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あたしのパパは高校二年生  作者: 聖場陸
日傘の魔女編
280/322

第49話 永田町裏会議③

「紹介しよう、少佐相当。彼の名はオンディーヴァ・フェルメッテ。境界警察庁長官――つまりは、境界警察のトップに立つ男だ」




 オンディーヴァと呼ばれた白いライン混じりの水色髪の男は自身を紹介した神月に対し何か不服げな視線を送りながらも、諦めたようなため息をつく。


「……ん? 境界警察庁長官……それにフェルメッテ……という事は――」




「――椿お姉さまあああ!!」




 突如、オンディーヴァの隣に立っていたウィンディーナが憧れの椿の姿を確認し、黄色い声を上げる。


 だが――、






「はしゃぐな、ウィンディーナ――厳粛たる場であるぞ」






「あ! ……申し訳ございません、()()


 静かなるオンディーヴァ(父親)啖呵(たんか)に、ウィンディーナ()は声をひそめて目を伏せる。




 ――やはりオンディーヴァは、境界警察人間界支部副支部長であるウィンディーナの父親だった。


 しかし、(いだ)かせる印象はミステリアスながらも実は人懐っこいウィンディーナに対し、父親のオンディーヴァの方は氷のように拒絶的な冷たさを感じさせた。




「そこな男に勝手ながら紹介をされたが改めて――我が名はオンディーヴァ・フィルメッテ。境界警察庁長官を務めさせてもらっている」




 オンディーヴァはこの場にいる人間たちに向けて改めての自己紹介をし、その後視線を目の前の椿へと向ける。


「君が七次椿女史だな? 君の活躍はおおむね聞かされている。昨日(さくじつ)の『日傘の魔女』の天地逆転魔法あまちさかずきのまほうを阻止した件も含めて、改めて感謝の意を述べよう」


 無表情ではあったが言葉通りの感謝の意を示すように、彼は椿に向けて右手を差し出す。


「…………そう言っていただいて光栄です、オンディーヴァ長官」


 椿も右手を差し出し返し、二人は握手を交わす。


 彼の娘であるウィンディーナからは、父はイフレイル以上の人間嫌いであり、冷酷で冷血なイメージを聞かされていたのだが、素直に礼を述べるあたり思っていたよりは人間を友好的に見ているのかもしれな――、




「――ッ⁉︎」




 瞬間――椿は握られたオンディーヴァの手を強引に振りほどき、素早く彼から距離を取る。


「ッ……!」


 差し出した右手のひらには氷の膜のようなものが点々と張り付いており、それらの箇所に針に刺されたような痛みと冷たさが同時に襲う。


「ほう……勘のいい人間だな。我が手が冷却されるよりも速く異変を察知し、即座に手を振りほどいた。なるほど、神月の飼い(いぬ)なだけはあるようだ」


 オンディーヴァの右手はまるで冷却装置のように白い冷たい煙を(まと)っており、その手に触れた事によって椿の手が一部凍結されてしまったのであろう。あと数秒でも触れる時間が長ければ、彼女の手全体が凍りついていたかもしれなかった。


「すまなかったな、試すような真似(まね)をして。君の評判を耳にはしていたが、我は(みずか)らの眼で見たもの以外は信用できない主義でね。勝手ながら、君がこの場に立ち合うに()る存在であるかを確かめさせてもらいたかったのだ」




「父上! お姉さまを傷つけるだなんて、いくら父上でも許さな――」


「――口を挟むな、ウィンディーナ」




 またも冷たい声で一蹴(いっしゅう)され、ウィンディーナは悔しげに父親を睨みつつも、それ以上口を開けなかった。このわずかなやり取りだけで、この父娘の関係性は十分に伝わる。


 そして椿は改めて理解する。ウィンディーナが父親のことをイフレイル以上の人間嫌いだと評していたが、嫌いなどと単純な言葉で括られるレベルではない。


 見開かれた冷たい瞳からは、人間に対する異常なほどの嫌悪が伝わってくる。まるで害虫(ゴキブリ)を見るかのような目で、憎しみではなく人間という存在(カテゴリー)そのものを否定しているのだ。




