第42話 決戦〜諏方VSヴェルレイン〜⑪
「くっ……結界の強度を強めろ! オレたちの方が保たなくなるぞッ!」
諏方とヴェルレインの決闘の激化に伴い、境界警察たちも結界魔法の強化に神経を注ぐ。わずかにでもヒビが入れば、結界はあっという間に霧散してしまうであろう。そうなれば、決闘を見守るだけの彼らにもバースト魔法の余波に被害が及んでしまう。
「……複数の境界警察のメンバーで構成した結果を、触れずとも破壊さんばかりの高圧の魔力……それを気で纏ってるとはいえ、拳一つで受け止めるとは……なるほど、貴様のような常識外でなければ、魔女には相対できぬという事か……!」
――――
「おいおい、今日はなんなんだよ⁉︎ さっきから何度も地震ばっか起きてるし、天変地異の前触れか⁉︎」
「なんか狭間山の方が光ってるな? 見に行きてーけどなんか、山に入っちゃいけねえよーな気がすんだよなー」
「こういう時って自衛隊とかが派遣されてくんじゃねえの? 何やってんだよ、政府は⁉︎」
「祟りじゃ……狭間山の神様の祟りじゃ……!」
山の周囲にいる者たちや町の住人たちも、狭間山で起きている異常事態に混乱していた。
ヴェルレインが展開していた人払いの結界はまだその効力を残していたためか、幸いにも山へ入ろうとする人間はいなかったが、爆発的な轟音と地震と錯覚してしまうほどの山の振動。そして山中の丘で輝く紫色の光はあまりにも激しく、見上げた者たちの心をざわつかせた。
――彼らは知らない。
――名もない英雄たちの活躍、細い糸をたぐり寄せるような奇跡によって、この町の住人たちの多くが救われた事を。
――そして今も一人、巨悪に立ち向かう不良が闘っている事を。
――――
この闘いを長く見守ってきた観戦者たちも、何が起きているのかを知らない山の周辺の一般人たちも、それぞれ異なる心境で紫色の閃光を見つめていた。
――だが、そんな事は当の本人たちには関係ない。
「ハアアアアアッッッッ――!!」
「アアアアアアッッッッ――!!」
――もはや諏方とヴェルレインの二人は、お互いのこと以外何も見えていない。
ヴェルレインの魔力が尽きるまで諏方がバースト魔法を耐え抜くか、諏方の気が限界を迎えてヴェルレインのバースト魔法に塵とされるか――これが二人にとっての最後のぶつかり合いとなる。
「ぐっ……くぅううう……!」
「くっ……ぅぅううう……!」
せめぎ合いは続きながら、互いの表情に苦悶が浮かぶ。『気』も『魔力』もまだ残ってはいるものの、身体を支えるための要である『体力』はとうに限界を越えているのだ。
二人はすでに一時間以上の殴り合いを経ている。ほとんど休む間もなく拳を振り続けたことによるスタミナの消費はもちろん、肉体に蓄積していたダメージは時間とともに彼らの体力をさらに減らしていく。本来ならば身体を少しでも休ませるために、意識が強制的に遮断されてもおかしくはないのだ。
――では、何が彼らの身体を未だ支え続けるのか。
「ぐっ……ウォォオオオオッッッッ――!!!」
「くっ……ハァァアアアアッッッッ――!!!」
――執念であった。この闘いの勝利への執念だけが、死に体同然の二人の身体をかろうじて支えていたのだ。
ヴェルレインがバースト魔法を放って一分ほどが経過した。
時間にして一分ではあったが、もうすでに何時間もこの状態が続いてるかのように諏方もヴェルレインも、そして闘いを見守る者たちすらもそう錯覚してしまうほどに、二人のぶつかり合いはあまりにも濃密であったのだ。
「…………ぐっ……」
バースト魔法を堰き止めている諏方の腕に、熱による痛みなどは感じられていなかった。おそらくは痛覚がすでに壊死しているのであろう。骨もまだ形は保っているが所々ひび割れているのはなんとなくわかり、いつバラバラに砕け散ってもおかしくはなかった。
