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あたしのパパは高校二年生  作者: 聖場陸
日傘の魔女編
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第33話 決戦〜諏方VSヴェルレイン〜③

 ――十発、拳がぶつかり合った。


 まだたったの十発ではあるが、()()()()()()二人の拳はすでに先ほどの三百発以上の影響(はかい)を周囲にもたらしていた。




「オラアアアアアアアッッッッ――!」


「ハァァァァアアアアッッッッ――!」




 諏方とヴェルレインの拳の衝突の余波はあまりにも激しく、気づけば憩いの場であった丘の上にある広場はまるで荒野の如く荒地へと姿を変えてしまっていた。


「そ、総支部長……なんなんですか、あの二人は……殴り合ってるだけでこの風圧、もう自然災害レベルですよ⁉︎」


 境界警察たちはイフレイルとウィンディーナの結界魔法の内側にいるものの、諏方とヴェルレインから放たれる気の嵐は容易に結界を貫通し、今にも彼らの身体を吹き飛ばさんとしていた。


「チィッ……仕方あるまい。ウィンディーナ! 結界の強度を限界まで引き上げろ! 他に手が空いてる連中は結界の内側からさらに結界を張れ! 完全防御体制でいくぞッ!」


 イフレイルの指示とともに、冷静さを失っていた彼の部下たちは一斉に結界魔法を展開する。何重もの結界が張られた事で、ようやく諏方たちの気の放出にギリギリ耐えられるようになったのだ。


