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あたしのパパは高校二年生  作者: 聖場陸
日傘の魔女編
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第41話 決戦〜諏方VSヴェルレイン〜⑩

『――は? お父様が戦争に出る?』


 魔法界での数百年前――まだヴェルレイン・アンダースカイが今より少し幼い頃のある日、比較的穏やかな世界である魔法界にて初めて行われた戦争に彼女の父親が参戦するのだと、父自身の口から告げられたのだ。


『…………ハァ、呆れるを通り越して千の罵倒を並べ立てたい気分ですよ……。だいたい、"魔法使いとしての尊厳と権利を勝ち取る"だなんてくだらない思想の革命家(テロリスト)どもが起こした戦争に、なんでお父様がわざわざ出っぱらなければならないのですか? 境界警察如きに義理立てする必要もないでしょうに……え? 強そうな魔法使いが多そうだからいっぺんに戦ってみたい――ですか?』


 楽しそうにそう語る父に対し、ヴェルレインは無言で手に持っていた日傘(ケリュケイオン)で父の頭を何度も叩く。


『昔から頭が悪い(バカ)常識外れ(バカ)とは思ってましたが、お父様の(いくさ)バカっぷりにはため息しか出ません……! 魔法の探究こそが魔法使いにとっての生涯をかけた至上の命題。それを放って誰かと戦うことを何よりの楽しみとするお父様の異端ぶりは、一生理解できる気がしませんわ……』




   ◯




 ――否、現在(いま)の私なら、お父様の戦バカぶりを少しだけ理解できる。






「ハァアアアアアアッッッッ――!!」






 溜め込んだ魔力が日傘を通して腕にも伝わり、灼けるような熱を帯びてゆく。




 悔しい――ああ、悔しい――――悔しいけれど――、




 今、私はこの闘いを――、






 最高に――――楽しんでいる!




   ◯




『――は? オレにケンカしてみてえ相手はいねえのかって?』


 二十三年前のある満月の(よる)――星の光(またた)く空の下、数十の白いスーツを着た物言わぬヤクザたちが積み上げられた山の上で、二人の不良(しょうねん)が背中合わせに座っていた。本来ならばもう一人この場に不良(しょうじょ)がいたのだが、飲み物(ジュース)を買ってくると行ったっきり、しばらく戻ってきていない。


 互いに口下手であるため、長い沈黙の気まずい空気が流れていたのだが、ふと青コートの長身の少年である蒼龍寺葵司の方から、白の特攻服を着た低身長の少年へ問いかけたのだ。


『……特にいねえよ、そんなの。オレにとってのケンカは、ストレス解消のための手段でしかねえ。そりゃあ(つえ)え相手の方が勝った時の気持ちよさもでけえけどよ……』


 黒澤諏方の言葉通り、彼にとってのケンカとは自らのストレスを発散するための行為であった。ただ、彼が口にしたストレスとは生きていくうえで溜まる日々の鬱憤(うっぷん)ではなく、叔父(剛三郎)から受けた虐待の(きず)の事を指している。


『……つかよ、好戦的でもねえテメェがなんでそんな変な質問をすんだよ?』


 普通のケンカ好きな不良ならば、彼が口にしたような問いも珍しいものではなかっただろう。だが、不良でありながら自分からケンカをする事がほとんどない葵司からまさか『闘ってみたい相手はいないのか』という問いが出るとは思わず、諏方は困惑する様子を隠せずにいた。




『――、――』




 葵司は語る――。(おの)が使命を、なぜ彼が不良であり続けたのかを。


 そして――、




『――そうだな。たしかに、()精神(こころ)がこれほど私欲に満ちるのは、不良になってからは初めてかもしれないな』




 ――彼は立ち上がり、月明かりを背にして戦友(ライバル)の方へと振り返る。






『黒澤諏方――()は、()()と闘ってみたい』






 いつもの無表情――だが、諏方の瞳には(葵司)が珍しく楽しそうしているように見えた。




 そして気づく――ああ、突きつめちまえば強敵を倒すことに喜びを見出(みいだ)しているという事は諏方もまた、強者との闘争を楽しんでいたのだと――。




   ◯




 ふと、二人の頭にそれぞれ浮かんだのは共に強者を求めた者たち。




 ――きっと彼は、今の自分と同じ心境だったのかもしれない。


 ――強者を前にして、肌がヒリつく感覚。


 ――今二人は共に、目の前の相手に勝つ事に全ての神経を集中させる。




 そして――、






「――――バースト魔法」






 決闘の最終局面(クライマックス)は、静かに立ち上がった――。


 直後――、




 鼓膜を張り裂けんばかりの轟音が山中に鳴り響く――。




 放たれたバースト魔法の大きさはそれほど巨大なものではない。自身の身体を大きく越していたシャルエッテのバースト魔法と比べてもその大きさは半分以下、せいぜいヴェルレインの身体の二倍程度だ。


