第48話 永田町裏会議②
「題して――永田町裏会議。…………あ、これ今僕が付けた名前ね?」
「っ……」
「フフ、いかにも『こいつ、ネーミングセンスねえなあ』って顔してるねえ、七次椿ちゃん?」
「あ! いえ、そんな……」
「ダメだよぉ? 工作員たるもの、常に顔で感情を読ませないでいなくちゃ――なーんて、ちょっと意地悪しすぎちゃったかな?」
「っ……いえ、おっしゃる通りでございます」
飄々としてつかみどころを見せない阿相部総理に、椿はただ頭を下げることしかできなかった。
「真面目ちゃんだねぇ。君はけっこうノリがいい子とも聞いてるし、僕に構わずもう少し自然体でいいんだよ?」
「いえ、総理を前にして、そういうわけには――」
「――ってなるよねぇ。いやはや、総理になると女の子と軽口でお喋りするのも難しくなるから嫌だねえ――ところで、君の方はいつまで仏頂面でいるつもりだい、神月ちゃん?」
総理はその軽いノリを、先ほどから口を閉ざしたままでいる椿の上司の方へと矛先を向ける。
「…………」
神月は総理に声をかけられてもなお表情を崩す事なく、無言のままで立っている。
総理はポーカーフェイスと言うが、椿が目にする神月司令の姿は常に厳格にして荘厳であり、誰に対しても厳しく冷徹な彼は『鬼の司令官』と機関内では呼ばれ、恐れられているのだ。
そんな彼がいくら総理とはいえ――いや、自身の上に直接位置する総理大臣相手だからこそ、その厳しい態度を崩すとは到底思えなかった。
「つれないねえ、これでも一緒に学生時代を過ごした仲じゃない? それとも……君の本来の姿を見せられないほど、そこのお嬢さんは君にとって信頼に値しない部下なのかい?」
「…………」
やはり無言を貫く金髪の軍人――しかし、
「……………………プッ」
少しの沈黙の後、耐えきれずに吹き出したのは寡黙なる軍服の男の方であった。
「ガハハハハッ!! やはり、貴様の前ではキャラが保てなくなるな、阿相部!」
「――は?」
突然の上司の豹変に呆気を取られる椿。部屋中を響かせる豪快な笑い声を上げるその姿は、彼女の知る限りの上司の姿からはあまりにかけ離れていたのだ。
「あ、驚いた? これがコイツの素なの。さっきも言ったけど、コイツとは学生時代からの付き合いでね。今でこそ真面目で厳しい軍人ぶってるみたいだけど、本当は酒癖悪いし声はバカデカいし、そのくせ奥さんには弱いただの金髪ゴリラだから」
「ガハハハ! そう言う貴様は相変わらず会見でも国会でもプライベートでも口が回るな、灰色ギツネめ」
軍人と総理は互いにクククと笑いながら睨み合っている。どちらも国において重要な立場の人間とは思えないほどの近い距離感に、椿は変わらず呆然とするしかなかった。
「おっと、すまない。ついいつものノリが出てしまった。ま、さっきも言った通り君に来てもらったのは、これからここで重要な会議に君も参加してほしいからなんだ」
「永田町裏会議……ですよね? 失礼ながら、なぜ私がそのような会議に?」
「うーん、自分で言っといてなんかダサく感じてきたなぁ。まあそれは置いといて会議の内容を説明してあげたいところだけど、実はまだ人数の方が揃ってないんだ」
「……他にもまだ来られる方がいるのですか?」
すでに内閣総理大臣に政府特務軍の総司令官と大物が揃っており、自身の場違い感に椿は困惑しているのだが、これからさらに誰が来られるというのだろうか。ここが首相官邸の特別応接室というのもあり、それこそ海外の首脳などが入ってきてもおかしくはなかった。
「……っと、噂をすればなんとやらだね」
扉が開く音がし、全員の視線が出入り口の方へと向けられる。
「ッ――⁉︎」
扉の先に立っていた人物に、椿はまたも驚かされる。海外の首脳どころか天皇陛下ですら可能性を考えていた彼女だが、しかしそこに立っていたのはある意味で首相官邸という神聖なる場所において、最も在ってはならない人物であったのだ。
「――カカカ! 久しく顔を見たのう、阿相部のに神月の」
「青龍の……翁……⁉︎」
日本裏社会の重鎮――青龍会会長である蒼龍寺源隆が杖をつきながら、ゆっくりと椿たちのいる会議室の中へ入ってゆく。
「お久しゅうございます、ご老公」
「ご健勝にて何よりです、翁殿」
ヤクザを相手に頭を下げる総理大臣と軍の総司令。国がひっくり返りそうな光景が目の前で繰り広げられ、ついに椿は目まいすら起こしそうになる。
