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あたしのパパは高校二年生  作者: 聖場陸
外伝『黒澤諏方は高校二年生』シルバーファング結成編
291/302

第4話 少年が不良に至るまで④

 ――十数年と閉鎖された空間で過ごしてきた諏方であったが、それでも剛三郎が持ってくる雑誌等で不良という概念は知っていた。


 素行が悪く、暴力的な学生たちの総称。


 基本的には集団での行動を主とし、学校ごとやチームごとに不良同士で争う事も多く、一般の人間にも危害を加えるなど、一時期は社会問題にまだ発展した事もあったという。


「私もくわしくは知らんが、どうやら世間では今は不良の黄金期とも呼ばれているらしい。なんでも街などで暴れる不良を他の不良が抑えつけるなど、不良同士での統制が行われているようだ。結果として一般人への被害は昔と比べると減少傾向にあるようで、昔と変わらず不良を毛嫌いする者もいれば、まるでヒーローのように崇め、不良を志す若者も増えてきてるという話だ」


「…………」


「世間では評価を見直されているようだが、私からすれば不良(クズ)不良(クズ)でしかない。不良による不良の統制? たわけ。悪をくじくのはいつだって正義であるべきなのだ……っと、私見を語りすぎたな。何を言いたいかというとだ。黒澤諏方、君は――」




「――不良(クズ)になって、その不良高校で不良どもとケンカして、頂点(テッペン)でも取れって言いたいわけ?」




 未だ要領の得られない不良の話に対し、諏方はついに疑問の言葉を口にする。


「……フ、ようやく口を開いてくれたか。失語症になっていないようで何よりだ。……なに、事はもっと単純(プロストーイ)さ――黒澤諏方、鍛えたその拳を振るうなら、どうせなら不良()を相手した方がいいとは思わないか?」


「っ……⁉︎」


 強引とも言えるニコライの提案。驚く諏方の視線を気にも留めず、銀髪のロシア人は静かに紫煙(しえん)を吐き出す。


「もちろん、不良にも人権というものはある。むやみやたらに殴られてもいい理由などないだろう。だが、悪いことをする(クズ)は殴られる事があっても()()()()()――そうだろう?」


「っ……」


 人権という言葉(たんご)をよく理解(わか)っていない諏方でも、目の前の男が無茶苦茶を言っているのは十分に理解できており、彼に向ける視線が呆れ混じりになる。だが、彼なりに自身を気遣っての提案なのだろうというのもまた理解はできていた。


「もちろん強制はしない。何度も言うが、我々夫婦が生きている限りは君の衣食住は保証しよう。高校に入るという選択を取った場合のその後も君の自由だ。先ほど君が言ったテッペンとやらを取るも良し。不良にならずに真っ当に勉学に励むも良し。その場合は別の高校を選んだ方が無難だろうが……ああ、高校に行く場合は諸々面倒な手続きは私がしておこう。転入試験の方は避けられるんだろうが、君の地頭の良さなら難なく突破できよう」


「…………」




「選択を面倒だと思うか? だが、選択できるという事は『自由』であるという事だ。……もう、君は地下室(カゴ)の中の鳥ではない。選択という自由を与えられた()()だ」




「っ……!」


 少年の瞳に、わずかに光が宿ったのをニコライは確認する。


「……時間はたっぷりとある。君の今後の人生を左右する選択にもなろう。時間をかけて、よく考えてから解答(こたえ)を出しなさい」


 最後にそう告げて、ニコライはタバコを口にくわえたまま部屋をあとにする。




「……………………」




 諏方一人が部屋に残され、再び静寂が訪れる。


 選択――たしかにそれは、地下室に閉じ込められていた諏方にはなかった自由だ。だが、いきなりそのような自由を与えられても、すぐに答えが出るわけもない。


「っ……」




 それでも彼の瞳には――桑扶高校のパンフレットが確かに映し出されていたのであった。




   ◯




「諏方ちゃん、学校に行ってくれるかしら……」


 ニコライが再び食卓に戻り、少し時間が経過してからナタリアがふとつぶやく。ちゃぶ台の上の料理はすでに片づけられており、テレビを流して湯呑みに入った熱々の緑茶を(すす)るものの、二人して特に映像を観てはおらず、旅バラエティのお笑い芸人の機械的な笑い声がむなしく響いていた。


「……黒澤諏方がどのような解答を出したとして、その正否を決めるのは我々ではなく彼自身だ。高校に行かないという選択もまた、彼にとっての正解になりえる事もあろう。我々はただ、彼の出した解答に助力する――それだけが、我々にできる彼への罪滅ぼしだ」


「…………」




 黒澤諏方を引き取らなかった――その選択が結果として、彼の未来に暗い影を落としてしまった。




「――あの日、私は二つの見落としをした。一つは黒澤剛三郎の『本性』。いくらすでに工作員を引退していた身とはいえ、あの醜悪な男のおぞましい本性を見抜けられなかった。我々の慧眼のなさを呪うばかりだよ。そして二つ目……それは黒澤諏方の『才能』だ」


