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あたしのパパは高校二年生  作者: 聖場陸
外伝『黒澤諏方は高校二年生』シルバーファング結成編
301/323

第14話 三巨頭③

「バカな……まだ五分と経っていないのに、百人以上いる連合の半数が壊滅……だと……⁉︎」


 (アンチ)蒼青龍(アズール・ドラゴン)連合のリーダー格である男は、目の前の光景にただ唖然とする。


 全体の約半数――五十人以上のメンバーである不良たちが蒼龍寺葵司相手に一斉に襲いかかるも、たった一人の少年になすすべもなく次々と迎撃された。あっという間に喫茶店前の広場は、不良たちの倒れた身体で埋め尽くされてしまったのだ。


「…………」


 葵司は息一つ乱すことなく変わらぬ無表情で、自身に挑み敗れた不良たちを見下ろした。


 彼の動きは最小限だった――飛びかかる不良たちの動きを瞬時に見極め、それぞれに手刀、殴打、裏拳、肘鉄などを一発ずつ叩き込む。さらに不良たちは気を失ってはいるものの、なるべく大きなダメージや後遺症が残らないよう威力を最小限に留めた上で一撃を与えていたのだ。


 何より、不良たちが戦慄したのは彼の素早さであった。


 葵司は最初の立ち位置からからほとんど動いてはおらず、わずかな動作だけで五十人近い不良たちを迎撃した。その速さは常人が捉え切れる限界を超えており、人によってはただ立っているだけの少年の周りで不良たちがひとりでに倒れるという不思議な光景に見えていただろう。実際、喫茶店の周りにいた一般人たちは勝手に不良たちが倒れているように見えて困惑の表情を浮かべていた。


 目にも止まらぬ俊敏性、相手の動きを捉え切る動体視力、どの攻撃が適格かを瞬時に見極める状況判断力、致命傷にならぬよう威力を留める正確性、そしてこれらをもって呼吸一つ乱れぬ無尽蔵の体力――そのどれもが、まさに蒼龍寺葵司の持つ規格外の力であった。




「さて――これで互いの実力差は理解してもらえただろう」




 葵司の視線が、まだ残っている半数の連合の不良たちに向けられる。


 別段、彼の瞳は睨んでいるわけではない。それでもその視線を受けただけで、不良たちは喉元が締め付けられたような圧迫感に襲われるのだった。


「実力を理解してなお変わらず挑むというのなら、それは決死の覚悟であると受け止める。その気概ある者相手ならば、()も少しばかり()()()()のが礼儀あろう」


「「「っ…………⁉︎ 」」」


 もちろん、不良たちは対峙する蒼コートの少年が自分たちを相手に手を抜いている事ぐらいわかっていた。彼の言葉も脅しのような意図はなく、あくまで礼節をもってのものである事も理解できている。


 それでも、圧倒的な力を見せた葵司のさらに少しだけ本気を出すという一言は、不良たちの精神(こころ)を折るのに十分すぎる言葉であった。


「だが、私もこれ以上我が武を振るうのは決して心穏やかではない。ましてやここは本来、(みな)が静寂と癒しを求めて訪れる喫茶店の前だ。可能ならばこれ以上みだりに騒がして、店や客たちに迷惑をかけたくはない」


 葵司は蒼いデニムコートを(ひるがえ)しながら、一歩前へと踏み出る。彼から仕掛けてくるのではと不良たちは身構えるも、どころか彼はすぐに立ち止まって拳をコートのポケットに収めた。


