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あたしのパパは高校二年生  作者: 聖場陸
外伝『黒澤諏方は高校二年生』シルバーファング結成編
295/303

第8話 校内見学

「アニキと呼ばせてくださいッ!」

「兄貴と呼ばせてオナシャス!」


「え? 嫌だけど?」


 豚山が救急車で運ばれた後、管理者()不在となった二年B組の生徒全員が転入生である黒澤諏方に一斉に頭を下げる。中でもいじめられっ子である鷹走武尊と、先ほどまで豚山に足踏みされていた茶髪リーゼントの不良はキラキラとした憧憬の瞳で彼を見つめていた。


「そんなこと言わずに、肩でも揉ませてくださいっす!」


「ボ、ボクは足は揉みますね……!」


 破壊されたままの教卓の横に置かれたイスに座る諏方に、二人のクラスメイトはかいがいしくまとわりつく。




「うおおお! 転校生、豚山さんを倒せるなんて、アンタいったい何者(ナニモン)なんだ⁉︎」

「格闘技でも習ってたのか⁉︎ よかったらオレの師匠になってくれ!」

「アタシ、一目で黒澤くんのファンになっちゃいました! サインください! というかアタシと付き合ってください!!」




 武尊や茶髪リーゼントだけでなく、他のクラスの不良たちやギャルたちからも黄色い声が飛び交う。


「…………」


 そうしてチヤホヤされて、諏方自身澄ました顔ながらも内心満更ではなく感じてきた。




 ――地下室に監禁されていた頃も、褒められる事は多かった。


 容姿、肉体、髪色、学習力――言葉の上では賛美されても、おぞましいだけで決して嬉しいなどと思うような事はなかった。




 だが、今彼の耳に届く声には悪意のない純粋さが感じられた。羨望、昂揚――いずれもこのクラスの支配者相手に圧倒的な力を見せつけた転校生の少年に対する賞賛である。


 しかし、長い監禁生活の中で諏方は自らの感情のほとんどを殺していたため、今になってどう喜べばいいのかわからず、ただしかめっ(つら)でクラスメイトたちの興奮を全身で浴びるのだった。




「るせーなッ! 自習にしろとは言ったが、騒いでいいとは言ってねえだろうが、クソ不良(ガキ)どもがッ!」


 床を竹刀で叩きながらそう怒鳴り上げるのは、担任である青ジャージの教師である。彼は豚山を病院へ搬送させるための救急車の手配や、各所への連絡のために先ほどから教室のすみで何度も携帯を開いていたのだ。


「ちくしょう、やっぱり問題児(トラブルメーカー)だったか、転校生! 嫌な予感はしてたんだぜ……おい! 誰か転校生に校内を案内しろ! とりあえず今は顔も見たくねえぜ……」


