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あたしのパパは高校二年生  作者: 聖場陸
日傘の魔女編
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第40話 決戦〜諏方VSヴェルレイン〜⑨

「それじゃあ――用意はいいかしら?」


「ああ――いつでも来いよ」


 不敵に笑う不良と魔女――だが、二人の瞳には必ず勝つという執念の炎が強く燃え上がっていた。






「「フゥー……………………」」





 互いに呼吸一つ。そして――諏方は右腕に気を、ヴェルレインは左手に握った日傘に魔力を集める。


 始まりは静かであった。先ほどまで彼らが放った気の影響による暴力的なものではなく、自然に発生した穏やかな風が木々を優しく揺らしていた。


 だが、すぐさまに耳が痛くなるほどの轟音とともに――、






 山が――――胎動する。




 ――――




 わずか一分ほどで、ヴェルレインの日傘に集まった魔力はシャルエッテのバースト魔法の最大火力を超える。


 さらに魔力は二倍、三倍とあっという間に膨れ上がっていき、二分と経たぬうちに周囲の町や山を破壊できるほどの魔力が溜まった。




 ――だが、これだけではまだ足りない。


 ――町や山は破壊できても、あの男を破壊するには()()ではまだ足りない。




「……ッ!」


 さらに膨れ上がるヴェルレインの魔力。日傘の周りを小さな紫電が稲光り、やがてその負荷は日傘を握る左手や腕にまで広がっていき、筋肉が断裂するような痛みとともに腕の皮膚が所々裂け、血が吹き出していく。


「まだ……まだよ…………!」


 失神してしまいそうなほどの激痛に耐えながら、ちぎれそうな腕に治癒魔法を持続的にかけて腕の負荷を最小限に抑える。近接戦闘のために身体を鍛えていたのが幸いしたのか、魔法使いとしては比較的引き締まっていた腕は想定以上に負荷による痛みに耐えてくれていた。




 ――バースト魔法を放てば、魔力の大量消費でしばらくは魔法使いの活動も難しくなるだろう。




 ――それでも、






 ――この男にだけは、敗けたくないッ!!




 ――――




 ――呼吸を落ち着ける。


 気を(もち)いるにおいて大事なのは気自体の強さもあるが、それ以上に気の流れを安定させることにある。


 身体の内側を流動する気は筋肉をしなやかにさせ、外側を纏う気は肉体を硬質化させる。


 だが、肉体(からだ)許容量(キャパシティ)を超えた気は毒となり、内側からも外側からも身体を崩壊(こわ)してしまう。


 ゆえに基本的には気の流れ(バランス)を安定させるコントロール力こそが、闘いにおいて最も重要な能力となるのだ。




 ――だが、この闘い(ケンカ)に常識は通用しない――。






「ハァァァアアアアッッッッ――!!!」






 諏方は雄叫(おたけ)びとともに、持てる限りの全ての気を右腕一本に集中させる。


 当然、一極集中した気は腕の許容量をはるかに超えており、腕を押し潰さんばかりの圧迫的な痛みが襲いかかった。腕を守るためとはいえ、数百キロの重りが腕に巻いてるような状態になっているのだ。


「ッ…………オラァァァァアアアアッッッッ――!!」


 再び雄叫びを上げ、潰されそうになる腕の痛みを気合いで耐え抜く。





 ――多量の気を纏ったままの腕を酷使すれば、仮にヴェルレインのバースト魔法を防ぎきってもなんらかの後遺症が残るかもしれない。




 ――それでも、



 ――この女にだけは、敗けたくないッ!!




 ――――




 両者共に必要な気と魔力を溜め終えたのか、激しく地を鳴らしていた夜の狭間山に、再び静けさが訪れる。




「ハァ……ハァ……」


「ハァ……ハァ……」




 聞こえるは不良と魔女の息づかいだけ。


 一時間ほどに及ぶ激闘を経て二人の身体は血と泥にまみれ、衣服も所々が破れてボロボロになっていた。


 ヴェルレインの左手に握られた日傘は可視化されるほどに濃い紫色の魔力が激しく渦巻き、諏方の右腕は目に見えないまでも周囲の空間が歪んでいるように錯覚してしまうほどの強大な気を纏っていた。


