第34話 決戦〜諏方VSヴェルレイン〜④
「…………気のせいかもしれませんが、シロガネさん」
「ん?」
不良と魔女の激しい攻防の最中、ふいにシャルエッテが隣の銀髪の少女に声をかける。
「スガタさん、もしかして……あのメガネのヤクザさんと闘っていた時より、強くなってませんか……?」
シャルエッテは数日前、諏方と彼のかつての友である八咫孫一との決闘に居合わせている。その時の戦闘も今と負けず劣らず苛烈ではあったが、拳の威力、そして身体中を纏う気の強さ――そのどれもがかつてよりも精度を上げているように、彼女の瞳には映っていたのだ。
「……あたしもお父さんの闘いを全部観てきたわけじゃないけど、それでもわかった事が一つだけある。多分……お父さんは誰かと闘うたびに、強くなっていってるんだと思うの」
白鐘の言葉にハッとなり、思わず息を呑むシャルエッテ。
「あたしがお父さんの闘いを初めて見たのは、不良や炎を使う執事の魔法使いがあたしをさらって、それをお父さんが助けに来たあの廃工場での闘いの時。あの時からお父さんは十分に強くはあったけど……多分、今の方が何倍も強くなっていると思う」
思い出すは、白鐘が若返った父をまだ認めきれていなかった頃――自身をさらった元クラスメートの少年に雇われた凶悪な不良たちを若返った父は瞬く間になぎ倒し、さらには人智を超えた力を持つ魔法使いをも打ち破ったのだ。
その頃からすでに諏方は、他を圧倒する大きな力を持っていたのだろう。
しかし、今目の前で魔女と拳を打ち合っている彼は間違いなく、あの時と比べて明らかに強さを増しているように娘には見えていたのだ。
「……敵と戦うたびに成長くなるって、もうそれ少年マンガの主人公じゃん?」
あまりに非現実すぎる光景に友人の発言に、進は半分呆れ気味にそうツッコむ。
「……あながち間違ってないかも、それ」
しかし、白鐘はその言葉を納得するかのようにうんうんとうなずいていた。
「主人公かどうかはともかくとして、多分お父さんは自分がした戦闘を結果に関わらずすぐに経験値に換えて、それを過程に成長していくタイプなんだと思う。相手が強ければ強いほど、その強い敵と闘った経験がお父さんをさらに強くしている……!」
若返ってはいるが、諏方の実年齢は四十ちょうど。十代から喧嘩に明け暮れていた彼は多くの強敵たちとしのぎを削り、そして若返ってからも魔法使いなどの本来交わる事のない不可思議な者たちとの闘いという得がたい経験が、黒澤諏方という存在の在り方をより高みへと至らせたのだ。
「……でも、そう考えると本当にヤバいのは――」
「――魔法使いの身で、諏方さんの拳と互角に打ち合えているヴェルレイン様……ですね?」
話を静かに聞いていたフィルエッテが白鐘に目線を合わせ、彼女も振り向いて互いにうなずき合う。
「あたしの見てきた限り、今までの魔法使いたちは肉弾戦とか、特にそういうのが得意そうな人は一人もいなかった。だからああやって魔法を使わずに殴り合うことができる魔法使いがいた事にもびっくりだし、何より――お父さんと拳で互角に闘えてるんだもの……魔女って、本当にすごい魔法使いなんだね」
「……そうですね。こう言うと少し怒られるかもしれませんが……どのような目的であれ、他者の命を奪うあの方のやり方は決して許されるものではないとわかっています。ですが――」
フィルエッテは諏方だけにでなく、彼と対峙する本来憎むべき魔女にも熱い視線を注いだ。
「自らの足で魔法使いの最高到達点である魔女の域に達し、さらには得意領域の外をも挑んだあの方を――ワタシは一人の魔法使いとして、尊敬しています」
フィルエッテはかつて魔女の策略によって操られ、愛する妹弟子と戦わせられる事になってしまった。
そんな過去があっても魔法使いとしてフィルエッテは、ヴェルレインへの尊敬の念が消える事はなかった。たとえ彼女がどれほどの大罪人であろうと、魔女に至ったその鮮やかなまでの魔法技術は、本物であるのだから――。
「そっか……なら、逆に考えれば――」
一拍置き、白鐘は再び父へと向けて顔を上げながら――、
