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あたしのパパは高校二年生  作者: 聖場陸
蘇る銀狼編
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第26話 演じるは誰がために

 ――少女が目覚めて、見えた光は薄暗い白電灯。


 チカチカと点滅する明かりの眩しさに、黒澤白鐘はただ眼を細める。


 ――手足が異様に重い。身体も重苦しく、頭だけを動かして周りを確かめる。


 ――見たところ、どこかの廃墟の中のようだった。辺りは廃材のようなものが散乱していたが、身体は平らな鉄板のようなものに寝かされていた。顔を少し上げると、鉄で作られた段差があり、その遥か下側に灰色の床が見えた。


 彼女が身体を動かそうとすると、不安定な場所に置かれた鉄板の軋む音が鳴り響く。どうやら、自分が倒れている場所はガラクタの山なのだと認識した。


 同時に、手足が重たい理由も、両方が縄で縛られているからだとようやく気づけた。


「……なんで縛られてるの? それに、ここはいったい……」


「――やっと気がついたね、白鐘さん」


 彼女がよく知る声と共に、背中側から足音が近づく。身体を反転し、見上げた先にあった少年の顔に浮かぶ笑みは、いつもの優しげなものではなく、悪魔のような邪悪なものになっていた。


「加賀宮くん……どうしてこんなこと……」


「もう忘れたのかい? さっき言ったじゃないか、僕と君は結ばれるべきなんだって……」


 彼のその瞳は、彼女が玄関先で見たのと同じ、常軌を逸したものになっていた。


「ごめんね、こんな場所で、こんな状態でのお迎えになって。ロマンの欠片もないけど、一日じゃ準備がなかなかできなくてね」


 聞いてる彼女自身が狂ってしまいそうになるほど、その言葉も狂乱的なものになっている。


 改めて、白鐘は周りを見渡すと、加賀宮のそばには先程彼女の叔母を炎で焼いた黒スーツの男と、ガラクタ山の麓を不良達数十名が取り囲んでいた。


 手足を縛られてるうえ、この状況では逃げ出すのは不可能であろう。


「叔母さまは……叔母さまはどうなったの……?」


「先程の黒ジャケットの女性ですよね? いやはや、その美しい見た目に合わず、なかなかに戦闘に長けたお方でしたが、私の炎を浴びたならば、助かる事は万が一にもないでしょう」


 加賀宮の後ろに立っていた男が、ニヤニヤとした纏わりつくような笑みでそう告げる。


「……叔母さまっ」


 自身を庇ってもらい、何も出来なかった悔しさに、白鐘はただただ縛られた手を強く握り締めることしか出来なかった。


 それでもなお、彼女は気丈に二人の男を睨み上げた。


「……こんな所に連れて来て、あたしをどうするつもり?」


「そうだねえ……このまま、君を眺めているのも楽しくはあるけど、僕も男だからね。手っ取り早く、ここで二人で結ばれようか?」


 白鐘の背筋が凍る。この少年の言葉は狂気的だが、同時にそれが本気なのも理解した。


「ふざけないで! あんたがあたしに何をしても、あたしはあんたの物にはならない!」


 精一杯の声を張り上げて、彼女はクラスメートの少年をより強く睨む。だが逆に、それは加賀宮の嗜虐心を刺激する結果にしかならなかった。


「そう! それだよ、黒澤白鐘! 僕が求めていたのは、君のそういうところだ! 君は誰よりも気高く、美しく、そして誰よりも孤高であるべきだ! ただ媚びる事しかできない下品な雌豚どもとは違う君に、僕は惹かれたんだ! 君だけが、僕にふさわしい女なんだ! だが――!」


 突如、彼は拳を怒りで振り上げた。


「あの男――黒澤四郎が来てから君は変わった。つまらなさげなゲームに興じ、レベルの低い連中との会話を楽しみ、そして四郎アイツの前では、そこら辺にいる女どもと同じように振舞っていた。あんな普通の女の子のような君なんか、黒澤白鐘ではない!」


 あまりに強く声を張り上げたせいで、加賀宮の息がゼェゼェっと荒くなっている。


「だから……僕が戻してあげるよ。誰よりも気高かった、黒澤白鐘にね」


 加賀宮はしゃがみながら、横になったままの彼女の上着に手をかける。


「……なによそれ、バカみたい」


 白鐘は服に手をかけられたまま、目の前にいる男を非難するように、さらに強く睨みつけた。


「結局、あなたはあたしのことを何も理解してないじゃない。確かに、あたしは加賀宮くんの言うような冷たい自分を演じていたわ。でもそれは、あたしが他人に興味がなかっただけ。正直、あたしは他人が自分をどう見ようと、そんなことには興味なかった……あたしはね、おとう――っ……お父さんに……見てほしかっただけなの。誰よりも自慢の娘だって、誇ってほしかっただけなの」


「……お父さん……のため?」


「そうよ……ただそれだけのために、あたしは――優秀な黒澤白鐘――を演じてきた。あなたのためでも、クラスメートのためでもない――お父さんのためだけに、あたしは黒澤白鐘あたしであり続けたの」


