第15話 三巨頭④
蒼龍寺葵司の強さは、他の不良と比べてあまりにも圧倒的である――。
彼が総長たるチーム『蒼青龍』は関東最大規模の不良チームではあるが、意外にもチーム同士での抗争までに発展する事はほとんどなく、敵対チームのほとんどが彼一人、あるいは泰山昇ら数名の幹部のみで敵不良チームを壊滅する事がほとんどであった。
――ゆえに、蒼龍寺葵司は『最強の不良』である。
だが、単純な武のみで彼がそう呼ばれているわけではない。
何よりも彼を『最強の不良』たらしめるのは、そのカリスマ性にあった。
思想、言動、人格――彼にはまだ謎が多い。だがその謎すらも含めて彼の強さ、そして生き様に、多くの不良たちは惹かれる。
理不尽な暴力のない世界――その信念の元に歩む彼の背中に、不良たちは焦がれるのだ。
王は自らが望むべくしてなるのではなく、他者に望まれてこそ王になる。
だが彼は、決して完璧な存在ではない――。
彼には人らしい迷いがある。己が信念は果たして正しいのか――彼は常にその葛藤に思い悩まされていた。
だが完璧ではないからこそ、不良たちはただ彼に憧れるのではなく、共に彼の覇道を歩みたいと願い、着いてゆく。彼のチームが自然と不良界の最大勢力となったのも、彼のカリスマに惹かれ、そして共に戦いたいという思いを胸とした不良たちが望んで彼の傘下に降ったゆえである。
導く王ではなく、共に歩まんとする覇王たれ――。
蒼龍寺葵司は――この時代における総長であった。
「君はどうする――山本降谷?」
「ッ――⁉︎」
驚きで目を見開くは、反蒼青龍連合のリーダー格の男こと山本降谷。
「テメー……なんでオレの名前を知っていやがるんだ……⁉︎」
いくらアンチたちのリーダー格とはいえ、自身は目の前の少年にとって敵対する不良の一人に過ぎないはずだ。
不良界最大勢力の総長である葵司はもちろん仲間が多くはあるが、当然として敵対する不良も数多い。毎日何十、下手すれば何百もの不良を相手する事もあるだろう彼が、有象無象を集めただけの自身の名を覚えているはずなどとても信じられる事ではなかった。
「君だけではない。私は一度でも顔を交わした者の名は覚えるようにしている。それが、拳を交える者への礼儀であると、私は思っている」
「…………」
強さだけではない。思考、思想――蒼龍寺葵司を成す在り方そのものが、全てにおいて規格外の存在であったのだ。
「……これが『三巨頭』が一人、蒼龍寺葵司……これだけの人数を集めてなお、この男一人に届かねえのかッ……!」
くやしさに歯噛みする降谷。自身のチームを潰され、復讐のために彼に恨みを抱く不良たちをかき集め、自らもこの日のために身体を鍛えてきた。
だが拳を振るうまでもなく、突きつけられるは明確な敗北。百以上の不良を集めても、圧倒的な個の前には無意味であるという事実が目の前にあった。
「……………………降伏……します」
自分以外の不良たちはすでに彼に降り、残された選択は降伏の宣言。リーダー格である彼が口にした言葉は、彼の仲間たちに安堵や歓喜の表情を浮かばせた。
「歓迎しよう、アンチアズール・ドラゴン……いや、この名称のまま迎えるのは他の仲間にも示しがつかないな。可能ならば、早急にチーム名の方は改めてもらいたい」
相変わらず感情の抑揚もなく、澄まし顔のまま青コートの少年は、連合の降伏を受け入れる。先ほどまで対峙していたというのに、気づけば不良界最大勢力の一員へとなれた不良たちは彼への憎しみも忘れ、新たなチーム名は何にするかと盛り上がりだす。
殺気立っていた空気は和やかなものへと変わり、気づけば巻き込まれないように距離を取っていたカフェの客たちや、野次馬のように事態を眺めていた通りすがりの一般人たちはこれ以上危険はないと感じ取り、いつもの日常へと戻っていた。
たった一人の少年が戦場の空気を変え、不良たちの心を変え、この場にいる人々に安堵を与えた。
まさに独壇場――蒼龍寺葵司一人が、この空間を完全に支配していたのだった。
「歓迎会は後日の『三巨頭会議』に取っておこう。可能ならば、ひとまずは解散を願いたい――コーヒーは、静かに飲みたいのでね」
蒼龍寺葵司――、
二つ名『青龍』――、
チーム『蒼青龍』総長――、
兼――――『三巨頭』。
◯
「いでえええええッッッッ――――!!!」
「嘘だろ……なんなんだよ、このヨーヨー⁉︎」
ナンパした女性から持ってみてほしいと渡されたヨーヨーを手にしたアロハ服の二人組の一人が、まるで高所から落ちた鉄球をキャッチしたかのように両手を地面へと押し潰されてしまった。衝撃で地面は割れ、指は変な方向へと曲がって血しぶきが周りへと飛び散っていく。
「頼むー! 早くこれをどかしてくれぇッ! 手が潰れて痛えよおッ――⁉︎」
「んなこと言われても、持てねえんだよ! このヨーヨー、あまりにも重すぎる⁉︎」
手を潰されてる男の友人は手のひらに乗っかったヨーヨーを取り上げようとするも、まるで大岩を持ち上げようとするかのようにビクともしなかった。
「あー、ダメダメ。そのヨーヨー、高密度の特殊な金属でできてんだから、力任せで持ち上げようとしても無理よ」
呆れるような声で紅いポニーテールの女性は、男の手を押し潰している特殊金属のヨーヨーをヒョイと軽く持ち上げ、まるで普通のおもちゃのヨーヨーのように糸に指を通し、球体をブンブンと回転させる。よく見るとヨーヨーの糸もよくある絹製ではなく、ワイヤーらしき鋼鉄の糸が巻かれていたのだ。
「このヨーヨーの重さは推定一五〇〇キロ。素手で持つなんてまず不可能だけど、手の全体に『気』を纏えば、ほら?」
彼女は自動車と同等の重さのあるヨーヨーを使って、ロングスリーパーのような基礎的な技からスパイダーベイビーのような特殊なトリックまで披露する。
女性の操るヨーヨーが本当に友人の手を押し潰したのと同じ物なのか、もう一人の男性は目を疑ってしまう。
「紅髪のポニーテール……鋼鉄のヨーヨー……園宮茜……は! お、お前……いや、貴女は⁉︎」
ケガしていない方の男は何かを思い出し、ワナワナと震える指で女性を指す。
アロハ服の二人は盲目のお年寄りを脅したり、女性を平気でナンパするような悪質な男たちではあったが、決して不良というわけではない。ゆえに名前を言われてもとっさに思い出すことはできなかったが、それでも悪人である彼らはお年寄りを助けた少年や、ヨーヨーを操る目の前の少女の存在を耳にはしていたのだ。
園宮茜――その名は蒼いコートの少年と並び立つ少女の名。
「貴女はまさか……『三巨頭』の一人、女性不良チーム『紅刃蠍』の女番長――園宮茜か⁉︎」




