第52話 永田町裏会議⑥
「では次に――四人目の魔女の情報だ」
円卓の上の映像が切り替わる。次に映し出されたのは茶色の髪を逆立たせ、ヒゲをたくわえ目は見開かれており、上半身は裸の上に薄汚れた茶色のローブをはだけさせた、いかにも凶暴で軽薄な印象のおよそ魔法使いらしからぬ風貌の男であった。
「彼の名はランドヴェルズ・アンドゥルダム。魔女名『土塊の魔女』。得意魔法は『土人形』魔法だ。『最高峰の土人形師』とも呼ばれている」
「ゴーレムマスター……」
魔法使いでない椿たちでも、ゴーレムについての知識はある程度持ち合わせている。
頭に浮かぶは土や岩でできた意志を持たない巨人。一般的な魔法使いの使い魔としても有名であろうそれはしかし、目の前に映し出されたどちらかといえば不良や半グレに近い見た目の男が操るイメージがなかなか浮かび上がらなかった。
「ゴーレム魔法はそれほど難度の高い魔法ではない。ランドヴェルズ以外にもゴーレム魔法を得意魔法とする魔法使いはそれなりに数がいる。だが彼がなお魔女と呼ばれるゆえんは、彼のゴーレム魔法そのものと彼の自身の特異性にある」
「特異性……?」
「もちろん、他を圧倒する強大な魔力と高い魔法技術が前提にはあるが……通常、ゴーレムは土や岩を素材にして造り上げる。もちろんランドヴェルズもその基本は踏襲している。だが――彼はそれに加えてもう一つ、別の素材を使ってゴーレムを生成する」
「生きた人間を――だったりするのかのう?」
何気なく発した一言に、椿も総理も背中にゾワリとした寒気が駆け抜ける。
「……さすがは裏社会の王、瞬時にその解答にたどり着くとは……その通り、奴は生きた人間、あるいは魔法使いを媒介にしてゴーレムを生成する。生き物を素材にしたゴーレムは素材となった者の魔力を帯び、より強力なゴーレムを造り上げることができるのだ。……もっとも、無機物のみで構成した通常のゴーレムと比べて生成の難易度は跳ね上がり、媒介となった者の感情が残るために暴走もしやすく、生きた人間か魔法使いという高すぎるコストがゆえに、生き物を使ったゴーレムを生成できるのはこの男ただ一人だ」
「んー……でも僕たち人間って魔力はあっても、魔法使いと比べるとほんのちょこっとしかないんでしょ? それならこの魔女が狙うのは、魔法使いばかりなんじゃない?」
「……ええ、たしかに総理のおっしゃる通り、魔法使いを媒介にした方がより強力なゴーレムを生成できる。実際、ランドヴェルズの戦闘用のゴーレムは皆魔法使いを素材にしたものばかりだ」
「ほう……あくまで戦闘用は――という事かのう?」
またも老人の一言に邪悪な想像が頭を過ぎり、再び椿は戦慄する。
「……お察しの通り、ランドヴェルズは戦闘用のゴーレムと、趣味用のゴーレムを別で造っている。彼は魔女の中でも最も凶暴であり、魔法使いだけでなくたびたび人間界に姿を現しては、ゴーレムの素材用に人間をさらうといった事件を起こしていた」
「おいおい……それこそ人間側に情報を共有しなきゃいけない魔女じゃないのかい?」
話を聞く限り、ランドヴェルズはヴェルレインと同じく人間界に害を及ぼしている。いくら魔女は魔法使いにとっての機密情報とはいえ、人間界が関わってる以上は人間側にも彼の情報を知る権利は十分にあるはずだ。
「ランドヴェルズの情報は人間界換算での百年前にすでに共有していた。あなたの代まで情報が残らなかったのは、人間界側から見てすでに彼に関する問題が解決していたからだ」
総理はオンディーヴァの言葉の要領が得られず、彼を訝しげな視線で見つめる。
「あまりに派手に暴れた彼を放置できず、同じく魔女のエヴェリア・ヴィラリーヌと共に我々は追いつめることができたのだ。あと一歩というところで逮捕にまでは至らなかったが、魔力の大半を失った彼はこの百年身を潜めざるをえなくなった。人間界にしばらく脅威はないだろうと判断した我々は情報統制のため、当時の政府の同意のもと人間側の彼に関する資料を抹消し、情報を引き継がせない措置を取ったのだ」
