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あたしのパパは高校二年生  作者: 聖場陸
日傘の魔女編
276/323

第45話 漁夫の利

「――あなたの勝ちよ、黒澤諏方」




 その一言をもって、死闘の決着はついた。




「……いいのかよ? そんなあっさり自分の敗けを認めやがって」


「事実としての結果を言葉にしただけよ。先の殴り合いの方では私の方が一歩あなたに劣り、そして次戦で私のバースト魔法をあなたは拳一つで相殺した。この一戦を引き分けと断じるにせよ、結局はただの一度として私はあなたに勝てなかった」


「…………」


 ヴェルレインが勝利を認めてくれた事に対し諏方は嬉しく思いつつも、どこか言いようのないもどかしさを感じていた。


「……そこで無言になるという事は、素直に喜んでいなさそうね?」


「あ! いや、俺は……」


「……誇りなさい、黒澤諏方。あなたは人間で初めて、魔女に打ち勝つことができたのだから。――それにね、私も不思議な気分なのよ」


「え?」


 諏方視点からではヴェルレインの表情は見えない。それでも声色(こわいろ)から、敗北したはずの彼女が微笑んでいるように彼には思えたのだ。


「私もけっこうな負けず嫌いだからこの結末には(はらわた)が煮えくり返ってるはずだし、私の夢を阻止した連中への憎しみもまだ消えてないはずなのに……でもなぜか、今は清々(すがすが)しくも感じているのよ」


「……ヴェルレイン、お前は――」






「――――パパッ!!」






 諏方の元に、必死の表情で(しろがね)が駆け寄った。


「大丈夫……なわけないか。身体の方は起こせそう?」


「……いや、しばらくは全然動けそうにねえや」


「でしょうね……でも、倒れたままだと息もしづらいだろうし、ちょっと痛いかもだけど我慢して」


 そう言って白鐘は正座のように膝を二つ折りに曲げると、諏方の頭だけを慎重に起こして、膝の上にそっと乗せる。


「白鐘……」


「まったく……闘ってもいいとは言ったけれど、ほんと無茶ばっかりするんだから……」


 ムスッとした表情ながらも、父の汗ばんだ額に引っ付いた髪を整える娘の手は優しかった。


「うおおい⁉︎ なんだか恥ずかしいぞ、白鐘……?」


「うっさい。これは無茶ばっかりするお父さんへの罰なので、黙って受け入れなさい」


 父娘ともに恥ずかしそうに顔を赤らめながらも、激闘の後とは思えないほどに二人は普段通り(おだやか)な会話を交わす。






「……………………ああ、そうか」






 諏方と白鐘の会話を聞きながら、ヴェルレインはなぜ自身が敗北したのにも関わらず、清々しい気分でいられたのか、その感情の正体を知る。


 諏方は最後の最後で個人のためではなく、家族のため――いや、白鐘という一人の娘のために闘ったのだ。


 大切な者への想いを乗せて闘う――最終局面においてヴェルレインもまた、その想い()のために闘うのは一緒であった。


 二人の絆の深さは、彼らを長く観察していたヴェルレインも十分に理解している。


 ゆえに嬉しかったのだ。彼の娘への想いを相手に、自身の父への想いは引き分けた(敗けなかった)のだから――。




「――黒澤白鐘」


「――え? あたし?」




 ふいにヴェルレインから名指しで呼ばれ、白鐘はビクッとしながらもすぐさま警戒の視線を彼女へ向ける。




「親に守られるのは子の義務ではあるけれど、父親の無茶さを少しでも抑えたいのなら――あなたも強くなりなさい」




「「――っ!」」


 ヴェルレインの言葉に、諏方も白鐘も驚きで目を見開く。彼女の言葉の意図は測りかねるが、およそ邪悪であった魔女の口から発したとは思えないぐらい、その内容は真っ当であった。


「……そばにいるのが当たり前な人が突然いなくなるのって、けっこう(こた)えるわよ」


 自嘲気味に笑いながらそう口にするヴェルレインの表情には、わずかに切なげな憂いも見えた。


「っ……」


 白鐘は複雑げにヴェルレインを見つめるもかける言葉が見当たらず、何も言えないでいた。


「ヴェルレイン……テメェ、たしかさっき父がどうとかって――」






「一戦を終えて余韻(ピロートーク)に興じているところ悪いが、邪魔をさせてもらおう」






 わずか一瞬で、イフレイルとウィンディーナを含めた数人の境界警察が倒れたままのヴェルレイン(魔女)を取り囲み、彼女に向けて手をかざしていた。


「漁夫の利を得るような形になって大変心苦しくは思っているのだが――ヴェルレイン・アンダースカイ、数十の魔法使い殺害の件、および複数の容疑で貴様を拘束させてもらおう」


