第43話 決戦〜諏方VSヴェルレイン〜⑫
『生きろ、黒澤諏方――そして、碧を頼んだ』
蒼龍寺葵司――今でも俺の中に深く刻まれた漢の名前。
いつか決闘しようと約束し、それは互いに望まない歪で果たされ、決着がつく事なくこの世から去ってしまった。
未だに残る悔恨――結局俺は、それを胸に抱いたままアイツと同じ結末を辿るのか…………。
――――
『諏方くん……白鐘を…………守ってあげてね……』
黒澤碧――今でも俺の中に深く刻まれた妻の名前。
最初に出会ったのはあの霊園――月明かりの下で笑う青髪の彼女はとても綺麗で……。
意識はしなかったが、最期の彼女の笑顔もきっと同じように笑っていたのだろう。
そうか――ここで死ぬって事は、碧との約束は結局果たされずに終わっちまうって事なのか……。
――――
『――そのかわり、お父さんも約束して。お父さんも――あたしのそばから離れないって……!』
――最期に頭に浮かんだのは、桜の樹の下で娘と交わした約束の言葉――。
その後俺、白鐘になんて言ったんだっけな……?
……………………
思い出せねえ…………。
思い出せねえまま、俺は死んじまうのか…………?
……………………
ふと、手に何かが触れるような感触がした――――。
同時に――――、
――――小さな鐘の鳴るような音が聞こえた――――。
……………………
そういや、今日は娘の誕生日だったっけな――――。
あの子に渡そうと思ってた誕生日プレゼント、結局渡しそこねちまった――――。
……………………
……………………
……………………
…………そうだ……………………思い出した。
…………俺が、桜の木の下で約束した言葉。
『……ああ、約束する。お前のことは何があったって守りぬくし、絶対にお前のそばから離れねえ……!』
――――ああ、そうか、
――――俺にはまだ、
――――――――死ねねえ理由があるじゃねえか。
◯
「…………なっ⁉︎」
眼前の光景に、ヴェルレインは思わず目を見開いてしまう。
希望が消えかけていたはずの諏方の瞳に光が灯り、バースト魔法を打ち留めている拳を維持したまま、地に着けていた膝をゆっくりと立ち上がらせたのだ。
「バカな……あの男の気はもう尽きかけていたはず……⁉︎ どこにまだ立ち上がるほどの余力が残って――いや、違う……これは……」
ヴェルレインはバースト魔法の放出を続けながらも、目を細めて目の前の少年に起こった状態を冷静に見極める。
「気が増幅したんじゃない……霧散しかけていた気が再び腕を纏ったんだ……! しかもさっきよりも、安定した流れを維持している……この短時間に、折れかけた精神を安定させる何かがあったとでも言うの……⁉︎」
睨みつけるような瞳で諏方を見つめるヴェルレイン。一方の彼は立ち上がった身体をゆっくりとだが、彼女へと向けて前進する。
「認めてやるよ、ヴェルレイン……テメェとの完全な一対一じゃ、どうやら俺の方が一歩及ばなかったらしい……だけどよ、やっぱり切り離して考えられねーわ、俺」
「……っ? 何を言って――」
「――どうあっても死ぬわけにはいかねえんだよ。俺には――」
諏方の視線がチラッと、ヴェルレインの後方で自身をまっすぐに見守ってくれている少女の姿を映す。
「――俺には、守りたい娘がいるんだよ」
腕どころかもはや全身が麻痺したのではと思えてしまうほど身体の感覚は消えていたが、それでも諏方は拳を突き出し、地を踏みしめ、不敵に笑う。
「……ッ! 黒澤白鐘か……!」
ヴェルレインも目線だけを背後の方へやり、両手を握って父の闘いを見守っているであろう少女の姿を捉える。
予想していた通りだった――黒澤諏方は誰かのために闘うことで、通常とは違う力を発揮させることができるのだ。