「……でも、今こうやってもう一回情報を公開したという事は?」
「……三十年ほど前にランドヴェルズの人間界への不法入界を確認している」
「……っ」
予想された返答ではあったが、それでも総理は呆れ笑いながら頭をかかえてため息を吐き出す。
「それならその三十年前には、彼の情報を公開するのが筋ってやつでしょ?」
「もちろん、彼が人間界で何か事件を起こせば即座に共有するつもりでいた。そのために神月にのみ、先に情報を伝えていたのだ」
総理は恨めしげな視線を神月に送るも、彼は気まずげな表情で顔をそらした。
「これは境界警察と政府であらかじめ取り決めていた約定ゆえ、神月のことは責めないでやってほしい。それに……三十年前からのランドヴェルズの動きに不可解な点があるのだ」
「不可解……ですか?」
「……入界してから最初の一、二年は何か動いてたのは確認しているが、それからしばらくしてパタリと消息が不明になったのだ」
人間や魔法使いを直接襲う凶暴な魔女であるランドヴェルズが、二十年以上も動きを見せないまま消息を絶ったというのはたしかに不可解と言える。
「魔法界に戻った形跡も見られていないゆえ、未だ人間界に留まっているのは間違いない。他者の苦しみを悦とするような男が引きこもりになるとはとても思えんが……」
派手に暴れ回っていた凶悪犯が息を潜める――聞いていた印象とは真反対の現状にはたしかに言い得ぬ不気味さは感じられた。
「ともかく今回であなた方には彼の情報を再びお渡しし、新たな情報があればすぐさまそれも共有する事を約束しよう。さて――五人の魔女最後の一人をお伝えする」
さらに切り替わる円卓上の映像。しかし映し出されたのは人の姿ではなく、ハテナマークが付いた黒い球体であった。
「あれ? 男性の魔女は二人って言ってたから、最後に美人なお姉さんを期待してたんだけど……球体型の魔女ってのもいるのかい?」
「いや、この魔女は最も厄介な魔法を得意とし、そして魔女の中でも最も危険な存在と言えるかもしれん……名はウロヴェリム・リンカーネーション。ウィッチ・コードは『転生の魔女』」
「転生……死んでも生き返るという事ですか?」
「正確に言えば、この女は自身の魂を別の肉体に移し替えることができる。ウロヴェリムの得意魔法である『魂魄転移魔法』は肉体が死した際に自らの魂を肉体の外へと出して結界で覆って保管、そして別の肉体へ魂を移動させる魔法なのだ」
「ほう……肉体は死しても魂は死なぬのなら、そいつぁ永遠の命も同然じゃあのう。カカ、死にかけの老いぼれとしてはうらやましい限りじゃわい」
「ちょっと待ってください。自分の魂を別の肉体へと移し替える……それって――」
「気づいたようだな……死なないだけならいくらでも対処できるのが魔法の強みだが、魂魄転移魔法の厄介なところはすでに魂のある他者の肉体へと自分の魂を強引に割り込むことができる。つまりは――七次椿、あなたの身体にも彼女の魂が憑依している可能性も十分ありえるという事だ」
オンディーヴァの瞳が椿を鋭く突き刺す。
「なっ……私は――」
「――安心したまえ。プライドの高い魔女連中の中でもウロヴェリムは群を抜いている。奴が君の中にいるのなら、先ほどの握手の際になんらかの反応を見せたはずだ」
「……なるほど。さっき私を試したのは、その意味も含めてだったのですね」
「改めてだがすまないとは思っている。だが理解してほしい。ウロヴェリムの魂魄転移魔法は無差別には使えないようだが、女性である事以外の条件は現状不明だ。おそらくなんらかの適正がある肉体でなければならないようだが、憑依できる肉体は魔法使いであろうと人間であろうと関係ない。つまり――人間界にも魔法界にも、誰かの肉体に潜んでいる可能性があるという事だ」
「「「「「「……………………」」」」」」
沈黙が神聖なる特別応接室内の空気を重くする。
