第36話 決戦〜諏方VSヴェルレイン〜⑥
「見せてやるぜ。魔力の混じらない、百パーセント天然の気で作ったオレのオリジナルの『気弾』ってやつをよッ……!!」
諏方は両手の平を交差するように合わせ、その間のボール大の空洞に自身の気を集中して送り込む。空洞へと集まっていく気は徐々に一つの塊へと練り上げられ、ヴェルレインの気弾のように形には見えずとも、空洞に飲み込まれるような大気の流れから、大きなエネルギーが渦巻いているのが十分に感じ取れた。
「……ちょっと、本気でやるつもりなの?」
先ほどはできるはずもないと呆れ気味な視線を向けていたヴェルレインであったが、いざ諏方が気を集中している様を見せられると、人間では不可能なはずの気弾を撃てるのではないかと少しばかりの動揺を感じざるをえなかった。
普通の人間ならばありえない。だが――、
――黒澤諏方なら、それを成し得る事ができるのではないか?――。
そう考えてしまうほどに、目の前の男は規格外のだ。
「実際に撃てるかなんてわからないさ。でもよ、どっかの誰かさんも言ってたからな――やらずに諦めてたら、何もできなくなる――ってな」
「――――スガタさん……!」
祈るように両手を握っていたシャルエッテは、諏方の言葉を耳にして、一人嬉しそうに涙ぐんでいた。
「よし…………いくぜぇ……!」
珍しく緊張した面持ちで、自身の両手を見つめる諏方。そして、練り上げた気が十分に溜まりきったのを感じ取るのと同時に――、
「ハァァァアアアアアアッッッッ――――!!!」
喉が張り裂けそうなほどの雄叫びとともに両手を前へと突き出し、諏方の気弾が放たれ――、
ポン――。
まるで風船から空気が抜けたような間抜けな音が鳴り、特に何かが起こるような様子もなく、ただ肌寒いだけの風がピューと流れていた。
「……ちぇー、やっぱ無理だったかー」
どうやら気弾は不発に終わったようで、諏方は実に残念そうにため息を吐き出し、シュンと落ち込んだ様子を見せる。
「当たり前でしょ。さっきも言ったけれど、気弾は魔法構築論を下地にしている魔法。理屈は理解していても、魔法の知識を持たない人間では再現不可能なワザなのよ。……もっとも、ありえない事ではあるけれども、今後あなたが魔法を学ぶ機会にもしも巡る事があるとすれば、気弾を使えるようになる可能性もゼロではないけどね……」
最後の部分はボソリと、諏方に聞こえないように小声でこぼす。
「ぬぅ……やっぱ格ゲーみたいに飛び道具みたいな技は使えねえよなぁ」
先ほどの言葉は本気だったのだろう。諏方は本当に残念げそうにそうぼやいた。
「にしても、やっぱりアンタはすげえや、ヴェルレイン。魔法使いなのに気を使えるだけじゃなく、不良たちが考えはしてもできなかった気を飛ばす戦い方までできるなんてよ……久々だぜ、ここまで心の底からワクワクできるケンカはよ……!」
「っ……!」
純粋に楽しげな笑顔になる諏方に、気づけば自分もすっかりとこの闘いを楽しんでいた事実をヴェルレインも気づきだし、しばらく呆然としてしまう。
数分前まで魔女はこの町周辺を天へと堕とすつもりで暗躍し、それを阻止されて本気で周りの者たちを全て殺すほどの殺意でいっぱいだった。
だが彼女は今明確に楽しんでいるのだ――目の前にいる銀髪の少年との決闘に。
少年も少なくとも、良い感情は彼女には抱いていないだろう。家族を巻き込まれ、死なせてしまう可能性すらありえた人物が目の前にいるのだ。殺したいほど憎んだっておかしくない相手なのだ。
それでも、彼はワクワクすると口にした。相手を倒す事ではなく、闘う事そのものが目的となり、負けないために全力を尽くす。そこに、それまでの過程などきっと関係ないのかもしれない。
「…………本当に、ムカつくぐらいお父様に似てるわね、あなたは……」
「ん? なんか言ったか、ヴェルレイン?」
呆れるような笑顔でつぶやく彼女の言葉は誰にも聞こえていない。
