第47話 永田町裏会議①
――六月十六日、某時刻――
「総理! 桑扶市、城山市の両市にて多発した局所地震について、政府は今後どのように対策していくつもりですか⁉︎」
「総理! 局所地震について、二十三年前に同様の現象が同所にて発生しておりましたが、地層などのなんらかの関連性があるのでしょうか⁉︎」
「総理! 今回の局所地震は人工地震によるものという噂もネットで流れておりますが、真相はいかがなのでしょうか⁉︎」
東京都千代田区永田町にある首相官邸記者会見室――大勢の記者と大量のカメラがたかれるフラッシュを前にして、スーツを纏った灰色髪の中年男性が壇上へと静かに登壇する。彼は怒鳴り声も混じるマスコミたちの勢いが落ち着くのをしばし待ち、ある程度声が静まったところでようやく壇上の中心に置かれた演台のマイクに口元を寄せた。
「昨日数度に渡って発生した桑扶市、城山市の両市での局所地震についてですが、二十三年前に同所にて発生した局所地震と同様、山岳地帯を付近とする両市の特異な地層が原因ではないかと専門家による調査報告が上がっています。政府といたしましてはよりくわしい原因の究明と対策の立案のため、来年度を目処とした両市長との連携の上での桑扶市、城山市、および周辺一帯のさらなる地盤調査を――」
◯
会見が終わり、記者会見室をあとにした中年男性は細身のメガネをかけた女性と黒服にサングラスをかけた屈強な二人の男性と共に、早足で首相官邸内を奥へと進んで行く。
「ハァ……理路整然と説明したところで、またマスコミたちは僕の支持率を下げる方向で記事を悪いように書くんだろうなぁ……ハァ、もう総理辞めたい」
「冗談でもそのようなことはおっしゃらないでください、阿相部総理。同じ党内でも総理の寝首をかこうとする議員は多いのですから、下手な発言がいつマスコミにたれ流しされるかわかりませんよ」
日本政府のトップである内閣総理大臣――その秘書官を務めるメガネの女性は、ため息をこぼす現総理を厳しい言葉で叱咤する。
「では総理、改めて本日のスケジュールですが、この後防衛大臣との会食、その後――」
「――あ、ゴメン。夕方までのスケジュール、バッサリカットでお願いできる?」
あっけらかんと、またもとんでもない発言を口にする総理に、秘書官は唖然としながらしばしその場で足を止めてしまう。
「なっ……今日は国会がないとはいえ、会食含めて夕方までのスケジュールはみっちり詰まってるんですよ⁉︎ 下手すれば、他の党の議員たちに付け込まれる材料にされかねません!」
「そこを上手く取りなしてほしいのだよ。なーに、君の優秀さを信頼してるからこそ任せるのさ、秘書官ちゃん」
彼女への信頼を語るもペロッと舌を出したいたずらっ子のような表情で無茶振りをする総理に、当の秘書官はただ呆然としてしまう。先ほどの記者会見で見せた厳格な雰囲気を纏った男性と同一人物とは思えないほどのノリの軽さに、二人の黒服の男性もただ戸惑うしかなかった。
「――というわけであとはよろしくねー、秘書官ちゃん。あ、ボディガードの二人も、ついてこなくていいからね?」
「――ッ⁉︎ し、しかし……って、はや⁉︎」
黒服の片方が引き止めようとしたところで、総理は軽やかなステップでしかし驚くほど早い速度で彼らの前を立ち去ろうとする。
「そ、総理! 立場上のリスクを冒してまで、いったい何をなさるおつもりですか⁉︎」
大声で秘書にそう問われ、総理は一度足を止めて彼女たちへと人差しを指を口元に当てながら振り返る。
「――昔馴染みとの秘密の会議」
◯
秘書官やボディガードたちを撒いた阿相部総理は、首相官邸をそのまま四階へと上がり、その奥にある扉の前へと立つ。
首相官邸特別応接室――首脳会談など少人数による特別な会議などで使用されるこの部屋は、両横に並べられた椅子と中央で対面になるよう置かれた二つの椅子、光天井に照らされた内装は暖かさの中に胸を締め付けるような厳格さも感じさせる一室であった。
その中を総理はまるで親しい知人に会いに行くかのように一人鼻歌を歌いながら進み、中央の椅子のさらに奥の壁にまで近づく。壁は仕切り壁となっており、中央の仕切りから両側へとゆっくり開いてゆく。