 ――だが、それはあくまでヴェルレインの魔力を高密度に圧縮した結果であり、その破壊力はシャルエッテの数十倍は軽く超えているであろう。




「…………ふぅ」




 バースト魔法が自身に着弾するまでのコンマ数秒――諏方は息を整えた。


 そして――、






「オラァアアアアッッッッ――!!!」






 轟音の中でなお響くほどの雄叫(おたけ)びとともに、諏方は迫り来たバースト魔法に気を纏った右拳をぶつけたのであった。




 ――――




「くっ……!」




 全身に痛みが疾る――。


 魔力が急激に消費される感覚は魔女であるヴェルレインでさえ、全身から力が抜け切れるような強烈な脱力感を伴った。


 数十の町を一撃で灰燼(かいじん)()すであろう威力のバースト魔法は、目の前の少年の拳によって受け止められる。


 もちろんすぐにヴェルレインの魔力が途切れるわけではない。諏方の拳に受け止められてなお、バースト魔法は継続して日傘から放たれ続けている。


 かといってこの状態も長く維持はできない。このまま諏方にバースト魔法を抑えられてしまうと、先にヴェルレインの魔力が尽きてしまうであろう。


 それでも、ヴェルレインはこの日傘を下ろすわけにはいかなかった――。




 ――――




「ぐっ……!」




 痛みなどとうに通り越していた――。


 諏方の腕はまるで喪失したかのように感覚そのものが消え去り、もはや気合いだけで腕を支えているような状態であった。


 少しでも気を緩めれば、一瞬で彼の肉体は(チリ)と化してしまうであろう。


 それでも、彼はこのぶつかり合いで腕を下ろすわけにはいかなかった――。




 ――――




「ハァアアアアアアッッッッ――!!」


「アアアアアアアアッッッッ――!!」




 魔力と拳が相殺し合うという奇妙で凄絶(せいぜつ)な光景――。


 諏方は気を、ヴェルレインは魔力のほぼ全てを(日傘)に注ぎ込み、過度な負荷がかかった両者の腕は絶えず血を吹き出す。限界に近い精神はすでに磨耗(まもう)しかけていた。




 ――――




 わかってる――この女の悪行は許しちゃいけねえし、実際に許しちゃいねえ。


 だけど、今はそんなもん――、






「知ぃるぅかぁああああッッッッ――――!!!」




 ――――


「……チィッ!」


 ヴェルレイン・アンダースカイは悔しかった。


 長年にわたる計画(ゆめ)を阻止され、阻んだ有象無象(ゴミども)を激しく憎んだ。


 だが、目の前にいる強者(諏方)との闘いを(たの)しみ、彼らへの憎しみが薄れていく事実に、彼女は悔しさを感じていたのだ。




 ――――




 だけど、今はそんな事よりも――、


 だけど、今はそんな事よりも――、




 俺は――、


 私は――、




 この女に――、


 この男に――、






 ――――勝ちたいッッ!!――――。






「ハァアアアアアアッッッッ――!!」


「アアアアアアアアッッッッ――!!」






 諏方の気は――、


 ヴェルレインの魔力は――、


 弱まるどころかさらに力を増している――。


 諏方の拳によって堰き止められたヴェルレインのバースト魔法は眼が痛くなるほどのまばゆい閃光を瞬き、高エネルギーの余波は周囲の設置物を吹き飛ばし、山を大きく震動させた。


 だが、そんな周囲の状況も、今自分たちが立っている山の叫ぶような揺れですらももう二人は感じ得ない。


 激しく弾け飛ぶ高エネルギー体を間に挟みながら、二人は互いを睨み合う。




 ただ拳を――、




 ただ日傘を――、




 ――己が武器を地に向けない事に二人は全ての神経を集中させている。




「ッ……! 俺は、テメェに――」


「ッ……! 私は、あなたに――」




 激しい痛みが身体を支配する。だが、今はそんな事よりも――、






「「――――絶対に、勝つッ……!!!」」






 己が勝利への執念は、互いの肉体(からだ)の痛みを凌駕した――。

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