息も激しく乱れ始めている。腕の気が霧散しないよう集中は解いていないが、息が切れて腕の気が乱れ散るか、気の総量が限界を迎えて倒れるか――どちらにしろ、もはや時間の問題であった。
「……どうやら、あなたの方が先に限界を迎えそうね?」
「…………へへ、それはどうかな……?」
諏方が弱まっているのは対峙するヴェルレインにも気づかれたようで、それでもなんとか彼は気を維持しつつ、強がりの笑みを浮かべる。
「……減らず口を叩く余裕はまだあるみたいだけど、王手まであと一手といったところかしら? それじゃあ――」
不敵に笑うヴェルレイン――それはまるで、勝利を確信したかのような笑みで――、
「詰めへと――入りましょう」
そう口にした直後――バースト魔法の出力がさらに上がり、放たれる砲撃はより強大で激しいものになってゆく。
「テッメ……! まだ魔力を温存してやがったのか……⁉︎」
「相手の力量を見極めた結果よ。気の流れを安定させるためには集中力を要する。なら、互角という希望を見せたうえで、詰めで相手の希望を折って、集中力を乱れさせる。……どうやら、効果は覿面みたいね?」
「くっ……」
諏方はさらに威力を上げたバースト魔法に押され、右腕とともに突き出していた右脚が一歩後ずさりし、そのまま膝を地面に着かせてしまう。
「人質を取るという卑怯な手は使わないであげたけど、なんの戦略も立てないとは言ってないでしょ? ……純粋な気と魔力のぶつかり合いでも私が勝てたでしょうけど、あなた相手だと何があるかわからないもの。なら――より確実な方法で、私はあなたを潰す……!」
「っ…………」
勢いを増すバースト魔法は諏方の身体を地にエグり込ませながらさらに後退させ、徐々に二人の間合いが引き離されていく。
「……あなたは頑張ったわ、黒澤諏方。人の身で魔女を相手に、ここまでほぼ互角の闘いができたのですもの。でも――あなたの青春はここで終わり。さようなら。あなたとの闘い、久しぶりに楽しかったわ」
「っ……………………」
バースト魔法を受け止めている拳から血が噴き出していく。
いくら気を纏っていても、これほどのエネルギーを当てられれば拳も無傷では済まない。纏っていた気も少しずつほどかれていき、霧散するのも間もなくといったところだろう。
「……へへ、悔しいな。世界には俺の知らねえつえー奴がまだ多いってのに、こんなところで終わっちまうなんてな……」
――――
――お前も、死ぬ前は今の俺とおんなじ気持ちだったんかなぁ……。
――死ぬ覚悟はできていても、それでもまだ生きていたいんだって、ホントはそう思ってたんじゃねえかな?
――どうだったんだろうなぁ。
――なあ、
――葵司。
――諏方の頭に浮かんだのは、死ぬ直前の蒼龍寺葵司の背中。
崩れゆく瓦礫の中、いつもの仏頂面で、気を失った碧を抱きかかえていたオレにアイツはたしかこう言ったんだっけな。
『生きろ、黒澤諏方――そして、碧を頼んだ』
――――
――頭に浮かんだのは、亡くなる直前の碧の笑顔。
精一杯の声量で泣いている生まれたばかりの白鐘を抱きかかえていた俺に、出産を終えたばかりの彼女は体力のほとんどを失ってつらそうにしていたのに、それでも汗だくの顔に笑みを浮かべて、たしかこう言ったんだよな。
『諏方くん……白鐘を…………守ってあげてね……』
――――
白鐘――、
そうだ――――、
俺は――――――、
『パパ!』
『お父さん!』
『お父さん……』
『――そのかわり、お父さんも約束して。お父さんも――あたしのそばから離れないって……!』
――最期に頭に浮かんだのは、桜の樹の下で娘と交わした約束の言葉――。




