第38話 決戦〜諏方VSヴェルレイン〜⑧
「バースト……」
「――魔法⁉︎」
戸惑いと驚きの声を上げたのはシャルエッテとフィルエッテの二人。他の境界警察の魔法使いたちも口々に声が漏れ出てしまうほどに、魔女の口にした魔法名はあまりに衝撃的なものであった。
「バースト魔法……たしか、自分の魔力全部使ったビームを撃つ魔法だよな?」
「ビームなんてそんな浅慮な言葉で括ってほしくはないわね。とはいえ、バースト魔法ほど単純で燃費の悪い非効率的な魔法、普段なら使おうだなんて思う事もないのだけれど……あなたのような常識外れ人間相手なら、搦手のないわかりやすい魔法の方が有効打にもなりえるというものでしょう?」
「ぬぅ……それって俺相手なら小難しい魔法使って頭脳戦するよりも、火力で押し切った方がいいって感じにバカにされてる?」
「いいえ、これは私なりのあなたへの賛辞よ。得意魔法を使わずに魔力の全てを消費して火力のみを頼りにしたバースト魔法は、魔法使いにとって最終手段のようなもの。それを魔女である私に使わせるのだもの。人間、魔法使いに関わらず、これは破格の栄誉であると知りなさい」
日傘を閉じ、その先端を諏方へと向けるヴェルレイン。それはまるで騎士が剣先を相手へと向けて決闘の意を示すように、彼女なりの決闘相手への敬意の表れであった。
「っ……」
ヴェルレインの想定外の礼儀正しさに諏方はしばし戸惑い気味にキョトンとするも、一つ拭えない疑問に腕を組んでうーんとうなり、その疑問を彼女に問いただす。
「アンタなりに俺に対して敬意があるつーのは理解したけどよ、わざわざ他の奴らを背にして立ち位置を入れ替えたのは何でなんだ?」
先ほどヴェルレインは高く跳躍し、諏方の頭上を飛び越えて彼の背後へと回った。その立ち位置は、二人の決闘を見守っていた白鐘たちを背にする形となったのだ。
境界警察のメンバーたちはもちろん、白鐘たち少女四人も結界越しに目の前へと降り立ったヴェルレインへと最大限の警戒を向ける。
「確認のために訊くけどよ、バースト魔法ってのはたしか軌道が直線上にしか撃てないんだよな?」
諏方はかつて同じ場所で行われたシャルエッテとフィルエッテの決闘の記憶をたどる。その中でシャルエッテはバースト魔法を使用する際に、その特性と欠点を語っていた。
バースト魔法は使用する魔法使いの持つ魔力を限界まで溜めて、それを極大の魔力砲として放つ。まさに魔法使いにとっての切り札となりえる大魔法であるのだ。
だがその軌道は直線的にしか撃てず、さらには魔力を溜めるのにも時間がかかるため、相手に当たる事はまずないとも言える欠点の多い魔法でもあった。
「俺にバースト魔法を撃つってんなら……言いたかねえけど、俺の背中越しに白鐘たちを人質にすれば、俺がよけるって選択肢を潰せたはずだろ?」
バースト魔法の軌道上に白鐘たちがいたならば、当然それをよけるという選択肢は黒澤諏方にはありえない。狡猾であったはずの日傘の魔女が、卑怯とも言えるその方法を考えつかなかったとはとうてい思えなかった。
そうなると、ヴェルレインはわざとその方法を自らで潰したという事になり、彼女がそんな不可解な行動を取る理由が諏方には疑問であったのだ。
「……たしかに、あなたにバースト魔法を当てるだけなら、後ろの連中を人質にした方がよっぽど建設的だわ。そもそも、私は八つ当たりのためにこいつらを皆殺しにする予定だったのだしね……」
すっかりと諏方との闘いに夢中にはなっていたが、くぐもった声からして彼女の目的を阻止した者たちへの恨みは忘れていないようだ。
「でも、あなたの娘も含めてこいつらを人質にしたら、誰かを守るための力だとか、そういう余計な力を発揮させちゃうでしょ? そんな事――私は絶対に許さない」
