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あたしのパパは高校二年生  作者: 聖場陸
日傘の魔女編
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エピローグ 日傘の魔女

 ――青々とした空の下、肌を通り抜ける風は優しく髪をさらう。




 目の前には断崖絶壁の崖。元々立てかけてあった落下防止用の鉄柵は粉々に破壊されたためにすでに撤去されており、かわりに立ち入り禁止と書かれた黄色いテープが貼られていた。


 崖際だけではない。本来憩いの場であった丘の上の広場はその周りを黄色いテープで囲んであり、中心部はクレーターのように地面が(えぐ)られ、周囲の木々や建造物はまるで台風に遭ったかのようにことごとく薙ぎ払われていた。


 それらの惨状を背に広場の崖際で一人の女性が()()を差しながら、憂鬱げな瞳で崖下を静かに見下ろしていた。




 人間界に来て以来――こうして一人で山の広場から遠くを眺めるのが彼女の習慣(ルーティン)となっていた。




 いつもなら人払いの結界で誰かが山に入らないようにしているのだが、局所地震の震源地とされた狭間山は現在立ち入り禁止となっており、わざわざ結界を張る必要も今はなかったのだ。


「…………」


 こうして山の上から二つの町並みを眺めていると、自然と心が穏やかな気分になる。一週間前に崩壊するはずだった目の前の景色が、皮肉にも彼女の精神(こころ)を癒したのであった。








『珍しく捨てられた仔犬(こいぬ)のような顔をしているじゃない――ヴェルレイン・アンダースカイ?』








「っ……」


 ふいに脳内に響いた声に、ヴェルレインはわずかにだがイラだたしげに眉をよせる。




「今回はずいぶんと若い身体を手に入れたようね――ウロヴェリエ・リンカーネーション」




 ヴェルレインの脳内に通信(テレパシー)魔法で話しかけてきたのは、彼女と同じ五人の魔女の一人である『転生の魔女』ウロヴェリエ・リンカーネーションだった。


『キシシシシ! (オレサマ)の魂が憑依できる身体は限られてるとはいえ、どうせなら若い身体の方が具合がいいってもんだからな!』


 声自体は少女のような可憐さを感じさせるが、下卑たその言動は聞くだけで鳥肌が立ちそうな不快感を感じさせた。


『それよりも聞いたぜぇ……魔女たるテメェが、人間なんぞに敗けたって話をよぉ……?』


「引き分けだ――不本意な形ではあるがな」


(おんな)じなんだよ、小娘(クソガキ)がぁッ! ……たく、同じ魔女として情けなくなるばかりだぜ、キシシシシ』


 怒鳴るような大声を上げたかと思えば、すぐさま下品な笑い声をこぼすウロヴェリエ。情緒(テンション)の安定しない彼女の本性はどの身体に憑依しても変わらない事を、ヴェルレインはよく知っていた。


『……嫌味の一つも言い返せねえようじゃ、思ったよりも弱ってるみてぇだなぁ、あ? ……今ならたいして魔力を使わねえでも、テメェをくびり殺すのもわけねえじゃねぇんか? キシシシシ!』


 狂気じみた言動に混じる明確な殺意。


 しかし――、




「やれるものならやってみろ。受けて立つぞ、転生の魔女」




 ヴェルレインは動じることなく、淡々と転生の魔女の煽りを受け答えする。


『……冗談だよ。冗談(ジョーク)冗談(ジョーク)。何十年とかけた遠大な計画とやらが失敗したテメェを慰めようとしただけじゃねえか? そう怖い顔してんじゃねえよ? ……安心しろ。この身体はお気に入りだが、まだ上手く馴染めてねえんだ。完全に馴染むまでは、テメェには手出ししねえでやるよ?』


「……それで、わざわざ話しかけてきた目的は何かしら、ウロヴェリエ・リンカーネーション? 私に嫌がらせをしたいだけなら、それに付き合うほど暇ではないのだけれど」






『…………(オレサマ)と手を組まねえか、ヴェルレイン・アンダースカイ?』






 先ほどまでの嫌味たっぷりな声色(こわいろ)と違い、ウロヴェリエの声がマジメな声調(トーン)となる。


天地逆転魔法あまちさかずきのまほうの再使用にはまた何十年と時間をかけて魔力を貯める必要がある。その間に他の魔法使いに魔女の宝玉(レーヴァテイン)を獲られちまったら、テメェの努力が水の泡になっちまうだろ? ……(オレサマ)は別にレーヴァテインにたいした興味はねえ。もちろんあるに越した事はねえが……他人の願いを潰してまで、手に入れようとは思ってねえよ』