 一ミリも心苦しくなさそうな抑揚でヴェルレインの罪状を告げるイフレイル。そんな彼を呆れ気味に、魔女はため息をつきつつ見上げる。


「情緒も何もないわね、イフレイル総支部長さん。あなた、周りからよく空気読めないって言われない?」


「言いますよ、おもに私が」


「余計な口を挟むな、ウィンディーナ! ……コホン。ヴェルレイン、魔女である貴様は魔導に生きる我々魔法使いにとって崇敬し、讃えるべき存在である事に間違いはない。貴様の父親についても、我々(境界警察)にも思うところがないわけではない」


「…………」


「だとしても、貴様の犯した罪は許されるものではない。貴様は幾人(いくにん)もの魔法使いを手にかけ、さらには人間界の法則すら乱れさせる大罪を犯そうとした。魔女――いや、S級魔法犯罪者、ヴェルレイン・アンダースカイ。貴様の野望(ゆめ)も、ここまでだ」


 イフレイルはウィンディーナに目配せすると、彼女のかざした手から二つの光る輪っかが出現した。


魔法錠(まほうじょう)をかけさせていただきます。たとえ魔女であっても、これを手首にかけられてる限りは魔力が封じられます」


「『万学(ばんがく)の魔女』と境界警察が共同で開発した最高(クラス)の魔道具……ホント、あのお婆さまも厄介な物を造りだしてくれたものね」


 二つの輪っかの間を光の鎖が繋がり、それを魔女の手にかけようとしゃがんだところで――ふいにウィンディーナの手が止まる。


「っ……?」


 なぜかという理屈は出せない。だが、動けなくなったはずの彼女に対し、ウィンディーナは妙な違和感を感じたのだ。




「…………フフ、フフフフフフフフフフフフ」




 ゾッとするほどに不気味な(わら)い声を上げる魔女――。


「……何がおかしい、ヴェルレイン・アンダースカイ?」


 イフレイルもまた、不気味に嗤うヴェルレインに違和感を抱きつつ、つとめて冷静な声で彼女を問いただした。


「……フフ、気に障ったのならごめんなさいね? でも、どうしたって嗤いが止まらないのよ。だって――」


 ――突如、魔女の口の端が耳元まで裂け、歪な(ワラ)(ガオ)を見せる。






「――たかが身動きが取れない程度の事で、魔女を捕らえた気になっているあなたたちの真剣な様子があまりにも滑稽(オモシロイ)のだものッ!!」






「――ッ! 貴様、まさか⁉︎」


 何かに気づいたイフレイルはかざしていた手のひらから魔力を放ち、ヴェルレインの身体に紅い紋様(もんよう)が刻まれる。


 数瞬後、紅い紋様は強い輝きを放ち、ヴェルレインの身体が爆弾のように爆発した。


「うおっ⁉︎ 何やってるんですか、総支部長⁉︎ 相手が魔女だからって、動けない魔法使いに爆炎魔法なんていくらなんでもやりすぎ――」


「たわけ……よく見てみろ?」


 目の前の突然の出来事にあわてる部下を(いさ)め、視線の先にある爆発の跡を見るようにうながす。


 爆発で発生した煙が薄まってゆくと、身体を爆破されたはずのヴェルレインの姿が消えていたのだ。


「総支部長……これは……?」


「やられた……変わり身の魔法だ。魔力で自身の擬似肉体を生成し、相手の攻撃を避ける回避魔法の一種。おそらく、先ほどのバースト魔法の爆発にまぎれて、自身の変わり身の分身を作っていたのだろう……!」


「え⁉︎ じゃあ、本物のヴェルレイン・アンダースカイはどこに⁉︎」






「――こっちよ、阿呆顔(あほうづら)の皆様」






 声がするは上空から――。地上にいる全員が空を見上げると、日傘を差しながら見えないイスに腰を預けるような姿勢で魔女がフワリと空中に浮かんでいたのだった。

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