 心底うんざりそうな顔で転校生への校内見学をうながせる担任。


「は、はい! ボ、ボクが案内します……!」

「俺が! 俺が案内するぜ!」


 学校の案内役として立候補の手を上げたのは二人。緊張の面持(おもも)ちで上げた手が震えている鷹走武尊と、諏方に助けられた茶髪リーゼントだった。


「あん? たかパシリてめー、この俺様が諏方の兄貴を案内するっつうのに、邪魔する気か?」


「ボ……ボクだって、学校の案内ぐらいできる……もん……!」


「あ? 言うようになったじゃねえか、たかパシ――」




「もうテメーら三人でいいから、さっさと教室から出ていきやがれッ!!」




   ◯




 青ジャージの担任に教室を追い出された諏方、武尊、茶髪リーゼントの三人はひとまず言われた通りに校内見学のため、一通り校内を歩き回る事にした。


「チ……諏方の兄貴を案内する名誉をもらうのは俺一人で十分だっつうのに」


「ズ、ズルいですよ……! ボクだってアニキの第一舎弟なんですから、アニキを案内する権利はボクにだってあるはずなんです……!」


「テメーがいつから第一舎弟になったんだゴラ? あとさりげなく俺と同じ兄貴呼びしてんじゃねえよ!」


 気弱な少年と茶髪のリーゼントがケンカしているのを背に諏方は何か物珍しいのか、周りをキョロキョロと見回していた。


「ど、どうしたんすか? ここ、まだ廊下で何もないっすよ……?」


「ん? ああ、いや……」


 少し困ったような様子で転校生の少年はポリポリと頭をかく。




「――よくよく考えるとオレ、こうして学校に来るのは初めてなんだよなぁ……って」




 物憂げな瞳で廊下周りを見つめながら、諏方はつぶやくようにそう答える。


「学校に来るのが初めてって……またまたご冗談を。高校はともかく、小、中は義務教育っすよ? それともそのぉ、引きこもり……だったとか?」


「ちょっと、失礼だよ! あんなに強かった人が引きこもりだったなんて思えないよ……!」


「んなことわかるわ、ゴラ! 部屋に引きこもって外にも出ねえような奴なんざ、ろくな運動もしねえだろうからな」




「っ…………」




 言えるわけがない――ずっと地下室に閉じ込められて、本来普通の子供のように通えるはずだった小学校や中学校に行った事がないなどと。


 剛三郎(あの男)が地下室に持ち込んだ教科書などの書籍類を読み込んだおかげで諏方の学力は平均以上ではあった。だがこうして同世代の少年少女が数百人の集団で過ごす学校という場所に来たのは初めての事であり、カラースプレーによる落書きだらけの壁、体育の授業で生徒たちが走っている校庭を見下ろせる窓――目につくものが全て新鮮であり、今まで知識の中にしかなかったものが実物として目の前にあるのは彼にとって感じた事のない刺激をもたらしてくれたのだった。


「学校……ってもんを、もっと知ってみたい。わりぃけど、いろいろと教えてくれながら案内してもらってもいいか?」


 そう頼みながら、後方の二人へと振り向く諏方。


「お……俺でよければ全力で案内しやっす、諏方の兄貴!」


「じ……実はボクも校内にそんなくわしいわけじゃないけれど……でもアニキのために一生懸命案内します……!」


 先ほどまでほとんど見向きもされなかった転校生から直接頼られて、武尊と茶髪リーゼントは歓喜混じりの声を上げる。


 こうして転校生と、彼の第一舎弟を自称する二人の校内見学が始まったのであった。




   ◯




「…………や、やっと校内を全部回れたぜ……」


「…………ゆ、夕方までかかっちゃったね……なんか放課後っぽいチャイムの音も聞こえるよ……」


 真っ青だった空は夕焼け模様へと変わり、落書きだらけの壁をオレンジ色に染め上げる。


 黒澤諏方の校内見学は、実に七時間近くにも及んだ。


 案内役が二人もいるので迷ったなどというわけではない。授業中の教室や職員室、鍵の付いた生徒の立ち入りを禁止している部屋、そして()()()()()()を除く全ての部屋を諏方は二人に案内させたのだ。


 しかも一つの部屋に到着するたびに諏方が中をじっくり調べたり、二人の案内役に解説を求めたりするせいで夕方までかかってしまったのであった。


「……これでとりあえず案内できる箇所は全て回れたっすけど、校内見学は楽しめましたか、諏方の兄貴?」


 未だ息切れしながらも茶髪リーゼントは、諏方に自分たちの案内に不備はなかったのかという確認も含めて校内見学の感想をたずねる。




「っ……ま、まあまあいろいろわかって助かったよ」

「まあまあ言うわりにメッチャ目ぇキラキラさせてる⁉︎」




 諏方は変わらず不機嫌そうな仏頂面のままでいたのだが、知識はあっても初めて見るものばかりな光景に興奮は隠しきれず、目を輝かせて頬はほんのり赤く蒸気していた。


「……うん、思ったより喜んでくれてるみたいだね」


「この人クールぶってるけど、さてはわりと感情が表に出るタイプだな?」


 まだ一日と経っていないが、武尊と茶髪リーゼントは転校生である黒澤諏方の人となりがある程度把握できたようだ。


 第一印象は気難しげな雰囲気を感じさせたが、その実素直に感情を表現するのが苦手なだけであって、実際の内面は感情豊かなのかもしれない。




「まあ……その……なんだ…………二人ともありがとな……鷹走武尊に…………茶髪リーゼント」

「いやそこは俺の名前も覚えてくださいよ⁉︎」




 涙目で抗議する茶髪のリーゼント不良。


「っ…………」


「いいっすか? 俺の名前は茶髪リーゼントじゃなくて――って、どこ行くんすか兄貴⁉︎」


 諏方は名前を聞かないまま、突然一人スタスタと歩き出した。


 わずか一日で校内の構造をもう把握したのか、転校したばかりの彼は迷う事なく廊下を進んで行き、そしてとあるドアの前で立ち止まる。




「今日の案内で一つ気になった場所があるんだがよ――なんで()()()()は避けたんだ?」




 諏方の目の前にある部屋――あらゆる部屋の扉の中でもひときわ古くさい白の木製の扉には、『文芸部室』の札がかけられていた。

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