 ――本当に彼が、魔法使いから人間を守護する境界警察のトップだとでも言うのだろうか――。






「ガハハ! 相変わらず陰気で辛気臭い男よなぁ――我が盟友(とも)よ」






 総理の時と同じく、神月は馴れ馴れしい(フレンドリー)態度(テンション)で、突然にオンディーヴァの肩に腕を回した。


「なっ――」


 人間嫌いである魔法使いに対してのあまりにも軟派(なんぱ)な態度の上官に、椿は手の痛みも忘れて絶句してしまう。




 ――しかし、無感情に思えた男の顔が神月に絡まれた途端、面倒くさげという感情の見えやすい表情へと変わった。




「神月……我を友と呼ぶなといつも言っているであろう?」


「そんな冷たくあしらうな。共に人間と魔法使い同士の平和を誓い合った仲ではないか?」


「異種族同士の共存(バランス)を保つためだけであって、貴様と個人的に馴れ合ったつもりなどない」


「ガハハ、まあそう言うな? 今度またオススメのかき氷屋を教えてやるからよ?」


「ッ……! …………そんなものに釣られると思うなよ」


 腕を振り払うようなこともせずオンディーヴァはため息を吐きつつも、それほどまんざらではなさそうであった。


「っ……」


 先ほどまで自身を試したり、人間を見下すような冷徹な態度を見せていた男の変貌ぶりに、椿はしばらく呆然としてしまう。


「あの二人、仲良さそうでしょ? あの長官さんの気難しさは身をもって体験したと思うけど、そんな彼が唯一気を許してる人間が神月ちゃんなんだよね。お互い、魔法使い絡みの事件やら紛争やらで一緒に戦う事が多かったからねぇ」


「そう……だったんですか……」


 神月は椿の直接の上官にあたる人物ではあったが、寡黙――と思っていた――なる佇まいの彼の内情に踏み入れられた者はほとんどいない。経歴、家族構成など、そのほとんどが謎に包まれた男なのだ。


 ゆえに目の前で豪快な笑い声を上げて肩を組んでいる彼の姿は、椿の中にあった上官のイメージとあまりにも乖離していた。もはや別人とも言える彼の姿に、長年彼のもとで戦ってきた彼女だからこそ戸惑いを拭えられないでいたのだ。


「……工作員として周りへの観察力に秀でている自負がありましたが、改めなければいけないようですね」


「……いーや、君はやっぱり優秀だよ、椿ちゃん。さっきの長官さんの手の異変に気づけたのもそうだけど、自分で言うのもなんだけどこれだけ各界の大物が揃う中で、君の呼吸は不思議なほどに落ち着いている。状況をすぐさま察知する観察眼に、この場において自然体でいられる胆力――これだけで神月ちゃんが君をこの場に連れてくるほど信頼されているのがよくわかるよ」


「っ……」


 神月司令官の新たな一面や、源隆や境界警察の登場と椿はもう何度も驚かされていたが、阿相部総理のおそらくは自身以上の観察力の高さにも改めて驚いた。


 たしかにテレビなどで表に出る総理は常に落ち着きを払って語る言葉は理路整然としており、容姿も年齢以上に若く見え、穏やかな立ち振る舞いも相まって若者を中心に支持を得ている。


 だが、実際の彼は穏やかでありながら常に周囲の動きを鋭く見ており、なおかつ場の空気を自分の思うようにコントロールする狡猾さを潜ませている。


 魑魅魍魎(ちみもうりょう)跋扈(ばっこ)する日本の政界において、わずか五十代の若さでトップに立ったその手腕は伊達ではないという事だろう。






「さて――これで全員が揃ったところで、そろそろ本題へと入ろう」






 オンディーヴァの声に再び冷たさが帯び、阿相部総理や神月によってゆるやかになった空気に一気に緊張が疾る。


 政界のトップ、裏社会のトップ、さらには政府特務機関のトップ――これだけの大物が揃っている中、境界警察のトップたる男は何を語るか。


「まず前提として、我々境界警察は政府特務機関と同盟関係にあるが、了承の上で人間側に開示を禁じている機密情報がいくつかあるのはすでに存じ上げているであろう。これらはあなた方人間と我々魔法使いの境界(りょういき)への必要以上の介入を防ぐための措置であるが、時にあなた方の協力を得るため、協議を経て一部の機密を共有する事も過去にはあった。……今回、我々は一部捜査方針の変更のため、機密情報の一つをあなた方と共有させていただく」


「「「「…………」」」」


 先ほどまで笑顔でいた総理や神月を含めて、全員が真剣な表情へと変わる。


 オンディーヴァは一度彼らを見回した後、ついに本題(機密)へと切り込む。






「五人の魔女――エヴェリア・ヴィラリーヌとヴェルレイン・アンダースカイの二人を除いた残り三人の『魔女』の情報を、あなた方へとお渡しする」

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