「わりぃな、ヴェルレイン……一対一になるためにわざわざ立ち位置まで変えてくれたってのによ。でもよ……今の俺は自分の家族全部を引っくるめての俺なんだ……だから、この最後の闘いは俺の命と俺の大切な家族を守りきるために、テメェに勝つッ!!」
残った力全てを右腕へと集中させる。感覚のなくなったはずの右腕が灼けるように熱い。
変わらずゆっくりではあるが、諏方の腕は徐々に魔女のバースト魔法を押し返していく。
黒澤諏方は認めた――個人の力であれば、彼はヴェルレインに勝てなかったのだと。
それは同時に、誰かへの想いを乗せた力ならば――自分以外の命を背負ったうえでの力ならば、孤独で闘う魔女にも勝てるのだと。
「……くっ!」
歯噛みするヴェルレイン。しかし、それは焦りから生じたものではなく、明確な怒りが表へとあらわれたのだ。
「ッ……ふざけるなよ、黒澤諏方ッ! 家族のために戦っているのが、貴様一人だけと思うな!」
「っ――!」
ヴェルレインはバースト魔法の放出を続けつつ、自らの想いを吐露する。
「貴様たちから見れば、私は間違いなく大悪党さ。だが、私は自分の大切な家族を――父を救うためならば、どんな非道な手段も躊躇わずに実行する。父のためなら、私は喜んで大罪人にもなろう。その覚悟があるからこそ――私は、歩みを止めるわけにはいかないのよッ!」
「っ……」
ヴェルレインが魔女の宝玉を求める理由を語ったその場にいなかったため、諏方は彼女の父についてよくは知らない。
だが、彼女の行いがたとえどれほどの悪であろうとも、多くのものを背負い、信念の元に彼女が戦ってきたという事だけは理解できた。
もちろん、それで彼女のやってきたことが許されるわけではない。だが、今の諏方にとってそれは重要な事ではなかった。
たとえ相手の信念が尊いものであろうとも、卑しいものであろうとも――それがここで自分が敗けていい理由にはならないッ!
「「ウォォォォオオオオッッッッ――――!!!」」
互いに残された力を振りしぼり、より激しくぶつかり合う。
――二人にとっての勝利への執念は家族を想う信念へと変わり、勝つための決闘は敗けないための決闘となった――。
「くっ……!」
「ぐっ……!」
互いの腕にさらなる亀裂が入り、血がより勢いよく噴き出る。ヴェルレインはもちろん、感覚が麻痺していたはずの諏方ですら強烈な痛みが疾り、刹那の間に何度も気を失いそうになった。
――それでも、二人は倒れない。先に倒れた方が相手の信念に屈したという結果になってしまう。
それだけは――それだけは今の二人にとって絶対にあってはならない結末であった。
「「ウォォォォオオオオオオオオオオオオッッッッッッッッ――――――!!!!!」」
もはや喉が張り裂かんばかりの二人の雄叫びは、バースト魔法が発する轟音の中でなお耳をつんざくほどの声量を響かせた――。
張り上げた声とともに、最後の力が注がれたのであろう。両者の中心で火花を散らすバースト魔法の勢いはより強まり、目にした者の瞳を灼き焦がしかねないほどの熱量と閃光が放たれる。
「ヴェルレイン……アンダースカァアイッッッッ――――!!」
「黒澤……諏方ぁあッッッッ――!!」
やがて閃光に包まれる世界の中で、不良と魔女の雄叫びだけが、より一層強く響き渡ったのであった。
――――
「…………まずい……貴様ら! 結界の出力を最大にまで引き上げろッ!!」
イフレイルは目を見開き、滅多に出す事のない大声を響かせて、部下たちに一斉に指示を出す。
「あの魔力の荒ぶり……おそらく、魔女のバースト魔法が臨界点を迎える……! 総員、衝撃に備えろッ!」
瞬間――閃光またたく。
真っ白な光は周囲を包み込み、一瞬の無音状態になる。
少し遅れて――、
二人の決闘者の雄叫びに呼応するように、最大クラスの防風と大地の振動が同時に起こった――。