 そして葵司は、自身に向けられた不良たちの恐怖、絶望、怒りの入り混じった視線を静かに見据える。






「良ければで構わんが――我が蒼青龍(チーム)の傘下に入る気はないか?」






「「「ッッ――――⁉︎」」」


 様々な感情を乗せた不良たちの瞳の色が、驚愕の一色に染まる。


「な……なんで、(アンチ)であるオレたちが、テメーの下にならなきゃいけねえんだ! ……オレたちは全員、テメーに恨みを抱いてここに来てるんだぜ……!」


 連合のリーダー格の男は恐れを交えつつも、強めの言葉を使って彼を威嚇する。


「それにしては、ずいぶんと闘いに()()()な者もいるようだが」


「「「……っ! …………」」」


 その指摘に、何人かの連合の不良たちが気まずげに目を逸らす。


「おおかた私に潰されたチームの元メンバー、あるいはそれに近しいというだけで私との直接的な対面もなく、無理やり連合に入れさせられた者もいるだろう」


「ぐっ……」


 図星であったか、リーダー格の男は何も言えずただ歯噛みする。


「だが、私はその(おこな)いを否定しない。私の仲間が少ないタイミングを狙ったり、私一人のために百以上の戦力を揃えるなど、それらは十分に真っ当な戦略と言えよう。私を憎む者、恐れる者――私は私に向ける全ての感情を肯定し、そして私に降伏する者を私は受け入れる」


「「「っ……」」」


 目の前の少年が口にするあまりに壮大な言葉に、不良たちは理解が追いつけずにしばらく放心してしまう。


 彼は自分たちと同じ不良のはずである――だが、彼の言葉は善人を飛び越えて、もはや修験者の悟りのようにも聞こえた。


 人によっては偽善者の戯言(たわごと)にも捉えられかねないそれは、しかし不良たちは(こころ)で理解する――彼の言葉は嘘偽りなく、本心から発せられたものであるのだと。




「……オレたちを受け入れるだぁ? オレたちをそばに置くって事は、いつ寝首をかかれたって文句は言えねえって事なんだぞ?」




 リーダー格の男はあくまで反抗的な態度を崩さない。もちろん葵司は寝首をかかれるであろう状況に至る可能性も承知している。その上で――、


「――言ったであろう、()たちの私に(いだ)く感情を全て受け入れると。それに寝首をかかれたのなら、私はそこまでの男だったというだけの事。もしその時は――」


 両拳をポケットに収めたまま、少年は遠くを見据えるような瞳で彼らを見つめ――、






「――私は、その結末をも受け入れよう」






「っ……」


 リーダー格の男は心の底から目の前の少年を恐れた。自身に向けられる悪意、敵意、殺意――それら全てを受け入れるという胆力。とてもじゃないが、それは十代の少年の精神力で許容していい範囲を超えている。


「……アズール・ドラゴンは関東最大の不良チーム。結成からわずか三年で勢力を拡大させた最大の要因は、敵対したチームのほとんどを傘下に置いているからだという……テメー、そこまでしてチームを大きくして、その果てに何を望んでやがるッ⁉︎」


 もはや雄叫びにも似た問い質し。疑念の瞳を見つめる連合の不良たちに葵司はまっすぐに向かい合い、彼は威風堂々と告げる。






「――理不尽な暴力のない世界」






「「「っ…………」」」


 あまりに突拍子もない解答。不良たちは混乱でしばし呆然とするも、葵司は構わず続ける。


「不良とは因果な生き物だ。拳を振るわねば、満足に自分の意思を示すこともできない。だがその拳は、我ら(不良)の内に収めるべきであって、決して他者(一般人)へと伸びてはならない。ゆえに――私は暴力()をもって不良()を統制する」


 少年は迷い人である。悪をもって人は救えるか――その果て(答え)に、少年はまだたどり着いていない。それでも――、






「それが――()の歩む覇道だ」






 ――自分の信じる道が間違っていないと信じて、少年は(おの)が覇道を歩む。


「……チッ、理不尽な暴力のない世界だと? 誰がそんな覇道(夢物語)に着いていくか――」


 夢物語だと断じようとしたリーダー格の男の言葉が、目の前の光景を目にして途切れる。




 ――ひざまづいていた。




 アンチであるはずの連合の不良たちがリーダー格の男を除いて、皆が一斉に蒼コートの少年に向かってひざまづいていたのだ。


 少年の圧倒的な力に対する恐れからではない。忠節、畏敬――目の前の少年が歩まんとする覇道、その後ろを支え、共に進む事への意志を示すため、彼らは自然とこの体勢を取っていたのであった。

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