第50話 永田町裏会議④
「五人の――」
「――魔女」
阿相部総理と源隆の瞳が鋭く細められ、他の者たちも『五人の魔女』という言葉に顔色を険しくする。
「五人の魔女に関してすでに人間に提供している情報は人間界に来界しているシャルエッテ・ヴィラリーヌ、及びフィルエッテ・ヴィラリーヌの師である『万学の魔女』エヴェリア・ヴィラリーヌ。そして昨日まで精力的に活動していた『日傘の魔女』ことヴェルレイン・アンダースカイの二人のみ。この二人を除く残り三人の魔女については我々の管轄内で収めるため、無用な情報としてあなた方にはお伝えせずにいた。……もっとも、我々と直接的に盟を結んでいる政府特務機関司令官である神月にだけは魔女の動きを観測した場合の緊急情報統制役として、すでに一部の情報は提供していたがね」
オンディーヴァに目線を向けられた神月は無言でうなずく。
「へー……一応は上役である総理大臣ですら把握していない情報を友好関係にある個人にだけ共有するのは、少し私情が入ってるんじゃないのかなー?」
また穏やかげな笑みを浮かべているが、総理の声音にわずかだが相手を詰めるような圧が感じられた。
「……完全には否定はしない。我々――いや、私としても一番に信頼を持てる人間が彼でありますゆえ……だが、どうかご理解いただきたい。今はこうして手を取り合える関係になったとはいえ、あなた方と我々は種族という決定的な違いがある。『違う』という事実は、争いが起こる立派な事由になる。魔法使いと人間の争いがいつでも起こりうる可能性がある以上、与えるべき情報と人数は制限するに越した事はない――それは人間同士とて、同じ事でありましょう?」
敬語にはなっているが、オンディーヴァの嫌味めいたその言葉は総理以上の圧がハッキリと感じられる。
「……あはは、そう言われると反論しようもなくなるねぇ。君、国会議員に向いているんじゃない、オンディーヴァ長官殿?」
笑いながら冗談めいた言葉を言うが、総理の瞳は静かに水色髪の男を捉えていた。
「……して、なぜ今になって魔女の情報を共有する事にしたのじゃ? さっきお主は、捜査方針を変えると言っておったようじゃがのう?」
「っ……」
源隆が次なる問いをかけるとオンディーヴァは答えに逡巡しているのか、少し間を空ける。
「……情けない話ではあるのだが、我々境界警察はそもそもとして、魔女の検挙にさほど重きを入れていなかった。魔女は同じ魔法使いとはいえ、その圧倒的な魔力と魔法技術はまさに神域に達したもの。たとえ境界警察のメンバーを総動員させたとしても、魔女一人にかなう事すらありえないだろう。ゆえに、我々にできることは魔女の被害を最小限に防ぐ事であり、魔女自体の捕縛を我々は現実的なものと考えてはいなかった」
「…………」
かつて上司から言われた内容と同じことを父親に口にされ、ウィンディーナは複雑げな表情を浮かべる。
椿もまた、伝え聞いた昨日の諏方とヴェルレインの激闘を振り返る。
二人はほぼ互角の実力でぶつかり合い、その末に引き分けた。だが諏方との戦闘時、ヴェルレインは大量に魔力を失った状態であった。
失った魔力は戦闘用ではなく、あくまで天地逆転魔法を使用するためのもの。彼女の目的は天地逆転魔法を発動させて魔女の宝玉を手に入れる事であり、そのための魔力を彼女が戦闘に使う事はまずありえないとは言えるであろう。
ゆえに諏方と闘った時のヴェルレインは間違いなく、彼女にとっての全力であった。
とはいえ、どのような理屈を並べようとも諏方との決闘において、ヴェルレインは魔力を削られた状態で闘っていたのはまぎれもない事実だ。もし彼女が事前に溜め込んでいた魔力を消費せず、闘いに用いていれば弟は間違いなく敗北したであろう。
諏方ほどの強さを持ってなお、いくつもの奇跡が重なってようやく引き分けられる――それほどまでに、魔女という存在は圧倒的な力を持っているのだ。
「だが此度、先ほども言ったように我々は捜査方針を変える事になった。S級魔法犯罪者――エヴェリア・ヴィラリーヌを除く五人の魔女のうち四人の検挙に、本格的に乗り出すことにしたのだ」
「「――ッ!!」」
