第51話 永田町裏会議⑤
「五人の魔女の情報を――これより開示する」
境界警察の三人を除き、椿たちは特別応接室の中心に鎮座する会議用のイスへと座る。オンディーヴァは中央の円卓のそばに近づき、手をかざすと円卓の真ん中にホログラムのような映像が映し出された。
「急の会議ゆえ、本日は映写魔法による簡易的な説明にて失礼する。後日、より詳細な資料を各位にまとめて送らせてもらおう」
そしてホログラムに、一人の人物が映し出される。その人物は、椿もすでによく知る日傘をかざした女性であった。
「まずは復習もかねて、既知である二人の魔女についてもまとめる。一人目はヴェルレイン・アンダースカイ。魔女名は『日傘の魔女』。得意魔法は日傘の形状をした杖を用いた『日傘魔法』。目的は魔女の宝玉を手に入れ、封印された父親を解放すること。……彼女の父親については現状では重要事項ではないため、今ははぶかせてもらおう」
「…………」
重要事項ではないとオンディーヴァは口にしたが、ヴェルレインの父親はおそらく彼らの言う機密事項に触れる存在なのであろう。
父親について境界警察に言及されたヴェルレインが激しい怒りを見せたという話も椿は聞いており、彼女と境界警察にこれからも関わる以上は魔女の父親について触れる日もそう遠くはないのかもしれない。
「ヴェルレインは天地逆転魔法を使い、桑扶市と城山市のどこかにあるであろう レーヴァテインを掘り起こすために長らく暗躍していた。その目論見は黒澤姉弟によって、一時後退する事となった。しばらくの間は捜査は継続しつつも、優先順位としては少し下げてもいいだろう」
ヴェルレインについての説明を終えると同時に机の上の映像が一瞬乱れを起こし、すぐさま新しい映像を映し出す。
「続いては『万学の魔女』、そして『現存せし最古の魔女』とも呼ばれるエヴェリア・ヴィラリーヌ。現在七次椿の弟君である黒澤諏方の元に居候しているシャルエッテ・ヴィラリーヌとフィルエッテ・ヴィラリーヌの双方の師であり、母親代わりでもある」
目の前に映し出された姿は焦げたような暗い緑色のローブを纏い、しわくちゃの木の杖を手にした老婆であった。今まで諏方たちが対峙した魔法使いたちはいずれも若い姿をしていたが、エヴェリア・ヴィラリーヌはまさにお手本のような老齢の魔女の出で立ちをしていた。
「この方は全ての始まりの魔女――『原初の魔女』の娘であり、忌み名として呼ばれる他の魔女たちと違って戴くべき正統な魔女の名を冠したお方だ。我々境界警察に対しても協力的であり、他の魔法使いたちが目立って暴れないのもこの方が抑止力となってくれているおかげなのだ。得意魔法は特にないとされているが、現代では再現不可能な究極魔法を除いてほぼ全ての魔法を使うことができると言われている」
わずかな説明だけでも、シャルエッテたちの師の偉大さを椿は改めて実感させられる。二人が師のことを大変慕っているのだと彼女は弟から聞かされているが、それも十分に納得できる
そしてついに――未だ情報のなかった残り三人の魔女の詳細がオンディーヴァの口よりゆっくり語り始められる。
「三人目はナトヴェルム・ディーフレイム。ウィッチ・コードは『黒炎の魔女』」
老婆の次に机の上に映し出された魔女の姿は、腰にまで伸びた長い黒髪と光すら飲み込んでしまうのではないかと錯覚するほどに漆黒に染まったローブを纏った男性であった。
「ありり? 魔女なのに男が出てきたじゃない?」
美女が出てくると期待でもしていたのだろうか、阿相部総理は明らかに不満げな顔を表に出した。
「そも、人間界においての『魔女』という単語は女性と男性の両方を指す。それは魔法界においても同様であり、五人の魔女のうち二人は男性だ」
少し呆れ気味になりながらも、オンディーヴァは説明を続ける。
「彼の得意魔法である『黒炎魔法』は数ある炎系魔法の中でも、原初の魔女が理論を確立しつつも唯一再現ができなかった魔法とされており、現状において彼のみが到達に至った究極魔法だ。説明が複雑ゆえくわしい内容は後日資料にて確認してほしいのだが、黒炎魔法と並んで厄介なのは彼の千人の弟子の存在だ」
「千人の弟子……?」
「カカ、そりゃまた規模の大きゅう話じゃあのう」
