第35話 決戦〜諏方VSヴェルレイン〜⑤
「BANG、BANG――」
ヴェルレインは人差し指と中指を伸ばし、銃の形に模倣した両手を諏方へと向けて、二発の『気弾』を撃ち放った。
狙いはどちらも先ほどと同じ額。目に見えぬ弾丸、諏方の頭部を抉らんと猛スピードで襲いかかる。まもなくして、彼の脳髄は辺りの地面にビチャビチャと水音を立てて飛び散るであろう。
「――オラァッ!!」
だが諏方は見えない弾丸に怯むことなく、雄叫びを上げながら空に向けて二発拳を打ち放つ。
すると耳をつんざく破裂音とともに、何か小さなものが爆発したかのように、空中に二点爆風が吹き上げた。そして放たれた気弾は諏方の額に着弾する事なく、彼は無傷のままで立っていたのだ。
「目に見えない弾丸を拳で弾き消すなんて……あなたもうそれ、とっくに人間をやめてるレベルよ?」
諏方はただ空中に拳を振ったのではない。目に見えないはずの弾丸を的確に狙い、拳を打ち込んで気弾を相殺したのだ。
「いや、やったこと自体はシンプルなやつさ。気弾つうのは、要するに気の塊。なら、同じ気を纏った拳をぶつければ、気弾を打ち消せると思ったんだ」
「それが人間をやめてるって話なのだけれどもね……」
呆れ気味につぶやくヴェルレイン。
「――――それじゃあ、これはどうかしら?」
ヴェルレインは三度両手の指を銃のように構え、今回も気弾を二発――いや、十、二十と、目に見えぬ弾丸を連射する。
目で見えないとはいえ、空気が弾かれるような破裂音はまるでマシンガンのように、痛いぐらいに鼓膜を叩きゆらしていた。
闘いを眺める少女たちや協会警察たちが轟音に耐えきれずに耳を塞いでいる中、諏方は顔色一つ変えずに拳を空へと向けて連打し、ヴェルレインの気弾を次々と防いでいく。
いつ止むかとわからない気弾の横凪の雨は、しかし諏方の身体に傷一つ付けられなかった。
「……………………ふぅ」
「……………………はぁ」
気弾の嵐が止まり、撃つ方も防ぐ方もさすがに体力が消耗しているのか、二人は乱れた呼吸を落ち着かせていく。
「……………………はは」
次第に落ち着くにつれ、諏方は突如として小さく笑いをこぼした。
「すげぇ…………アンタすげぇよ、ヴェルレイン!!」
「……っ?」
なぜか楽しげな様子を見せだした決闘相手に、ヴェルレインはしばし戸惑いまじりに口を閉口し、首をひねった。
「なんなんだよ、気の弾丸って⁉︎ 気ってのは身体の外側を纏ったり、内側で練り上げたりして自己を強化するエネルギーだ。圧として周りに放つことはできても、一つの塊に圧縮して撃つだなんて、似たようなことは考えても実行できた奴なんていねえぜッ!!」
諏方は感動していたのだ。彼の言葉通り、気というのは自身の肉体を活性化したり、強化するものがほとんどであり、銃弾のように飛び道具として撃ち放つなど、そんなことができる人間は彼の知る限り一人もいなかった。
それを本来は気を操ることを専門外としているはずの魔法使いであるヴェルレインが可能としたことに、諏方は感動を抑えきれなかったのだった。
「……そこは魔法使いと人間の物の視点の違いよ。ああ、断っておくと別に人間を卑下するわけじゃないのよ? どんな生物にだって、得手不得手というものはあるのだもの」
ヴェルレインは右手の指だけを立て、その指先に小さな気の塊を作って回転させる。
「気弾は魔力砲の技術を応用した魔法よ。溜めて、放つ――言葉であらわすだけなら単純だけれども、この技法は魔法に通ずるもの。魔法構築論を理解できない人間には、とうてい真似のできない芸当なのよ」
プスっという音とともに小さな気の塊は撃たれることなく、指先から霧散してしまう。
「ちょっとした余興のつもりだったのだけれど、楽しんでくれたのなら幸いだわ。どだい、あなたに簡単には通じると思っていなかったもの。だとしても……規格外である私が言うことじゃないけど、やっぱりあなたもデタラメすぎるわ」