「お、神月の、椿ちゃんも連れよったか。おぬしとも会うのは久しゅうなるのう」
国のトップクラスの人物二人を横に軽い口調で挨拶するヤクザの会長に椿はいろいろな思いを諦観し、同じように老人に向けて頭を下げる。
「……ええ、久しぶりにお会いできて光栄です、ご老公。それにしても驚きましたよ。まさか、政府とヤクザがこうして繋がっていたとは……」
「おや? これは弱みを握られちゃったかな?」
言葉のわりに特段焦るような様子は見せず、まるでイタズラがバレた子供のように総理は舌を出しながらテヘッと笑っていた。
「そうですね……有事があった際には、切り札として使わせていただきましょう」
負けじと椿も不敵な笑みを総理に返す。政府軍所属ながらあくまで工作員であるため、政府のトップである総理大臣と面と向かうのは彼女もこれが初めてではあったが、総理のしたたかさはこの数分で十分に把握ができた。五十代という比較的若めの年齢で総理のイスに座れたのも納得ができよう。
「いいねえ、その返しは好きだよ、僕。いい部下を持ったねー、神月ちゃん」
「ガハハ! いやはや、翁殿の登場で動揺しているようでは未熟もまだ未熟よ。……七次少佐相当、たしかに翁殿は貴様の知る限りでは、日本裏社会の王がせいぜいだろう。だがな……この方は青龍会の会長であると同時に、日本政財界のあらゆる決定権を担う調停者でもあられるのだよ」
「なっ――⁉︎ 日本の政財界に……ヤクザが……⁉︎」
「もう一つ、付け足すというにはあまりにも大きな情報ではあるが――日本の総資産の一割は、この方一人が握られておるのだよ」
「ッ――――⁉︎」
たしかに極道界に限らず、日本の裏社会を統制するこの老人はただのヤクザではない事ぐらいは察していた。だが、裏社会どころか政財界に席を置き、総資産の一割をもこの老人一人が握っているという事実に、椿は驚きを通り越して戦慄すら感じる。
「……いいんですか、神月司令官? 部下とはいえ、本来なら部外者であろう私に最重要級機密であろう情報をあっさりと漏らしてしまって」
「……ククク、ガハハハッ! なに、こう見えても我輩は貴様に重き信頼を置いているのだよ、少佐相当。……それに、君の家族や弟君がこの国に住んでいる以上、万が一の事も起きる心配はあるまい?」
「っ……ええ、ごもっとも」
さわやかな笑顔を見せるが、神月の瞳は一切笑っていない。
「それに、部外者などと自分を卑下する事もあるまい。『魔法使い』の存在を知った時点で、君はこちら側になったのだよ」
「…………」
わずか数分の間にこの国の裏側を見せられ、その情報量の多さに頭を抱えそうになりながらも、椿は毅然とした姿勢は崩さなかった。
「カカ、さすがは出世が難しいとされる工作員ながら、少佐同等権限にまで登りつめた女じゃ。この場所の重圧によう耐えとるのう」
「……お褒めの言葉と取っておきます、翁殿。――それで、翁殿なのでしょうか、総理や司令官をこの場に召集したのは?」
内閣総理に政府直属の軍の総司令を一ヶ所同時刻に呼ぶともなれば、政財界のフィクサーほどの地位にいる目の前の老人でもなければまず不可能であろう。
しかし――、
「――いや、ワシも呼ばれた側じゃあのう」
――裏社会の王である源隆ですら、この場に呼び出された側であったのだ。
「そんな……それじゃあいったい誰が司令官たちをここに呼び出したというのです――」
「――フム。どうやら、待たせてしまったようだな」
声がする――聞くだけで、背筋が凍ってしまいそうなほどの冷たい声。
声がしたのは外からではない。四人しかいないはずの部屋の中で、突如として五人目の声が聞こえたのだ。
少しして、応接室の中央の空間に水の波紋のような広がり、人ひとりが通れる程度の大きさの孔が開く。そして、三人の男女がゆっくりと孔からこの部屋へと入ってきたのだ。
「境界……警察……⁉︎」
現れたのは、装飾の入った青いローブを纏う三人の魔法使い。その内左右両側に立っていたのはイフレイル・レッドヴェランにウィンディーナ・フェルメッテと椿もよく知る二人であった。
「ガハハ! まったく、待たせた自覚があるならもう少し申し訳なさげな顔をしてくれたまえ――オンディーヴァ長官殿?」
オンディーヴァと呼ばれた男――真ん中に立つ水色に白いラインの入った髪の男は、切れ長の瞳でイラだたしげに神月司令を睨む。
「紹介しよう、少佐相当。彼の名はオンディーヴァ・フェルメッテ。境界警察庁長官――つまりは、境界警察のトップに立つ男だ」