「――そんなにすごい魔女と闘えてるんだから、お父さんもすごいって事だよね?」
――その表情は、心の底から嬉しげなものであった。
「……そうですね。間違いなく、諏方さんは素晴らしい方です……!」
フィルエッテもまた、誇らしげな笑みを浮かべて再度尊敬する二人の闘いの行方を見守る。
「お父さん……」
白鐘の瞳に映る父の闘う姿は、実に愉しげなものであった。
怖い――という気持ちがないわけではない。
血みどろの中で嗤いながら拳を振るう父に恐怖し、父の敗北るかもしれない未来に恐怖する。
それでも――彼女が目を逸らす事なく父の闘いを見守れるのは、根底にある父への『誰が相手でも勝利できる』という厚い信頼があるからこそであった。
「帰ったらお父さんの大好物、作ってあげるからね……!」
――もう、祈るように手は握らない。
たとえどのような結末を迎える事になっても、父の手を取って帰るのだと――強い想いを胸に秘めながら、白鐘は改めて覚悟を決め、父の闘いを静かに見守るのであった。
◯
「ハァ……ハァ……」
「フゥ……フゥ……」
黒澤諏方とヴェルレイン・アンダースカイの決闘が開始してからわずか十分。二人の顔や身体中には傷やアザ、その他所々が腫れ上がっており、もうすでに満身創痍の様相を見せていた。
――だが、二人の瞳に宿る闘志は未だ霞んですらいない。
「……へ、ここらでちょいと一休み――なんて、つまんねえことは言わねえよな、ヴェルレイン?」
「……冗談。あなたこそ、疲れたから休憩しますだなんてほざいたら、その時こそ容赦なく殺してあげるわ?」
ダメージと疲労で、両者の声にわずかではあるがかすれが見られる。しかし、あふれ出る闘気は弱まるどころか、ぶつかり合うたびより強く研ぎ澄まされるのであった。
「……とは言っても、殴り合うだけというのもいささか単調ね。ここで少し、闘いの内容に趣向を凝らしてみようかしら」
ヴェルレインはおもむろに右手の人差し指と中指をまっすぐに立てて、指先を前方にいる諏方にへと向ける。
「……っ? 何をするつもりだ?」
「私なりに気のコントロールについて、少し工夫を加えてみたの」
諏方はそこで、ヴェルレインの気の流れの変化に気づく。彼女が自身に向けた二本の指先――その先端に、彼女の気が集約していくのだ。
そして――、
「BANG――」
手が軽く弾かれるような動作と同時に、指先に集まった小さな気の塊がまるで弾丸のように、諏方目がけて撃ち放たれた。
「ぐッ――⁉︎」
目に見えぬ弾丸は諏方の額を狙い、着弾したのか彼の頭が大きくのけぞってしまった。
「「「なっ――⁉︎」」」
観戦者たちにどよめきが疾る。彼ののけぞり方は本当に銃で撃たれたかのようで、額からは血しぶきが天へと向けて舞っていた。
ヴェルレインの放った『気の弾丸』――その威力は五十口径マグナムとほぼ同等であり、頭部にくらえば頭蓋ごと脳髄を飛び散らせるには十分な破壊力であった。
だが――、
「つー……! さすがに今のは死ぬかと思ったぜぇ……!」
額から血は流れているものの、諏方の様子からしてそれ以上の損傷は特に見られなかった。
「……額に気を集中して、私の気の弾丸の直撃を防いだ――ってところかしら?」
「その通りだ。これが普通の鉛弾だったらいくら気でも防ぎようはなかったけどよ、気で作った弾丸なら気で防げるんじゃねえかと思って、とっさに額に気を練ったのさ」
得意げに笑みを浮かべる諏方に、しかしヴェルレインは未だ余裕を崩さない。
「そう。まあ、あなたが相手だもの。もうよほどの事じゃ驚かないわ。それに――」
彼女は先ほどの指の構えを、今度は両手で諏方に向けた。
「おいおい……まさか……?」
「誰が一発しか撃てない――だなんて言ったかしら?」
ヴェルレインの両手の指先に、先ほどと同じように気が溜まっていく。それはまさに、二丁の拳銃に銃弾が込められるかのようであった。
「あなたの気で、私の気の弾丸――言いやすいように『気弾』と称しておくわね――にどこまで耐えられるか、試してあげる」
ニコリとした笑みを浮かべて、ヴェルレインは気弾を諏方に向けてさらに撃ち放たれようとしていたのだった。