何かに拗ねたような、珍しくムスッとした表情を見せるヴェルレイン。普段の大人びた雰囲気の彼女からは想像できないほど、その仕草は少女的であった。
「気弾は威力はもちろん、弾速も実在する拳銃とほぼ同じ。発砲から着弾までに額を気の盾で防いだり、拳で打ち消すにはとっさの反射神経と判断力、そして動体視りょ――気は目に見えないから、ここは感知力と言うべきかしら? ともかく、その全てが人間をやめてるレベルじゃなければなしえない荒技よ。……いったいどんな生活をしていたら、おおよそ生きていくうえで必要以上な生存本能を身につけられるのかしら?」
これまで諏方自身が気にしていなかった自分の能力を指摘され、彼はしばらくうーんと困ったようにうなってしまう。
「……感知力はともかくとして、弾をよけるやり方は昔叔父から――あー、オレの母方の叔父で、姉貴の師匠でもある人からオレも教わったんだよ」
そう言ってヴェルレインと同じように、諏方も人差し指と中指を立てて銃の形に模し、それを彼女に向ける。
「銃を向けられたら、見るべきは銃口と引き金にかかった指だけ」
BANGっと、ヴェルレインの真似をしながら彼は手首をクイっと上に向けて銃を撃つような動作を見せる。もちろん、彼女のように気弾が撃たれるというような事はなかった。
「銃口を見て照準を予測し、指の動きで銃を撃たれるタイミングを計る。その二つが見えていれば、発砲する直前に身体を動かして銃弾をよけることができるってわけさ。まあ、見えない弾丸なんてもん自体来るなんて予想もできなかったから、さすがに反応速度が遅れて一発目はよけられるほどの余裕はなかったけどな」
彼はまるで当たり前のようにさらっと、銃をよけられるといった趣旨の発言を軽くしてしまう。
いくらヴェルレインが魔法使いであっても、彼の言葉があまりにも常識外れすぎるというのは理解できている。普通の人間はたとえ同じように銃口と指を見ていても、銃弾をかわすことなどできるはずもないのだ。
それを可能としているのはやはり、黒澤諏方の並外れた反射神経と動体視力によるものであろう。
「まったく……呆れるのも通り越してそろそろ笑えてきそうよ。さすがにこうも完璧に防がれると、いくら私でも自尊心が傷ついてしまうわ」
「そんな事ねえよ、ヴェルレイン。やっぱりアンタはスゲェ奴だって。気を塊にして弾丸のように撃つなんて、気のコントロールにはそれなりに自信のあるオレでもさすがにできね――」
――っと、言いかけたところで諏方は口を閉じ、何か思案するように口元に指を添えてブツブツつぶやきだした。
「……………………オレにもできっかな、その『気弾』ってやつ?」
「……………………」
場が静まり返る。ヴェルレインはもちろん、この場にいる全員が『何言ってんだ、こいつは?』っと、怪訝な視線を彼に降り注がせた。
「いや、ほら、仕組み自体は単純なもんだろ? 溜めて、放つ――原理がわかっちまえば、オレだってもしかしたら気弾が撃てるかもしんねえ……! 憧れてたんだよ。格ゲーみたいに飛び道具が撃てるようになればカッケーんじゃねえかってな……!!」
見た目はともかく年齢自体は四十代であるはずの諏方だが、時折こうして少年のような情緒を見せる事がある。おそらくは多少なりと精神が肉体に引っ張られているのだろうとヴェルレインは予測するが、だとしてもここまで少年的思考を見せられると本当に中身は中年親父なのかと思わず疑いそうになってしまう。
「――それじゃあ、いっちょやってみるか!」
諏方はボール大の空洞を包むように両手の平を合わせた構えを見せる。
「見せてやるぜ。魔力の混じらない、百パーセント天然の気で作ったオレのオリジナルの『気弾』ってやつをよッ……!!」