「……お褒めに預かり、光栄の極みだと言ってあげたのよ。とはいっても、やっぱりあなたにはこの手の小細工は通じないみたいね。……そうなるとやっぱり――」
「ああ、もう後は――」
――二人の身体から、再び大量の気が放出される。
とうに限界を迎えてもおかしくないほどに肉体には疲労と痛みが重なるも、それに反してあふれ出る気はより強大なものになっていった。
「殴り合いしかッ――」
「――ないわよねッ!!」
何度となくぶつかり合った二人の拳。その威力は衰えるどころか、さらに破壊力を増していた。衝撃の余波と放出される気の圧で地面や木々はさらに抉られ、嵐が吹きすさぶように木の葉や粉塵が舞い飛ぶ。
「黒澤諏方ァッ――!!」
「ヴェルレイン・アンダースカイッ――!!」
愉しげに拳を突き出す二人。
まるでこれまでが序の口であったかのように、闘いはさらに激化しようとしていた。
「オラアアアアッッッッ――!!」
ヴェルレインの顔面を容赦なく殴る諏方。
「ハァアアアアッッッッ――!!」
諏方の腹を思いっきり殴り上げるヴェルレイン。
互いの拳が相手の身体に一撃を与えるたびに、ダメージとともに口から血が吐き出される。砂利は鮮血で紅に染まってゆき、血だまりのリングがアザだらけの二人を囲っていった。
「ドラァアアアアッッッッ――!!」
諏方は続けざまに拳を振り上げると再びヴェルレインの頬に向けて振り下ろし、そのまま顔面を地面へと勢いよく叩きつける。
「ぐっ⁉︎ ……がぁッッッッ――!!」
ヴェルレインは起き上がりざまに諏方の左肩に顔を寄せ、そのまま彼の肩に噛みついた。
「がっ⁉︎ っ……くそッ――!!」
肩に食い込む刃の如き鋭い歯の痛みに耐えながら、諏方は手の平をヴェルレインの腹部に押し込み、練り上げた気を彼女の丹田へと叩き入れる。
「ごはっ⁉︎ ぐっ……だぁッ――!!」
内側で膨張する気の衝撃で吐血しながら、諏方の肩からヴェルレインの口が離れる。だが、彼女はすぐさま同じように左の手の平を彼の頬に向けると、気を込めた左腕で顔面を地面へと叩き落とした。
「がはっ⁉︎ ぐっ……だぁッ――!!」
諏方も勢いよく吐血しながらも、倒れる寸前に両手でヴェルレインの両手首を掴み、彼女の身体を振り上げながら仰向けに倒れ込み、巴投げの要領で彼女の背中を地面に叩きつけた。
「がッッ⁉︎ くっ……だあらぁッ――!!」
ヴェルレインは掴まれた両手のうち右手を振りほどき、地面に倒れたままの諏方の顔面にエルボーを叩き込んだ。
「ハァ……ハァ……」
「ゼェ……ゼェ……」
肩で大きく息をしながら、二人はゆらゆらとゆっくり立ち上がった。額や口元、身体中の傷から汗とともに血の雫がたれ流れていき、地面へと波紋を広げながら染み込んでいく。
両者はすでに満身創痍と言える状態であった。激痛疾る身体を支えるのはもはや気力のみであり、少しでも気を抜けば途端に意識を失うであろう。
――――
「まさに、互角の闘いといった感じで、なかなか決着がつきそうにないですね、総支部長」
依然、境界警察の者たちは四人の少女たちと共に、諏方とヴェルレインの決闘を見守っていた。驚くようなリアクションはさすがに少なくなってきたが、それでもほとんどのメンバーは目の前の死闘に終始唖然とするしかなかった。
境界警察に限らず、魔法使いにとって魔女とは畏怖すべき存在であると同時に、憧れ、尊敬の対象でもあるのだ。
だからこそ魔女が魔法をほとんど使わずに、血にまみれながら人間と闘う目の前の光景は異様に映ってしまうのだ。
対する黒澤諏方もまた、人間としては常軌を逸した強さを持っており、魔法戦ではないとはいえ人間が魔女と対等に渡り合えているという事実を未だに信じきれずにいた。
そんな中――、
「――いや、この闘いの決着、存外に速くなるやもしれんぞ?」
ウィンディーナの言葉に対し、イフレイル総支部長は彼女にとって意外な返しで、闘いを冷静に見つめていたのであった。