壁の向こうはもう一つの会議室となっており、中央に円形のテーブルが鎮座している。総理ですら普段入る事のないこの特別な部屋は手前の応接室と比べて簡素な作りではあるが、より厳粛な空気漂う聖域そのものであった。
そして会議室にはすでに、先客が二人ほど椅子に座らず壁際に立っていた。
「やあ、遅くなって申し訳ない。総理たるもの、なかなか一人っきりになるのも至難でねぇ」
「いえ、むしろ総理の貴重な時間を割いていただいた事に、感謝の念を辞せません」
二人の先客は男女――その内の男性の方が低く渋い声で、丁寧に総理に向けてお辞儀をする。二メートルを越えているであろう巨体に剃り上がった短めの金髪、いかつい顔つきをして軍服を着込んだ、まさに軍人然とした威風の男であった。
「いやー、この後の会食とか正直面倒だったし、防衛大臣のおじちゃん嫌いだしでボイコットの建前ができたのは願ったり叶ったりだよ」
「……今の問題発言は聞かなかった事にしましょう。何より、防衛大臣は形式上は我々の上司でもありますゆえ」
「たははー、手厳しいねぇ。形式上とはいっても、君たちの存在は国の中でも最重要国家機密。防衛省ですらほとんど触れることはできないんだから、あんまり気負いしすぎなくてもいいじゃない? ――で、そこのお嬢さんが、例の君の部下という事でいいのかな?」
総理の視線の先に立つレザージャケットを着込んだポニーテールの女性――彼女は緊張と気まずさが入り混じった複雑げな表情で、一歩前へと出る。
「政府特務機関所属、七次椿です。このたびは、私の身勝手な行動によって総理、および政府に多大なる迷惑をおかけした事をお詫び申し上げます」
総理を前に大きく頭を下げる椿。普段の余裕ある態度の彼女はそこになく、ただ真摯に謝罪の念を言葉に込める。
「ハハハ、まあ君のおかげで昨晩から発電所への対応やら後処理やら方々への説明やらで、寝ずに駆け回らさせてもらってるよ」
「……お言葉もございません」
椿の謝罪は昨夜、ヴェルレインの『天地逆転魔法』を止めるために独断で行った発電所の送電を一時的に停止した件についてだった。
たった数秒とはいえ、二つの市に予期せぬ停電が起こったのだ。一般市民にも影響が出る案件な以上、いくら工作員である椿であってもその後処理は一人で抱えきれるものではなく、そのしわ寄せは現場となった二つの市の市議会、およびその延長上にいる内閣にまで及んだのであった。
「あー……言い方が悪くなってしまったね。別に君を責めてるわけじゃないんだ。たしかに君の行動はいささか強引ではあっただろうけど、その行動が二つの町とそこに住む人々を魔法使いの脅威から救ったんだ。国の代表としてお礼を言わなければならないし、事後処理だって喜んで引き受けるさ」
ニカっと笑いながら椿の肩を叩く総理。そしてさも当然のように『魔法使い』の存在を彼が言及したのを、椿は聞き逃さなかった。
とはいえ、彼女が所属する政府特務機関が境界警察と繋がりを持っているのだ。ならば機関が従属する日本政府――そのトップに立つ内閣総理大臣が魔法使いの存在を認知しているのは自然な事とも言えよう。
「その……阿相部総理、失礼ながら私は今回の件について謝罪のつもりで来たのですが……」
今朝突然上司である神月から呼び出された椿は総理と面会させると彼に聞かされて、停電の件について直接謝罪させられるのだとばかり思っていたのだが、首相官邸のそれも本来他国の首脳レベルでなければ入れない特別応接室に通された事で、目的がそれだけでない事は薄々勘づいてはいた。
「あら? 彼から聞かされてないのね。困るなぁ、そのモードでいるからって説明役を僕に任せようとするの」
「…………」
「……っ?」
総理が神月にかけた言葉の真意がわからずに首をひねる中、総理はコホンと一つ咳払いして視線を椿へと再度向ける。
「まだ人数は揃ってないから始められないけど、今からするのは外に絶対漏らすことのできない特別な人たちだけの特別な会議……」
総理は指先を口元に近づけて、この会議の題目を告げる。
「題して――永田町裏会議。…………あ、これ今僕が付けた名前ね?」