椿と阿相部総理は驚きで目を見開かせる。神月は事前に知っているためか、特段反応を見せずに静観していた。
「ほう……境界警察とやらは頑固者の集まりと聞いておったのじゃが、どういった風の吹き回しじゃあのう?」
緊迫した空気の中で、源隆だけは愉快げに不敵な笑みを見せている。
「……はっきりと申し上げると、我々境界警察にとって人間とは保護すべき対象であっても、決して対等な目線で扱う事はなかった。その姿勢を変えてくれたのは七次椿、そしてあなたの弟君である黒澤諏方――あなたたち二人なのです」
「私と諏方が……ですか?」
先ほどまでの見下すような態度とは打って変わり、オンディーヴァは椿に対して敬意の念を見せる。
「あなた方姉弟の活躍によって日傘の魔女の野望は阻止され、また彼女の今後の活動を大きく後退させる事にもなった。……対して、魔女を捕えきれなかったのは我々の不徳のいたすところ。申しようの言葉もない……」
「――っ⁉︎」
オンディーヴァはそう言って椿に向けて頭を下げた。普段の冷徹さからは想像もしなかった長官の姿にイフレイルとウィンディーナも戸惑うも、すぐさま彼に続いて頭を下げる。
「あ、頭を上げてください! ……私と諏方の行動が境界警察に少しでも貢献できたのなら、そのお言葉だけで十分ですので……」
「…………」
オンディーヴァ個人としてどこまで本音が混じっているかはうかがい知れないが、少なくとも境界警察としての真意は言葉通りなのであろう。
三人は顔を上げ、まっすぐに椿たち人間四人を静かに見据える。
「今回の件で、我々はあなた方人間に可能性を見い出した。あなた方の協力があれば、魔女を捕える事も決して叶わぬ願いではないのだと――我々境界警察はそう判断したのだ」
「……それで僕らにも魔女の情報を共有して、人間側の協力を得ようってわけだね?」
相手側を値踏みするような視線で問う総理に、だがオンディーヴァは表情を変えずにうなずく。
「虫のいい話だという事は重々理解している。だが、魔女の問題は決して我々だけに降りかかるものではない――今回の日傘の魔女の襲撃で、人間であるあなた方もそれは十分に承知できたはずだ」
「…………」
両者とも、まるで睨み合うように視線を交わす。人間と魔法使いという線引きはあるとしても、時折軽いノリを見せる阿相部総理と常に冷静なオンディーヴァ長官とでは互いの相性そのものが悪いのかもしれない。
「――つまりおるんじゃな? 日傘の魔女以外の魔女が、この人間界に」
「「ッ……」」
二人の険悪げな空気に割って入ったのは、いつのまにか特別応接室の会議用円卓のイスに座っていた老人であった。
日傘の魔女以外の魔女が人間界にいる――その可能性は椿も総理も薄々勘づいてはいた。それでも翁が言語化したことによって、自然と心がざわついてしまう。
「……所在はつかめていないが、数十年前から日傘の魔女含めた魔女たちの人間界への不法入界を観測している。目的はいずれもレーヴァテインを手に入れる事であろうが、今まで活発的に動いていたのは日傘の魔女一人だけであったため、他の魔女の捜査に難航しているのもまた実情だ」
「だが、連中がいつ行動に出ても迅速に対応できるよう、万全を期すに越した事はない。より速く、より正確な連携を組むための情報共有をと、我が輩とオンディーヴァとで昨夜のうちに協議し、今日の会議と相成ったのだ」
今回の会議を開くにあたって、きっかけとなったのは昨夜の諏方とヴェルレインの決闘であろう。それから一日どころかわずか半日で総理や会長を集めるに至る神月とオンディーヴァの二人の行動力の速さに、椿は改めて驚嘆してしまう。
「……オーケー。境界警察さん側からここまで人間に歩み寄ってくれたんだ。僕としてもできる限りの協力は、喜んでさせてもらおう」
「カカカ、面白い事になってきたのう。表社会と裏社会――両面から魔女をあぶり出すのもまた一興じゃあのう」
内閣総理大臣と青龍会会長はどうやらやる気満々のようだ。
人間と魔法使いの共同による魔女狩り――それが危険な戦いになるとはわかっていても、にじみ出る興奮はいずれも隠せないでいた。
「では、あなた方の了承も得られたところで――五人の魔女の情報をこれより開示する」




