第39話 決戦――side観戦者たち――
「む、無茶ですよ⁉︎ 人間一人で、魔女のバースト魔法を受け止めるなんて!」
境界警察のメンバーの一人が、目の前で繰り広げられる展開に発狂気味の声を上げる。
魔法使いの常識で考えれば当然の事ではあった。バースト魔法の威力は摂氏数千度の高熱力ビームに相当する。しかもそれは平均的な魔力を持つ魔法使いだった場合の話であり、魔女の魔力ならばその数倍の威力は軽く超えるであろう。
それをたった一人の人間が特殊な装備もなしに受け止めるなど、どう考えたって無謀すぎる話であった。
「総支部長! ここはせめて我々が、黒澤諏方に結界を張って少しでも彼の援護を――」
「――ああ、そうそう。わかってはいると思うけど……」
突如、背後を振り向くヴェルレイン。諏方に向けていた不敵な笑みは消え、身も心も凍りそうな元の残忍な魔女の表情に戻っている。
「さっきも言った通り、これは私と黒澤諏方との二人だけの闘い。この闘いにほんの少しでも手を出したら、その時は容赦なく殺してあげるから」
聞くだけでゾワリと背筋が震えてしまうほどの冷たい声。恐怖のあまりに諏方の援護を申し出たイフレイルの部下は、顔を青ざめて尻もちをついてしまった。
「焦るんじゃない。あの二人に横槍を入れるなと忠告をしただろう。……我々にできることは変わらず、あの二人を見守るだけだ」
つとめて冷静な声で、イフレイルは部下にそう諭す。
「で、でも……先ほどまで黒澤諏方が互角に闘えてたのは、あくまで魔女が殴り合いという魔法使いの領分から外れた闘い方をしたからであって、本来の魔法使いの闘い方となる魔法――しかも我々の何倍もの魔力を内包する魔女のバースト魔法など、人間が防げるはずがありません!」
「あら? 意外にそうでもないかもしれないわよ?」
「ウィンディーナ副支部長⁉︎」
膝が震えて立てない状態の部下を励ますためか、絶望的な状況の中でウィンディーナは明るげな笑みを見せてくれていた。
「たしかに魔法使いの常識で考えれば、人間が魔女に勝てる可能性なんて万に一つもない。でも――私たちは黒澤諏方の闘いを記録いる」
黒澤諏方のかつての不良時代の闘争の数々、そして若返ってからの魔法使いたちとの激闘に至るまで、境界警察は彼という規格外の人間を理解するための記録を調べ上げている。
なぜ、人間である黒澤諏方が現象を武器とする魔法使いを相手に対等に渡り合えるのか――。
「それがなぜなのか……明確にわかったわけじゃないけれど、彼の闘いを識り、そして彼の闘いを観た者は惹かれ、どこかで期待してしまうのよ」
少し興奮を交えて語る水色の乙女の瞳に曇りはなく――、
「――黒澤諏方ならばきっと、魔女にも勝ち得る――ってね」
黒澤諏方を知らぬ魔法使いが聞けば、出来の悪いおとぎ話と一笑されたであろう。
だが、諏方の闘いを識るウィンディーナは絶対とは言わないまでも、彼が魔女に勝利する事を決して疑いはしなかった。
「少なくとも私と……あの子たちは諏方さんの勝利を信じていると思うわ」
視線の先には四人の少女たちの後ろ姿。背中越しに見える彼女たちの瞳――娘である白鐘は一切の曇りもなく、わずかに心配げであったシャルエッテやフィルエッテもその不安はすでに払拭され、唯一懐疑的であった進すら興奮で顔が上気していたのであった。
「総支部長も、この闘いの結末を静かに見ていたいんじゃないですか?」
いたずらっぽい笑みで見上げられ、イフレイルは「フン」と面白くなさそうに鼻を鳴らす。
「この闘いの勝敗がどちらに傾こうとも、我々の取るべき行動は変わらぬ。だが……万が一にでも黒澤諏方が勝利するような事があれば、人間と魔法使いの相関性も大きく変革されるだろう。オレが見てみたいものがあるとすれば、その果てに何があるのか――だ」
「っ……!」
人間を魔法使いから守護すべき立場ながら、常に人間という存在を見下してきたイフレイルが口にしたその言葉は、永く共にいたウィンディーナにとって驚くべき変化であった。
――黒澤諏方を見つめるその瞳に、他者を蔑むような傲慢さは消えていた。
「見せてみろ、黒澤諏方――人間の持つ可能性というものを」
――――
「ヴェルレインさん……魔女のバースト魔法……」