「シャル、ワタシたちも結界を張るわよ」


「もちろんです!」


 フィルエッテとシャルエッテは共に他の境界警察たちと同じように結界魔法を展開し、複数の結界が幾重にも重なって一個の巨大な結界が形成される。


「キャッあ⁉︎ これだけ大きな結界でも気を抜いたら身体が吹っ飛んじゃいそうです……!」


「くっ……白鐘さん、進さん! 気の圧に飛ばされないよう、なんとかふんばってください!」


「ひええ! こんなんもう怪獣大決戦じゃん⁉︎」


「お父さん……」


 嵐のような気の圧に耐えながら、少女たちはそれぞれ諏方の闘う姿を目に焼きつけるのであった。




   ◯




 ――先に仕掛けたのは諏方からであった。


 彼は単調であった拳の動きに変化をつけ、右腕を大振りにヴェルレインのこめかみに向けてムチのようにしなやかに放つ。




 ――右フックね――。




 ヴェルレインの眼はその動きを捉え、即座に左手で彼の腕を弾こうとする。


 しかし――、






「――――ガハッ⁉︎」






 疾る激痛――右フックによるものではない。




 痛むのは――腹部であった。




 視界の外にあった諏方の左腕が、ヴェルレインのお腹に向けて拳を振り上げたのだ。


 右フックは(フェイント)――諏方はわざと目立つ動きを見せ、彼女の意識を右腕に向けさせる事で、左のアッパーを見事に彼女に命中させたのだ。




 だが――、




「ハァァァァッッッッ――――!!!!」






 彼女は腹部の痛みに耐えながら防御に回していた左手を握りしめ、彼の右頬を全力で殴り飛ばしたのだ。


「ガッ⁉︎ ……ハッ……!」


 諏方とヴェルレインは共に互いの一撃で大きく血を吐き出す。口から顎にかけて血が垂れ流れ、口元は紅く染まっていった。


 気を抜けばすぐさま失神しかねないほどの激痛。だが――それがどうしたと言わんばかりに、二人の瞳から闘志は消えていない。




「ラァッ――!」




 ふらついた状態の諏方は体勢を立て直すと同時に、左腕を振り上げて今度はヴェルレインの頬を容赦なく殴る。




「ぐっ……ダァッ――!!」




 吹っ飛びかねないほどの威力の拳をふんばり、間髪入れずにヴェルレインは左拳で諏方の腹を殴り上げる。




 まるで攻守を交互に入れ替えるように、一撃を入れては反撃されるを二人はひたすらにくり返した。


 顔面、腹部、肩、腋――あらゆる箇所に拳が直撃し、そのたびに傷や吐血などで周囲に紅い血が飛び散っていく。




 ――それでも二人は拳を止めなかった。




 常人ならば、一発で肉体(からだ)が壊れてもおかしくない一撃を何度も何度も受けてなお、倒れる気配を一切見せない。


 どころか、殴り合うたびに拳の精度はより高まり、放つ一撃はさらに重くなっていった。




「ハァ……ハァ……」


「ゼェ……ゼェ……」




 ダメージが蓄積し、さすがに二人の呼吸にも乱れが(しょう)じ始めた。






「……………………ハハ」




「……………………フフ」






 ――――(わら)っていた。






 心の底から(たの)しそうに、二人は拳を振るいながら嗤っていたのだ。




「ずいぶんと楽しそうじゃねえか、ヴェルレイン・アンダースカイッ!!」


「それ、アンタが言う? 黒澤諏方ッ!!」




 ――気はただ単純に、肉体を強化するエネルギーではない。身体がセーブしている力を無理やり掘り起こし、強制的に覚醒(めざ)めさせているのだ。


 当然、その負荷は肉体に直接かかる。鍛えていない人間が無理やり気を使うようなことをすれば、まず一ヶ月は動けなくなるであろう。


 それを二人はまるでものともしないように自由に動いていた。当たり前ではあるが、彼らの肉体はすでに限界で悲鳴を上げている状態である。


 だが二人は、その痛みを意識から外している――正確に言えば、痛みを感じている事すら二人は気づいていない。




 それほどに愉しいのだ――血をどれだけ吐き出そうとかまわない。


 ただ目の前の相手に勝つ――それだけを、それだけが今の二人の思考を埋める全てであった。




「オラァッ――!!」


「ハァッ――!!」




 互いの顔面に拳が振り下ろされ、またも地面を血しぶきで紅に染め上げる。


 男女である事も、今の二人には関係ない。そんな事を意識する余裕など、今の二人は通り過ぎているのだ。




 ――――




 観客たちは(みな)、目の前で繰り広げられる血しぶき舞う壮絶な死闘に言葉を失っていた。


 両者から放たれる暴風雨のような気はさらに激しさが増していたが、それが気にならなくなってしまうほどに二人の闘いに皆は魅入(みい)ってしまっていたのだ。




「これが……これが人間と魔法使いの闘いだとでも言うのか……⁉︎」




 そう口にするのは、生粋(きっすい)の魔法使いであるイフレイル。






 ――魔法使いの闘いとは、遠距離での魔法の撃ち合いを基本としている。






 まれに近接戦を得意とする魔法使いもいないわけではないが、それでもこれほどに血みどろで泥くさい闘い方をする魔法使いなど、少なくともイフレイルの常識の中ではありえない存在であった。


「気という存在におれはまだくわしくはないが……あの魔女はまるで息をするように自然な流れで魔力を気に変換している。さらにあの近接戦闘技術……いくら格闘技の素人のおれでも、あれが一朝一夕で身につくものではない事ぐらいわかる。……魔法使いの身であの域に到達するのに、どれほどの歳月をかけたというんだ……!」


 イフレイルはヴェルレインの底知れなさを改めて痛感させられてしまう。


 彼女は才能だけで魔女に至ったのではない。その裏で途方もない時間をかけて、想像もしえないほどの厳しい鍛錬を重ね、魔法はもちろんあらゆる技術を高めてきたのだろう。


「ただの魔法使いではどうあがいても魔女にはかなわない……だが、あの男は魔法も使わず、魔女の魔力量に匹敵しえる膨大な気とケンカ術だけであの女と対等に渡り合えていやがる……!」




 決して認めたくはなかった――今の自分では、あの二人には絶対に勝てないのだと。




 魔女なら諦めきれる。だが、保護すべき対象であれ、魔法技術を持たない時点で決して対等ではないはずの人間にすら勝てないという現実を目の前に突きつけられ、イフレイルは震える拳を血がにじみ出そうなほどに強く握りしめる。




「バケモノ…………くっ、バケモノどもめがッ……!」




 途方もない闘争を呆然と眺める境界警察たちの中でただ一人、彼は明確にくやしいという感情を表情(かお)にあらわすのであった。




 ――――




「ペッ……」

「プッ……」


 少しだけ二人は呼吸を落ち着かせ、口の中に溜まっていた血を地面に吐き捨てる。




「テメェ、まだ力出し切ってねえだろ?」


「あなたがそれを言う? 最初から全力を出し切ってスタミナ負けだなんて、みっともない結末はあなたも嫌でしょ?」




 たしかに二人は本気の力を出し始めた。だが、それを全て吐き出すのはまた別の話。すぐに決着がついてしまうのは二人の本意ではなく、まだまだ体内に滞留した気は十分に残っている。




「それじゃあ――」

「ええ――」




 二人は滞留した気をさらに吐き出す。確実に身体に疲労はたまっているのに放出した気は弱まるどころか、さらに大きく嵐を吹かせるほど激しさを増していくのだった。




「まだまだバテてくれるなよ、魔女?」


「あなたこそ、まだ限界を迎えないでね、不良……!」

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