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あたしのパパは高校二年生  作者: 聖場陸
外伝『黒澤諏方は高校二年生』シルバーファング結成編
292/324

第5話 転校生、黒澤諏方①

 桜舞う季節、そよ風に流れる花びらの吹雪は少年少女たちの新たな日々の始まりを告げるかのよう――。




 暖かな日差しが差し込む一室、テーブルを挟んで向かい合うように置かれた二組のソファにて、二人の男性が座っていた。


 一人は青いジャージを着込み、タバコの煙をふかしながら数枚の書類を見つめる中年男性。


 そして――、




「黒澤……す……がた? 読みづれぇ名前だなぁ……小、中はロシアの学校……帰国子女か? 生意気だな……転入試験の成績はほとんどの教科が七割越え……」




「…………」


「あー……まあなんだ。こう言っちゃなんだがよ、この成績なら入れる学校なんてよりどりみどりだろうがよ。なんでこんな不良学校(バカがっこう)なんて選んだんだ?」


 タバコをくわえたまま、目の前の少年に問いかける青ジャージの男。


 問われた少年は銀色の長い髪を無造作にかき上げながら、据えた眼差しで男を見つめながら答える。






「――憂さ晴らし」




   ◯




 ――拝啓、母上様。貴女の息子である鷹走(たかばしり)武尊(たける)は、めでたく不良高と名高い『桑扶高校』の二年に無事進級できました。


 お母さんは小柄で運動も苦手なボクが不良(わるいひと)たちにいじめられてるんじゃないかって心配してたけど、大丈夫だよ。ボクはこの学校でいっぱいオトモダチができました。


 今日もみんなは、ボクと一緒に遊んでくれて――、




「よう、たか()()()。焼きそばパン買ってきてくれよ?」

「たかパシリ〜、サッカーやろうぜ! お前ボールな?」

「たかパシリー、この前自慢の茶髪のリーゼントを整えるために美容院行って金ねえからちょっと金貸してくれよー? 俺たち()()()()だろぉ?」




「あ、あう〜……」


 桑扶高校二年B組――教室内は荒れ果てていた。


 教室内の白かったであろう壁にはカラースプレーによる落書きで埋め尽くされ、用具入れに使われるロッカーの扉は外れたものやへこみ傷があるもの、肝心の掃除用具もほとんどが折れたりモップ部分が外れていたりなどが適当にロッカーにぶち込まれ、ゴミも床に散乱していた。


 そして教室内にいる生徒たちのほとんどは絵を描いたようなステレオ(わかりやすい)タイプの不良(ヤンキー)たちであり、逆立った金髪やリーゼント、服装もだらしなく着込んだ制服(学ラン)の生徒もいれば、暴走族のような特攻服を身に纏う生徒も多く見られる。女子生徒も少なからずいるが、そのどれもが化粧の濃いギャルであり、真っ当な見た目の女子は一人としていなかった。


 まさにわかりやすいほどの底辺高校の教室。ゆえに不良だらけの空間の中で平凡な風貌であるその少年は、逆に異質な存在となっていた。


 小柄な背丈と学ランの下でもわかるほどの細身の身体、髪は黒で目立たず童顔なため、高校生というよりも中学生と言われた方がしっくりくるだろう。


 彼の机には何を書いてるのか判別できないほどに黒く塗り潰された落書き。言われずともわかりやすいほどのいじめられっ子の少年――鷹走武尊は困り顔で自身を囲む三人の不良たちを見回した。


「え、え〜と……焼きそばパンはさっき購買で売り切れになってたのを見たよ……サッカーはお腹が痛いからまた今度がいいかな、へへ……お金はその……ごめんなさい……今千円も持ってないです……それにこの前貸したお金もまだ返ってきてな――」


「――ああん⁉︎ てめぇ、トモダチから金むしるつもりかよ? 一発殴っちゃうけどいいの?」


「そ、それは……! い……痛いのは怖いです……」


 恐怖で震える手で頭を覆い、武尊は自身を見下ろす彼らの顔から目を逸らそうと落書きだらけの机に突っ伏してしまう。


 猛獣の檻に放り込まれた小動物のような武尊の怯えぶりに、彼を囲む不良たち三人はゲラゲラと下品な笑い声を上げた。


「ギャハハ! コイツのビビりぶりマジウケる! 武尊なんて強そうな名前のくせにヒョロっちいその見た目、名前負けしてて情けねえと思わねえのかよ?」


「つかよー、なんでこのチビが不良(オレたち)だらけのこの学校にいるわけ?」


「知らねーのかよ? コイツ、一年の時の成績ゴミすぎて危うく進級できねえとこだったんだぜ! テストなんて良くて三十点代だったっけか⁉︎」


「マジかよ⁉︎ オレでも苦手な英語で四十は取れたんだぜ? もっと嫌いな数学(さんすう)はゼロ点だったけどな!!」


「つーことはコイツ、バカだからこの学校しか入れなかったって事かよ⁉︎ ダッセー!!」


「うぅ〜……」


 再び下卑た笑いが教室中に響く。しかし教室内はどこも不良たちが騒がしくしていたため、誰も彼らの笑い声――もちろん恐怖と悔しさで身体を震わせる武尊を気に止める者など誰一人いなかった。