 やがて二人の呼吸も整い、音のなくなった本当の静けさが訪れる。


 それはまさに――嵐の前の静けさであった。




「さあ――準備はいいかしら、黒澤諏方?」




 第二ラウンドを告げるはヴェルレインから。彼女は紫色の魔力纏う日傘を再び諏方へと向けて構える。


 だが彼女はそこで、諏方が妙にソワソワしだしている事に気がついた。


「どうしたのかしら、黒澤諏方? よもや、今更になって怖気(おじけ)づいただなんて言わないでほしいのだけれど」


 (いぶか)しんだ眼差しを向けられ、諏方はあわてて気を纏っていない方の左手を振る。


「わりぃわりぃ! ……なんつーか、今までも魔法使いとは戦ってきたけどよ、こうして拳と魔法でぶつかり合うってのは地味に初めてだと思うと、ちとばっかし緊張しちまってな」


 諏方は若返ってからの戦いの思い出を振り返る。


 意外にも、彼が魔法使いと直接戦ったのは今回を除いてたったの二回だけであった。


「一回目の仮也……じゃなくてヴァルヴァッラだっけか? あの時はアイツの炎を耐えられるかって戦いだったし、シルドヴェールの時は結界をブン殴るのがメインだったから魔法のぶつかり合いとはまたちげー気もするし……」


「……改めて聞いて思うけどあなた、万国なんたらショーとやらに出れるんじゃないかしら?」


「ずいぶんと古いネタ知ってんな⁉︎」


「人間界自体は長いもの。少しはあなたたちの文化(ごらく)にも触れないと楽しみがないのよ」


 二人の会話の応酬(やりとり)に、鬼気迫る空気が少しばかり緩和された。


「まあ、つーことであんまり心配しないでくれ。どっちかつーとワクワク的な意味での緊張感だからよ。……殴り合いでの闘い(ケンカ)はもちろん楽しいけれどよ、()()()生きてまた新しい形のケンカが経験できる今の状況に、俺は感謝してるぜ」


 かつて青春を謳歌した不良時代――高校を卒業してからは、闘争の日々にもう(えん)はないと思っていた。






 だが――魔法使いシャルエッテ・ヴィラリーヌとの出会いとともに、黒澤諏方の新しい青春は始まった。






 決して楽しいだけの日々とは言えない。魔法使いや裏の世界の住人たちとの戦いは、肉体的にも精神的にもつらくなるような事も少なくなかった。






 それでも――娘と同じ年齢に若返って(目線に立って)始まった第二の青春(日常)は、新しい刺激を得られる毎日(ひび)であった。






「昔の自分を思い出すと、後悔ばかりの毎日だった。……まあ、それは今もあんま変わってねえかもしれねえけどよ、少なくとも今は――望んだ相手と望んだ形で闘うことができる……!」






 かつてのライバル()との決闘は、決して望んだ形でのケンカではなかった。


 そして決着はつかぬまま、蒼龍寺葵司はこの世を去ってしまった。


 目撃者のいない闘いと呼ばれた『中央高速の決闘』――その結末は、今も悔恨(かいこん)として諏方の胸に強く刻まれており、時折決闘の舞台であった中央高速を目にするたびに、胸にズキリと痛みが疾るのだ。




「いい闘いにしよう――ヴェルレイン・アンダースカイ」




 ――勝っても敗けても、悔いのない闘いにする――そう諏方は思いを胸に秘め、気を纏った右腕をゆっくりと振り上げる。


「そう……気合いが入ったようで何よりだわ。その気合い――すぐには摩耗させないでね? だって――」


 ヴェルレインもまた、日傘を持つ左腕を振り上げる。




「初めてここまで私を追いつめてくれたのだもの……最後にあっさり勝っちゃったら、そんなのつまらないでしょッ――!」




 魔女であるヴェルレインは当然、同じ魔法使いが相手ならば敗ける事はありえなかった。


 常に誰よりも圧倒し、誰よりも神秘であれ――。


 魔導における頂きに揺るがず立ち続けたからこそ、彼女は魔女の忌名()を冠せたのだ。


 だが人間界に来てからある日、彼女は目撃してしまった。




 魔法を使わずとも強者たりえる強さを持つ、不良(人間)同士の激しくも鮮やかな激闘を――。




 その時、彼女の勘はこう告げた。




 もし、同じ魔女以外で自分を追い詰める存在がいるとするならば、力を超越した人間であるのだと――。




 そして彼女の勘は、まさに当たってしまった。


 皮肉にもあの舞台(高速道路)で闘ったうちの一人が、こうして自らの前に強敵(魔女を追い詰める者)として立ちはだかったのだから。


「あなたの全力を打ち破ってこそ、私はまた前に進むことができる。だから――簡単に倒れないでよねッ!」




 立つ位置は対極――。





 不良と魔女――最後の執念のぶつかり合いが始まる。

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