「そもそもとして、我々魔法使いは平均寿命が長いゆえ、魔法技術を受け継がせるための弟子を取る事のほうが少ない。実際、五人の魔女の中で弟子を取っているのもこの男とエヴェリア・ヴィラリーヌの二人だけだ。彼自身はあまり弟子の面倒は見ていないようだが、彼に対し信奉に近い尊敬を抱いている弟子たちはナトヴェルムに忠実に従う兵士ともなり、その統率力の高さは一軍隊にも匹敵する」
たしかに諏方たちが今まで相手にしてきた魔法使いたちはどれもが単独で活動していた。仮に彼らのような実力の魔法使いたちが千人もいるとするならば、集団としての力は下手な軍隊をも上回るものとなろう。
「――さらに彼は人間にとって、危険な思想を抱いている」
「僕たちにとって……排他主義とか、そういうやつかい?」
「その通りだ、阿相部総理……彼は魔法を使えない人間を魔法使いよりも下等な存在として見なしている、徹底した差別主義者だ。彼は人間そのものを否定し、いずれ人間界へと侵攻、支配する事を目的としている」
「「「「…………っ!」」」」
人間側にいる者たちが一斉に険しい表情を見せる。今まで敵対してきた魔法使いたちは利己的な目的で人間を襲っていたが、ナトヴェルムという男は明確に人間という存在そのものを敵視している。
魔女としてヴェルレイン並みの実力である事は間違いないであろうが、それ以上に彼の思想そのものが人間にとって脅威になるやもしれんと、オンディーヴァの解説だけでも十分な危機感を感じられた。
「だが不幸中の幸いとして、ナトヴェルムは人間界へ来る手段を持ち合わせていない」
「……門魔法が使えないという事ですか?」
「察しがいいな、七次椿。ゲート魔法はあらゆる魔法の中で唯一才の持たない者の習得が不可能な魔法であり、使えるかどうかは生まれの運次第だ。ゲート魔法を使うことのできる魔法使いは一万人に一人程度だと言われ、ナトヴェルムも彼の弟子たちも誰一人、ゲート魔法を使える者はいない。ゆえに魔女の中で唯一人、彼だけは人間界に来界することができないのだ」
人間の存在そのものを嫌い、支配しようとする危険思想の持つ魔女なのだ。たしかにゲート魔法さえ使えていれば今ごろ、人間界は彼によって滅ぼされていたかもしれない。オンディーヴァの言う通り、ナトヴェルムや弟子たちがゲート魔法を使えないのは不幸中の幸いであった。
「でもそれってさぁ……ゲート魔法を使える魔法使いを探して、そいつを脅せば人間界に来られるんじゃないの?」
ゲート魔法は何も使用者のみがゲートを通れるわけではない。阿相部総理の指摘通り、ナトヴェルムがゲート魔法を使える魔法使いを利用すれば、人間界に来ることは可能であろう。
「もちろんその可能性はありえるものだが、彼がその手段を取らないと断言はしてもいいだろう。魔法使いとは良くも悪くもプライドの高い種族だ。魔女ならば、その傾向はより顕著なものとなる。他者を脅してゲート魔法を使わせるなど、彼の魔女としての誇りがまず許さない。ナトヴェルムが魔女と称ばれてからすでに三万年以上になるが、彼が人間界に来られた事は一度としてなかった」
人間界基準でおよそ三千年――それほどの時間人間界に来る手段を手に入れられないあたり、ゲート魔法は希少な魔法なのだろう。
「……もっとも、万が一彼の弟子にゲート魔法を使える者がいた場合、その弟子のゲート魔法を通る分には話は別だがな。彼が弟子の志願を拒まないのも、ゲート魔法を使える魔法使いを確保するためともされている。そうならないよう、我々境界警察はゲート魔法を使える魔法使いを優先的に我が組織へと勧誘しているのだ」
「…………」
以前からゲート魔法を使える者が少ないと言われているわりに、境界警察内には使える者が多いと椿は感じていたが、その理由に彼女もようやく得心が得られた。
「したがって、黒炎の魔女は人間にとって最も脅威的な存在になり得るが、同時に最も縁遠い魔女とも言えるだろう――ナトヴェルム・ディーフレイムについて現状できる説明は以上だ」
「っ……」
まだ三人目だというのに、すでに情報量の多さから魔女という存在の異質さは十分に伝わった。
――残り二人、果たしてどれほど特異な魔女が控えているのであろうか。
「では次に――四人目の魔女の情報だ」