 鷹走武尊にとって、まるで地獄を体現したかのようなこの教室に――、




 ――ガラリと、引き戸を引く音が教室の騒音を鎮まらせる。




不良(バカ)ども、HR(ホームルーム)の時間だ! さっさと席につけ!」


 竹刀片手にタバコをくわえた青ジャージの男が、大股で黒板の前にある教壇の上へと進んでいく。


「センセー、教室内は禁煙じゃなかったでしたっけ?」


「うるせー、常識的(まとも)なこと言ってんじゃねーよ、不良(ボケ)どもが。んな事よりテメーら、今日は転校生(新入り)を紹介するぞ」


 クラスの担任である青ジャージの男から転校生という単語(ワード)が口にされ、教室内が興奮の色を見せ始める。


「この学校に転校生ってマジかよ⁉︎ もちろん女だよな⁉︎」


「んなわけねーだろ、男だよ男。まともな女がこんな掃き溜めみてーな学校に来るわけねーだろうが」


「うわー先生、それってセイサベツってやつじゃないのー?」


「黙ってろブスが。おら、転校生! さっさと入ってこい」


 引き戸越しに入室をうながされ、転校生はゆっくりと教室に入っていく。


「「「っ…………」」」




 一瞬、誰もが息を呑んだ――。




 一歩進むたびに微細にゆれる銀色の長い髪は、男女ともに見とれさせるきらびやかさがあった。


「……思ったよりイケメンじゃない?」

「やっば、タイプかも……」


 少ない女子生徒からは黄色い声が所々で上がる。


 だが――、




「ギャハハ! めちゃくちゃチビな奴が来やがった!」




 男子たちが少年の銀色の髪に惚けたのは一瞬で、彼の小さな身体はそんな印象をもあっという間に吹き消してしまった。


「マジで小っせえな! たかパシリより背小っちぇんじゃねえの?」


「っ……⁉︎」


 視線は転校生の方に向けられているのに、自身のあだ名を口にされて武尊は身体をビクつかせてしまう。


 だが同時に、彼は安心感のようなものも感じた。きっとこれからは自分だけでなく、新しく来た転校生の彼もいじめのターゲットになるかもしれない。


 人より少し目立つ特徴があるというのは、十分にいじめられる対象(りゆう)になってしまう。


 自分へのいじめの負担を、彼なら少し軽減してくれるかもしれない――卑屈な発想ではあるが、そう願わずにはいられないほどに武尊の精神は追い詰められていたのだった。




「「「ギャハハハハ! 小せえ小せえ!」」」




 耳障りに響く不良たちの下品な笑い声。




「…………ハァ……」




 明らかに歓迎されていない空気の中で、しかし銀髪の転校生は気圧(けお)される事なく、呆れ混じりのため息をつく。


「うるせえぞ、不良(ガキ)ども! おい転校生、テメーの席は一番後ろで座ってる武尊(チビ)の隣だ。自己紹介は面倒だからあとにして、さっさと席に――」






 瞬間――耳をつんざく破裂音のような音が鳴る。






「――――なっ」


 不良の一人が呆然とした声を漏らす。


 不良たち(彼ら)は頭上を見上げていた。先ほどまで黒板の前に置かれていたはずの教卓が、天高く舞い飛んでいたのだ。


 まるでスローモーションのように教卓は天井近くにまで上昇し、そのまま勢いよく床へと落下して、さらに耳を痛くさせるほどの轟音を教室内に響かせる。


 教卓は落下の衝撃で角が欠けたりなどしたものの、それ以上に異様だったのは上部の平たい箇所が先端から中ほどにまで()()()()()()()()()()のだ。


 しかもただ割れたのではない。まるで下から弾丸が放たれたかのように、裂け目が上に向けて大きくそり上がっていたのだ。




「「「……………………」」」




 先ほどまでの騒がしさが嘘のように教室内が静まり返った。約半数の生徒たちは何が起きたのか理解できず、困惑と未知への恐怖に顔を青ざめている。しかし、もう半数の不良たちには何が起きていたのかを見切っていた。




 ――目にも止まらぬ速さで、銀髪の転校生が目の前にある教卓を蹴り上げたのだ。




 普通の人間の視点では彼は微動だにせず、教卓が勝手に飛び上がったかのように見えたのだが、並外れた動体視力を持つ一部の不良たちは転校生の動きを捉えていたのだった。


「…………」


 転校生はしばらく教室内の生徒たちを一瞥すると、何事もなかったように後ろにある黒板へと近づき、白いチョークで文字を書き始める。






 黒澤諏方(くろさわすがた)――ご丁寧に不良(バカ)にも読めるようにふりがなまで振ってくれていた。






「オレの名前は黒澤諏方。テメェらに訊きてぇ事はただ一つ――この学校で一番つえーヤツは誰だ?」

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