 まっすぐに、加賀宮を射抜く少女の瞳。それに気圧されるように、彼の手が止まる。


「……親の体裁のために、自身を良く演じる……その気持ちはわかるよ。僕も、両親のために優秀な息子であることを演じていたようなものだからね」


「……でも、そんな必要がないって気づかせてくれたのは、四郎――いいえ、お父さん自身だった。いつもあたしを見てくれて、いつもあたしを気にかけてくれて、あたしにひどいことを言われても、いつも笑顔であたしのそばにいてくれた……。あなたの愛した黒澤白鐘は、あたしが作り出しただけの、ただの幻想。上辺でしかあたしを知らないあんたなんかに、あたしは絶対に屈しない!」


 精一杯の抵抗の言葉。――だが、


「――それが幻想だと言うのなら、僕が君にその幻想を上塗りしてあげようじゃないか。ありのままの君を塗り潰し、僕の恋人にふさわしい女にしてあげるよ」


 少女の言葉は――少年には届かなかった。


 彼は再び少女の上着のボタンに手をかけ、一つずつ外そうとする。


「くっ――やめてっ……!」


 彼女は抵抗して身体を揺らすも、彼に肩をガッシリと掴まれ、身動きを封じられてしまう。


「――おーい、おぼっちゃん! お前が終わったら、次は俺の番だからな?」


「あっ、てめえズリィ! 次は俺の番だ!」


 下の方が騒がしくなった。不良達はそれぞれ、誰が白鐘に手を出すか、順番で揉めているようだった。


「……お前ら――誰がこの女に手を出していいと言った?」


 倉庫内に響く、静かなる怒号。それを聞いて不良達は、一斉に雇い主を鋭い目つきで見上げた。


「おい? 誰に向かって生意気言ってんだ、ゴラァ?」


「こっちもよ、目の前で見せ付けられて、我慢できねえんだよ?」


 加賀宮は、下にいる下劣どもにほどほど呆れを感じていた。いくら自身が雇った連中とはいえ、彼らは加賀宮にとって理解からほど遠い、軽蔑すべき存在だった。


「……仕方ない。今度、人数分の女を用意してやるよ。だから、今は静かにしてろ」


「……ちっ、しゃあねえな」


 不良達は不満げな態度を見せながらも、渋々納得して口を閉じる。


「――ふふっ、やはり人間とは、欲望に素直な生き物だ。まあ、魔法使い(わたしたち)も言えた義理ではありませんがね」


「何か言ったか? 仮也」


「いえいえ、なんでも。今宵は存分にお楽しみくださいませ、坊ちゃま。私はその少女の泣き声を、さかなとして楽しみましょう」


 いつもと変わらない笑顔を見せる使用人。


 ――彼に訊きたいことは山ほどあったが、それを聞いてしまったら、二度と這い上がれない沼に突き落とされる――そんな錯覚を加賀宮は感じた。


「……お前も悪趣味だな……まあいい。さあ――今度こそ一緒に結ばれよう、白鐘さん」


 今は目の前に、加賀宮自身が一番に望んだものがある。それを思えば、仮也に対する不信感など些細なことでしかないと、彼は自身にそう言い聞かせた。


「……あたしは屈さない……絶対に、あんたなんかには負けないっ……」


 ボタンが全て外され、白の上着を腕の方までおろされる。小さすぎず大きすぎず、形の整った胸を覆う水色のブラ以外は、なんの障壁もない、瑞々しい肌が晒されてしまった。


「……この時をずっと待っていた。さあ――愛し合おう」


 ――少女の瞳に、一粒の涙が流れた。


 押し潰されるようにのしかかる恐怖と不安――それでも縋るように、脳裏に浮かんだのは二人の男。

 彼女にとって、誰よりも大切な家族である父親。そして――出会ったばかりのはずの、父を名乗った同じ銀髪の少年。


「助けて……パパっ……!」


 白鐘が昔の、父への呼び名を口にした瞬間――巨大な破裂音が倉庫内に響いた。


「――なっ、なんだ!?」


 突然の爆音に、加賀宮は少女にかけた手を思わず引っ込めてしまう。


 入り口の方に目を向けると、爆発によるものだろうか、多量の砂煙が舞い上がっていた。乱吹ふぶく風に煙が払われた先には、入り口を閉ざしていたシャッターが、見るも無残に破壊されていた。


 そして入り口には、一台の大型バイクとそれに乗っている、丈の長い白い服に身を包み、フルフェイスのヘルメットを被ったの謎の人物がそこにいた。


 ――誰もが突然の事態に混乱し、呆然とする。


 バイクの乗手は、威嚇のためのブレーキ音を一度鳴らし、車体をそのまま入り口に停めて、ゆっくりと降りる。


 白の特攻服を翻し、ヘルメットを外して銀色の長髪をたなびかせる一人の少年。


 彼の後ろには、少年の出で立ちとはミスマッチな、白のローブに大きな杖を握り締める一人の少女。


 ――銀髪の少年は一歩前を歩き、中央に聳え立つ残骸の山の頂上に横たわった少女を見上げた。


「助けに来たぞ――白鐘」


 黒澤四郎(すがた)は、濁りのない真剣な眼差しを一人娘に向け、二人の銀色の髪を、風が優しく揺らしていた。

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