第16話 三巨頭⑤
「『三巨頭』の一人、女性不良チーム『紅刃蠍』の女番長――園宮茜か⁉︎」
ワナワナと指を震わしながら、アロハ服の男は紅髪のポニーテールの少女の正体を口にする。
「ギクッ⁉︎」
少女は気まずげな表情で男たちから目をそらし、わざとらしい音の外れた口笛を吹く。
「おほほほほ……いやいやまさか、アタイ……じゃなかった、アタシがそんな凶悪極まりない女番長なわけな――」
「――――なにやってんすか、姐御ッ!!」
人波をかき分けながら、また一人別の少女が紅髪の少女に向かって猛スピードで駆け寄ってくる。長めでストレートの茶髪にバッテンマークの付いたマスク、片手には釘が何本も刺さったバットを握っている。露出度の高い服装の通行人が多い中、派手めな装飾の付いた特攻服を身に纏う彼女の出で立ちは逆に目立つものとなっていた。
「いつもの定例会サボってまーた男あさりっすか⁉︎ いくら普通の若者っぽい服で着飾ったって、姐御の脳筋ぶりがバレたらすぐ逃げられるから意味ないってさんざん言ってるじゃないっすか!」
「うー……いいじゃねえか、たまには女の子っぽいことしたってよー、いばらのケチー」
ふてくされるように顔をぷっくり膨らます紅髪の少女に、いばらと呼ばれたマスクの少女は呆れ気味にジト目の視線を彼女に向ける。
そんな少女たちの日常であろうやり取りをよそに、マスクの方の少女の名を聞いた男たちは彼女たちの正体への確信に至り、より戦慄する。
「三巨頭の『紅蠍』――園宮茜……そしてその側近、クリムゾン・スコーピオンの副番長――釘宮荊! なんで……なんでクリムゾン・スコーピオンのナンバーワンとナンバーツーがここに…⁉︎」
紅髪ポニーテールの少女――園宮茜は、完全に正体を知られた事による諦めのため息をつく。
「正体がバレちゃあしょうがないね…………そう! ある時は街中を歩くモデル体型の美人なお姉さん。またある時は別に刑事でもない普通の女子高生。しかしてその実態は――」
自称女子高生は自身の服をつかみ上げると、それを天高く放り投げる。するといつのまにか彼女は紅い特攻服を羽織り、その下にロングスカートとセーラー服という出で立ちへと変わっていた。
「女性不良チーム『クリムゾン・スコーピオン』の女番長にして『三巨頭』が一人、『紅蠍』の園宮茜とはアタイのことよッ! …………んで、デートする?」
腕を組んで仁王立ちのポーズを決めつつ、テヘペロと可愛らしく笑う茜。しかし、当のアロハ服二人組はすっかりと怯えきった表情で身体を震わしていた。
「ひー⁉︎ 命だけは勘弁をー!!」
「一日で三巨頭のうち二人と会うとか、厄日が過ぎるぜー⁉︎」
押し潰された手の痛みも忘れ、あっという間に男性二人は女不良二人の前から逃げ去ってしまった。
「…………」
「だから言ったじゃないっすか? 姐御の正体バレたら、逃げられるだけだって」
もう何度も同じ光景を見てきた荊は呆れ顔で自分より上である女番長に対し、容赦なく言い捨てた。
「ハァ…………恋してえなぁ、アタイ」
恋に恋する女不良は、ヒラヒラとした軽めの服装若者たちが行き交う街の中で厚い紅の特攻服をひるがえしながら、澄み切った青空を遠い目で見上げるのだった。
園宮茜――、
二つ名『紅蠍』――、
チーム『紅刃蠍』女番長――、
兼――――『三巨頭』。
◯
「…………ぅぅん」
「…………ゃぁん」
薄暗いホテルの一室。灯されるはランプシェードの明かりのみ。
淡くも妖しい光に照らされるのはランプの置かれたデスク、そしてその横に設置されたキングサイズのベッド。ベッドの上は薄いシーツで覆われ、その中で何かがモゾモゾと動いており、時折複数の女性の艶かしい声が小さく漏れ出ていた。
「フゥーッ! 相変わらず激しい女どもだぜ」
シーツが派手にガバッとめくれ上がり、中から上半身裸の女性が二人、そして同じく上半身裸で金髪の少年が現れた。
こげ茶色の肌に引き締まった筋肉、耳に金色のリングピアスを付け、ギラギラと尖った瞳は野生的な荒々しい印象を抱かせる。
「やぁーん、もう終わりにしちゃうのー?」
「私たち、まだまだヤレるわよー?」
「まあそう焦んなって。水分補給がてら、エネルギーもチャージしねえとなぁ?」
そう言うと少年はベッドから降りて上半身同様何も着ていなかった下半身を晒したまま、そばにあった小さめの冷蔵庫を開けて中から銀色の缶を取り出し、中の泡立った金色の液体を大口開けて豪快に流し込む。
