは、組織力を高める上で至極真っ当な判断だ』


「っ……」




『だがもし――テメーが四天王に戻れる方法があるとすれば、どうする?』




「なっ――⁉︎」


 豚山は驚きで目を見開く。たしかに四天王という肩書きを外される悔しさと怒りで頭に血は昇っていたが、四天王に戻るという選択肢は彼の中で考えつきもしなかった。


「い……いったいどんな方法なんですか?」


『簡単な話さ。テメーが四天王に戻れるよう、オレ様が孫一に口添えしてやればいい。孫一は、オレ様には絶対に()()()()()からな』


「っ……」


 壊兎の言葉に豚山は違和感を(いだ)く。


 いくら傘下とはいえ、孫一と壊兎は学校が別である。だがそのわりには二人が個人間で何度かやり取りしているのを豚山は目撃しており、四天王制度などの決定権などもどうやら壊兎が持っているようだ。


 壊兎は傘下の一人に過ぎない孫一に対し、なぜそれほど深く関わっているのだろうか。


『だが、オレ様が口添えしてテメーを四天王に戻せたとしても、テメーの学校の大多数は納得しえないだろうよ。他の四天王やテメーと黒澤諏方の闘いを目にしたB組の連中ならなおさらな』


「……で、では、どうすればいいのでしょうか……?」


『あ? 指示待ち人間かよ? 少しはテメーのポークビッツみてえな脳みそで考えろや。……まあいい、これも簡単な話だ――勝てばいいんだよ。テメーの手で黒澤諏方に勝てば、誰も文句を言えなくなるだろ?』


「オ……ワタクシが、黒澤諏方に……?」


 壊兎の言う通り、豚山を破ったのは諏方なのだから本人にその意図はなかったとしても、彼が実力で四天王の枠を勝ち取ったように周りからは見えるだろう。


 ならば今度は豚山の手で諏方を倒すことができたのなら、再び四天王に戻れるのが自然な帰結と言えよう。


「で、ですか……自分で言うのも悔しい話ですが、この豚山では黒澤諏方を倒すことはかなり困難かと……」


(バカ)野郎、誰が正攻法で勝ちに行けだなんて言った? ――力を貸してやるよ、豚山猪流』


「え……?」


 それは自然と――聴く者の心を高揚させる(あくま)のささやき。




『オレ様の力を貸してやる。その力で――黒澤諏方を再起不能にさせろ』

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