「ヴェルレイン様の撃つバースト魔法を見たいって顔してるわよ、シャル?」
「ふぇっ⁉︎ そそそ、そんな危険なもの、みみみ、見たいわけないじゃないですか⁉︎」
明らかに動揺している妹弟子の様子に、フィルエッテは呆れ気味な笑みを浮かべた。
「無理もないわよ。たしかにヴェルレイン様はワタシたちの敵ではあるけど、一人の魔法使いとして魔女の放つ大魔法を見たいって気持ちはワタシにもわかるもの。バースト魔法を『得意魔法』に選んだあなたなら、余計に気になってしまうわよね」
「あうー……ほんとはヴェルレインさんがバースト魔法を撃ったら大変な事になるのもわかっているんです……でもフィルちゃんの言う通り、やっぱり魔女のバースト魔法をすっごく見てみたいというのが、わたしの本当の気持ちなんだろうと思います。それに……」
シャルエッテはまっすぐに瞳を向ける。魔女だけでなく、その魔女と闘う一人の少年を。
「……信じているんです。スガタさんならきっと――ヴェルレインさんのバースト魔法にも打ち勝てるって……!」
楽しげにそう語る彼女の瞳は、星がまたたくようにきらびやかに輝いていた。
「……ええ、ワタシも信じてるわ。諏方さんならきっと、どんな奇跡も起こせるって……!」
境界警察が語ったように、魔法使いの常識であれば人間が魔女に勝てるなどまずありえない事だ。
――それでも、二人の魔法使いの少女たちは信頼していた。
どんな境地にも挑み、乗り越えてきた白い特攻服を纏った少年のことを――。
「ハァ……あんたたち、よく落ち着いてられんねえ。アタシゃドキドキしすぎて、常に胃がキリキリ状態だよ」
大きくため息をつく少女、進。しかし、そんな彼女をなぜかシャルエッテとフィルエッテは微笑ましげに見つめていた。
「そういう進さんも、興奮で顔が紅潮するほど楽しそうに見えますよ?」
「ほえ?」
本人は気づいていなかったのか、決闘が始まった直後は不安そうにしていた進もいつのまにか、目の前の激闘を楽しんでいたようだった。
「あー、まー……さすがにあんな熱血ド派手バトルを目の前で見せられちゃ、テンション上がんない方がおかしーつーか……ていうかアタシ的には、白鐘が一番涼しい顔してるのが意外というか」
「え? あたし?」
ここで話を振られると思ってなかったのか、銀髪の少女はキョトンとした目になって親友を見やる。
「別に悪く言うわけじゃないんだけどさ、自分の父親が血みどろになって闘ってるわけだし、もちっと心配そうな顔してもいいんじゃないかなーって思っちゃってさ」
父親の闘う姿を見つめる少女の表情には曇りが一切見られない。ただ真剣な瞳でじっと、息を止めているのかと思えてしまうほど静かに、彼の闘いをまっすぐに見つめていたのだ。
「……百パーセント心配してないわけじゃないよ? お父さんが死んじゃうかもしれない事も考えると、怖くて胸がギュッとするほど痛くなる。でも……」
ふと、久しぶりに自然から発生した優しいそよ風が流れて、白鐘のさらさらな銀色の髪をゆらして――、
「今のお父さん――とっても楽しそうだもの」
そう口にする少女の笑みには、愛する人を思う慈愛が満ちあふれていた。
彼女の言う通り、諏方の方に視線を見やると彼はたしかに不敵な笑みを浮かべてはいたが、それは相手を挑発するためでも強がりから来たものでもなく、ヴェルレインの魔法とぶつかり合う事を心から楽しんでいるといった、純粋な彼の笑顔のように見えたのだった。
「なるほど……たしかに、とても楽しそうにしていますね」
「ハハ……とてもこれからビーム撃たれそうな人の顔じゃないね」
「でも……ええ、とてもスガタさんらしいと思います……!」
少し呆れたり、同じく楽しそうにしていたりと反応はバラバラだったが、三人の少女たちも白鐘と同じように、微笑ましげに銀髪の少年を見つめるのであった。
「あんなに楽しそうにしているお父さんに水を差したくないもの。だから決めたの――」
目を細め、そして少女は手を握りしめ、胸の前に当てる。
「――お父さんが勝つ事を信じて、最後まで見届けるって」
闘う者たちだけではない――観る者たちもまた、それぞれの心情を持って二人の闘いの結末を見届けると誓ったのであった。