「カァッー! ウメー! やっぱ運動の後の麦ジュースは最高だぜッ!」
「あー、いけないんだー。まだ未成年でしょー?」
「うるせぇ、麦ジュースだっつってんだろ?」
「ねーえー、早く続きシようー。まだ身体がほてって仕方ないのよー……」
「まったく、さかりのついたメスってのは貪欲だねぇ。ま、エロいメスはオレ様も大好物だがな……!」
金髪の男は裸のまま二人の女性の間に割り込むようにベッドへと飛び込む。
「やぁーん」
「へんたーい」
「へへ、今日は寝かしてやらねえぞ、メスど――」
「――――失礼いたします、お頭!」
淫靡な空気を纏っていた一室に、突如一人の男性が扉を勢いよく開けて入室する。
瞬間――ピキリと音が聞こえそうなほどに空気が凍りつくのがわかった。
「誰がこの部屋に入るのを許可した、あ? オレ様が何かを邪魔をされるのが一番嫌いだって事をわかった上での狼藉なんだろうなぁ……?」
「め、面目もございません……ですが、早急に耳に入れていただきたい情報がございまして……」
「…………いいだろう。くだらない情報だったらテメェの頭蓋、今ここでカチ割れると思え」
獲物を前にして観察するように見開かれた猛獣の如き瞳に睨まれ、金髪の少年の部下と思しき男は入り口に立ったまま身を震わす。
「……そ、桑扶高校四天王の一人、豚山猪流が敗れたとの情報が、先ほど入りまして……」
「豚山? ああ、孫一が他校に自分たちの実力を知られないよう、カモフラージュに使っている豚か。…………で? それがオレ様とメスどもの楽しみを邪魔しなきゃならねえほどの情報なのか?」
視線だけでなく声にもさらなる圧がかかり、部下の男は一瞬意識を失いそうになる。あとわずかでも彼の怒りを買えば、間違いなくこの場で彼に頭蓋を砕かれるだろう。
「――――て、転校生です……豚山を倒したのは、銀色の髪をした転校生との事です……!」
「…………銀色の髪の転校生?」
金髪の少年は興味を引いたのか、部下にかけていた圧をわずかに下げる。
「……て、転校生の名前は黒澤諏方。詳細なプロフィールは不明。現在は別の四天王である八咫孫一に敗れ、桑扶市から少し離れた病院に入院してるとの事」
「…………続けろ」
「……や、八咫孫一は豚山猪流を四天王から除名。新たに黒澤諏方を四天王に入れるよう、動いているとの事です……」
「ッ――⁉︎ 孫一が、オレ様の相談もなしに……?」
金髪の少年は何かを考えるように口元に手を当ててしばらく無言でいるも、少ししてその顔に邪悪な笑みを浮かべる。
「……面白えじゃねえか。頭のいい孫一に限って、オレ様に謀反を起こそうだなんて考えてねえとは思うが……」
「ねーえー、難しい話してないで、私たちとあそぼーよー」
「そーよ。ほら、もう下半身の方もビンビンに――」
「――言ったよな? オレ様は邪魔をされるのが一番嫌いだって」
そう言うやいなや、金髪少年は両脇の裸の女性たちの頭を鷲づかみにし、二人の額同士を力強くぶつけ合わせる。
「あだっ――」
「あばっ――」
割れるような音とともに二人の女性は額を血で濡らし、白目をむいて倒れてしまった。
「ヒッ、ヒィッ――⁉︎」
その光景に部下の男は青ざめ、悲鳴を上げる。先ほどのやり取りによっては自分がああなってしまったのではないかと思うと、またも意識を失いそうなほどに身体が震えてしまう。
「……今わかる情報はそれが全てか?」
「は、はい! ……い、今は……まだここまでしか……」
「……いいだろう。そのまま情報収集を続けろ。何かわかり次第、報告はメールで。特に件の転校生については、可能な限りくわしく調べておけ」
口の端が限界まで吊り上がるほどの歪んだ笑み。頭を打ち付けられた女性たちのものであろう返り血がゆっくりと彼の頬を伝い、彼の不気味さを色濃くする。
「銀髪の転校生……利用できそうならそれで良し。だがもし、オレ様にとって邪魔になりうる存在であったのなら――」
「ッ――⁉︎」
金髪の少年の興奮に呼応するように、彼の『気』が爆発的にふくれ上がる。扉の前に立っていた彼の部下は、その気を浴びるだけで今度こそ失神してしまった。
「――――この『金獅子』獅子瓦壊兎が狩り取るッ!!」
獅子瓦壊兎――、
二つ名『金獅子』――、
チーム『黄金猛獣』頭――、
兼――――『三巨頭』。