 ニコライは新しいタバコの煙を吐き出しながら、少年が閉じ込められていた地下室の光景を再び反芻(はんすう)する。


「黒澤諏方が殴ってできたあの地下室の壁のヒビ割れ……あれは力任せで殴っただけではできないヒビだった。おそらくはだが、黒澤諏方は『気』を纏った拳であの壁を殴ったのだろう」


「っ――⁉︎ あんな小さな子が、気を……⁉︎」


「……特殊な呼吸によって自然のエネルギーを体内に取り込み、経絡(けいらく)を通じて自らのエネルギーへと変換する技――本来ならば、武を極めた者や我々のような戦闘の達人プラフィシアナーリヌイが扱える高等技術なのだが……どういうわけか、最近は気を操れる才ある若者が増えているらしい。……地下室に気に関連する資料は見当たらなかった。もし彼が気を使ってあの壁を殴れたのだとしたら、それは間違いなくあの少年の才覚によるものだ」




   ◯




 ニコライが地下室を調べていた時、彼は石造りの壁を大きくへこませたヒビ割れに驚愕した。


 およそ人間技とは思えないほどの巨大なヒビ。辺りを調べても、壁を強く叩けそうなのは鉄パイプぐらいしかない。とてもじゃないが、鉄パイプ程度で付けられるようなヒビ割れではなかった。




『…………ッ⁉︎』




 手を触れ、ニコライは割れ目からほんのわずかだが、『気』の残滓(ざんし)を感じ取った。


 彼は気づいたのだ。この巨大なヒビは、黒澤諏方の気を纏った拳で殴られてできた(キズ)であるのだと――。




   ◯




「……妹夫婦の葬式の日、私が才能を見出したのは姉の黒澤椿の方だった。見込み通り、彼女はわずか二十前半の年齢で『政府特務機関』所属になるほどの逸材に育ってくれた。だがよもや、弟の黒澤諏方もまた極限的環境の中にいたとはいえ、十代後半という若さで気を操れるに至るとは……」


 ニコライのつぶやきには、少年の才能を見い出せなかった事に対する悔しさのようなものも交えているように聞こえた。


「でも……いくら黒澤剛三郎に対する復讐心があったとはいっても、閉鎖的な環境の中で気を操れるようになるものなのかしら?」


「……確証とまでは言えないが、黒澤剛三郎が用意したであろう書籍には身体を鍛えるためのトレーニング法を記述したものが一部見られた。それもトレーニングを主とするようなわかりやすい本ではなかったが、雑誌などの一部コーナーに記載されているものがほとんど。だがその数は膨大であったゆえ、身体を鍛えるための知識を得るには十分だったろう。まるで、()()()()()()()()()()()()()と言わんばかりのラインナップだった」


「ッ……! それじゃあ、あの男は諏方ちゃんにわざと身体を鍛えるように仕向けていたってこと……?」


「……地下室に置かれていた道具も、使い方次第では身体を鍛えられる物が多かった。用意されていた食料も日持ちする缶詰が多くを占めていたが、ツナやささみなど、缶詰に使われている食材はたんぱく質が含まれているものが多い。黒澤諏方があの極限環境の中でたくましい肉体を得られたのは、それら全ての状況が上手く複合した結果とも言えるだろう」


「でも、なんであの男は諏方ちゃんをわざわざ鍛えさせるような事を……あの子が強くなったら、当然その力で自分が復讐される可能性だってあったはずなのに……」


「……奴の意図はわからん。偶然という可能性もゼロ(ノーリ)ではない。だがなんにしろ、あの少年の才能を開花させたのは他ならぬ彼を苦しめた黒澤剛三郎であったというのは、なんとも皮肉な話だな……」


「…………」


 重い沈黙が流れる。


 本来平凡な人生を歩むはずだった少年はしかし、地獄のような十数年という子どもにとっては永遠のような長い時間を過ごし、その果てに非凡な才に目覚める事になった。


 過程を思えば決して喜ばしい話ではない。だがどうあれ、彼は闘う者としての才能に目覚めた。


 その才能を生かすか、それとも心を闇に閉ざしたまま才能を眠らすか、全ては少年自身の選択次第――、








 ――――トン、








 ――足音が聞こえた。






 一歩、一歩とゆっくりだが、確実にジターノフ夫妻のいる食卓の方へと近づいている。




「ッ――⁉︎ …………諏方ちゃん……」




 呆気に取られるナタリア。


 一ヶ月の時を経て黒澤諏方は部屋の外へと出て、パンフレットを棒状に丸めた状態で握りしめながら、二人の前に姿を現した。


 緊張しているのか呼吸は荒く、顔をこわばらせていたが、暗く濁っていた瞳にはうっすらと生の(ひか)りが灯っていたのだった。


「存外に早かったな――黒澤諏方」


 諏方が部屋を出た事が嬉しかったのか、常に無表情でいたニコライの顔にわずかにだが笑みが浮かび、背後に立つ少年にへと振り向く。




「さて――結論(こたえ)を聞こうか」




「っ…………」


 諏方は言葉を詰まらせ、顔をうつむけてしまう。だがすぐにまっすぐへと向き直り、一度深呼吸を挟んで決意(こたえ)を告げる。






「オレは――――」

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