「なっ……⁉︎」
ヴェルレインの思惑は諏方はもちろん、人質になっていたかもしれない他の者たちにとっても意外なものであった。
「……誤解させないように言っておくけど、あなたがその力を発揮したところで私は敗けるつもりはないわ。でも――私が闘いたいのは、純粋なあなた一人だけの力。この決闘は私とあなただけのもの。仲間の介入も、余計な感情すらも交えさせない」
あくまで冷淡な口調ではあったが、その端々にヴェルレインのこの闘いへの熱意が感じ取れて、普段の他者を見下すような彼女とは違う一面を覗かせる。
「あなたの闘志は仲間を守るためではなく――私一人を倒すためだけに燃やしなさい」
「っ……」
諏方はしばらくヴェルレインを無言で見つめ、少しして気恥ずかしげに頭をワシャワシャと掻く。
「まいったな……やっぱり俺、アンタのこと嫌いになれそうにねえや」
ハァ……っと強めのため息を吐き、諏方は頭に手を置いたまま、もう一度ヴェルレインの方を見据える。
「この前までアンタを人でなしの極悪人だと思ってたのによ――いや、極悪人には違えねえんだけどさ、少なくとも俺との決闘の上では正々堂々でいてくれる。……まあ、魔法をよけられないようにするために俺の闘争本能をアンタなりに刺激してるだけかもしんねえけどよ、それでも……」
諏方は一度、ヴェルレインの向こう側にいる娘の白鐘へと視線を移す。
「っ……!」
父と目が合った白鐘は彼の意図をすぐさまに汲み取り、静かに――だがしっかりとうなずく。
それを確認し、諏方は片方の手のひらともう片方の拳を合わせてパチンと音を鳴らしながら、真剣味を帯びた瞳でまっすぐに日傘を握った好敵手へ向け直る。
「いいぜ、ヴェルレイン――テメェのバースト魔法、俺の拳一本で受け止めてやるぜッ……!」
決闘の意を示したヴェルレインに対し、諏方もまたその意を拳で突き示す。
拳で受け止める――つまり、ヴェルレインのバースト魔法を諏方は自身の拳だけで防ぐと宣言したのだ。
「……拳一本でっていうのは、さすがの私も想定外よ。身体全体に気の鎧を纏って、それで防いだ方が確実じゃないかしら?」
「いや、意外とそうでもねえよ? 身体能力を上げるために全身に気を纏うのとは違って、防御目的で全身を気で覆うのってのは気の圧が分散しちまって、全体的に防御力が薄まっちまう。だから腕一本に気を集中させて、高密度の気でテメェの魔法を受け止めてやるんだ。それに――」
諏方は突き出した拳を強く握りしめ、ヴェルレインを見つめながらニカッと爽やかに笑う。
「腕一本で守りきった方が、なんかカッケーだろ?」
「っ……」
ヴェルレインはしばし呆然とする。
彼もシャルエッテとフィルエッテの闘いでバースト魔法の威力は見ているはず。他の魔法使いと比べて魔力だけなら優秀なシャルエッテとはいえ、結局は一介の魔法使いでしかない彼女のバースト魔法でも周囲を吹き飛ばさんとするほどの威力はあった。
それよりも数倍さらに威力を高めたバースト魔法がこれから放たれるというのに、黒澤諏方にとっては恐怖や緊張などよりも楽しみとカッコよさに頭が占められ、今もハッタリではない純粋に楽しげな笑みを浮かべているのだ。
「……フフ、どこまであなたはやっぱり黒澤諏方なのね。どうやら私も、あなたのことは嫌いになれそうにないわ」
自嘲気味に笑うヴェルレイン。
やがて互いに気持ちの整理が着いたのか、さらに一呼吸置いてお互いをまっすぐに見つめる。
「訊くまでもないでしょうけど、覚悟はいいわね、黒澤諏方? 私の魔法で、あなたの身体も精神も灼き切ってあげる」
「なら俺はテメェの全力を、俺の拳で打ち破ってやるぜッ!」
不良と魔女――二人の決闘はまもなく最終局面を迎えようとしていた。