「…………」


『……テメェは(オレサマ)の可愛い後輩だ。テメェの親父さんにも世話になってたしな? 魔女二人での連携だ。(オレサマ)たちが組めば、レーヴァテインなんてたやすく――』




「――何百年貴様の後輩をやっていると思っている、ウロヴェリエ・リンカーネーション」




 久方ぶりに、ヴェルレインは魔女らしい余裕のある笑みを浮かべた。


「貴様の性格はよくわかっているつもりだ。ああ、たしかに貴様はレーヴァテイン自体に興味はないだろう。だが、他者の不幸を何よりも悦とする貴様だ。どうせレーヴァテインを私から奪い取って、目の前でくだらない使い方でもする気でいたのでしょ?」


『…………』




「舐めるなよ、転生の魔女? 私は誇り高き日傘の魔女。貴様の力など借りずとも私は私の願いのために、必ずやレーヴァテインを手に入れてみせる……!」




 それは強い意志のこもった魔女の覚悟の言葉――たしかに何十年とかけた計画は崩されてしまった。だが、彼女の心に灯った決意の炎はまだ燻ってはいなかったのだ。


『…………あー、キメーキメー。一人で盛り上がってんじゃねえよ、小娘(ファザコン )が。……まあ、そんな無謀(バカみてぇ)な夢こそ潰しがいがあるってもんだな? キシシシシ』


 心の底から(たの)しげに(わら)う転生の魔女。


『悦しみにしてるぜぇ……その希望に満ちたテメェの顔が、絶望に歪む様をよ――』




「私をからかう目的なら十分に達したでしょ? ――()く、消えなさい」




 ウロヴェリエの繋いだテレパシー魔法の回線をブツリと切断(シャットアウト)する。


 脳内とはいえ、雑音にも等しかったウロヴェリエ(嫌いな先輩)の声が途切れ、再度の静寂が(おとず)れた。


「…………」


 日傘をさしたまま、ヴェルレインは再び二つの町を丘の上から見すえる。どちらかの町に未だ眠っているであろう、多くの魔法使いたちが求める原初の魔女の置き土産(遺品)


 黒澤諏方や境界警察だけではない――これからも多くの障害が、彼女の目の前に立ちはだかるであろう。


 だが――、


「私は諦めない。たとえ世界そのものが私の敵になろうとも、必ずレーヴァテインを手に入れて――」




 誰にも聞こえない孤独な決意表明(ひとりごと)――。




 その決意を胸に、ヴェルレインは日傘(つるぎ)を強く握りしめる。






「――破壊の魔女(お父様)の封印を、必ず解いてみせる……!!!」

ここまで読んでいただき、ありがとうございます!


今回で『日傘の魔女編』は完結となります。


宿敵、日傘の魔女との決闘の物語、いかがでしたでしょうか?


今回ある程度長くなるのは想定していたのですが、まさか1章を超える最長エピソードになるとは思わず、約1年とかかりましたが無事完結できて感無量です。

今回で全体のファーストシーズンとしての締めくくりとなりましたが、物語はまだまだ続きます……!


さて、次回ですが一旦現在の物語はお休みし、外伝として主人公黒澤諏方の過去編となる『黒澤諏方は高校二年生』を連載したいと思います


黒澤諏方がいかにして不良になったのか

彼の仲間となる四天王とは

彼のライバルであり、共に三巨頭と呼ばれた蒼龍寺葵司と園宮茜とは何者なのか

のちに彼の妻となる蒼龍寺碧との出会いとは


『あたしのパパは高校二年生』へと繋がる物語を全2章に渡って執筆していきたいと思います


まずは次回、黒澤諏方がリーダーとなるチーム結成の物語『シルバーファング結成編』をお送りします

お楽しみに!

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