女性の身体の中に自らの魂を憑依する魂魄転移魔法――それが意味するは人間と魔法使いに限らず、誰かの身体に魔女の魂が潜んでいる可能性があり、全ての女性を疑わなければならないという事なのだ。
「女というだけで魔女と嫌疑される……カカ、まさに中世の魔女狩りのようじゃあのう」
「……加えて、この女もランドヴェルズに比する残虐性を持つ。直接的な危害を加える事は少ないが、魂魄転移魔法の特性を利用して憑依した者になりきり、他者を騙して破滅させる。人間界においても、過去に政治家の妻に憑依して戦争を引き起こした事もある」
「戦争をッ――⁉︎」
戦争という人間にとっても敏感な言葉に椿は目を見開き、他の三人も表情が険しくなる。
「理由など特にない。ただ、誰かが不幸に苦しむその様を眺めて愉悦する――この魔女の行動原理は全てそのためにある。ゆえに魔女の中で最も巨悪。優先的に排除せねばならぬ存在だ」
「「「「「「「……………………」」」」」」」
再び重い沈黙が流れる。
同じ魔女として、自身の父親を救うためとはいえ二つの町を滅ぼそうとしたヴェルレインも間違いなく悪人であろう。
だが――オンディーヴァの説明だけでも他の魔女三人がヴェルレインをもしのぐ強大な悪である事は十分に伝わった。
ヴェルレイン一人だけでも様々な奇跡を経てようやく退けたというのに、おそらくは彼女と同等、あるいはそれ以上の実力を持つ凶悪な魔女が三人も控えていると考えるとそれだけで身震いしそうになる。
「――以上が、現状伝えられる魔女についての情報になる。先ほども言ったように、よりくわしい情報は後日資料として送らせていただく。……さて、ここまで聞いたうえで改めて、我々と協力してくれるかの是非を問いたい」
オンディーヴァの瞳に冷たい光が再び宿る。
「魔女は我々魔法使いにとっても規格外の存在だ。もし相手する事に臆したのなら遠慮なく言ってほしい。記憶消去の魔法はかけさせてもらうが、あなた方人間を全力で保護するのは約束する」
それは挑発混じりのオンディーヴァからの問い。だがうなずけば、少なくとも極力巻き込まないようにはするという彼なりの人間に対する最大限の配慮であろう。
そんな彼の挑発に、椿以外の三人の人間は不敵な笑みを向ける。
「あんまり人間をなめてもらっちゃ困るよ。人間を護るのが僕たちの仕事。人間の敵になる存在は誰であろうと立ち向かうさ」
「カカ! 悪をもって悪を滅する。相手がヤクザであろうが魔女であろうが、儂のやることは変わらんのう」
「ガハハ! 元より特務機関は境界警察と共に魔女と戦う所存。その意志、依然変わりなく! 我が盟友よ、大手を振って肩を預けるが良いわ!」
「……だから、私を友と呼ぶなと言っている」
神月相手にはやはり調子が狂うのか、オンディーヴァは呆れるようにため息をつく。
しかしすぐさま瞳を鋭くし、残り一人――七次椿へとその視線を向ける。
「……ふぅ」
纏う緊張をほぐすため、呼吸を一つ――そして、真剣な眼差しでオンディーヴァの瞳を彼女はまっすぐに見つめ返す。
「国や人々を護るのは当然として――何より、私の大切な家族たちを守るために、私は魔女と戦います」
飾らない椿のまっすぐな言葉。それを受け――横で目をハートマークに高揚させる娘からは目をそらしながら――オンディーヴァの表情は変わらないながらもその冷たさが少しやわらいだ。
「よい返答だ。改めて、あなた方への数々の非礼をお詫びする。魔女へと立ち向かう決意を心したあなた方の勇気に、境界警察もお応えしよう」
緊迫した空気の中で行われた会議だったが、最終的には人間と境界警察の同盟関係がより強固にまとまったのであった。
「最後に一つ――おそらくは裏社会の王である源隆殿ならすでに耳にした話であろうが……」
「ほう……」
何かを察したのか、常に余裕を見せていた青龍の翁の表情から笑みが消える。
「今、人間界に潜む魔法使いたちの中で密かに流通している『賢者の石』についてだ」




