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あたしのパパは高校二年生  作者: 聖場陸
日傘の魔女編
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第32話 決戦〜諏方VSヴェルレイン〜②

 ――すでに百発、二百発と、諏方とヴェルレインは拳をぶつけ合っていた。


 その(かん)、互いにダメージはなし。呼吸もほとんど正常なままではあったが、三百発を超えたあたりでピタッ――と二人は共に拳を止めてしまった。


 二人は真剣な表情でしばらく睨み合っていたが、ふとどちらともなくクスッと笑い出す。




「お互い、ウォーミングアップはこんなところか?」


「そうね。これだけ身体を動かしたのは初めてだけど、存外に悪くないわね」




「ウォーミングアップ言うと思った」

「思いました!」

「思いましたね」

「アンタらわかり手すぎるだろ⁉︎ 推しを遠くから腕組みして見守るおじさんかよ!」




 総支部長と副支部長を除く境界警察たちがまだ本気を出してすらいなかった二人を前にして唖然としてる中、逆にやっぱりねと言わんばかりに納得した表情で頷いている三人の少女たちに、進は思わず激しめのツッコミを入れてしまった。


 そんな観戦者(ギャラリー)たちの様子にも意を介さず、諏方とヴェルレインは不敵な笑みで互いを見つめ合う。


「今のウォーミングアップで、今まで頭の中で想像(シミュレート)しかできなかった近接戦の闘い方がだいぶ腕に馴染んできた。それと同時に、あなたの力量もある程度は見えてきた……」


「……おいおい、まさか『この程度なら本気を出すまでもないわね』なんて、つまんねえことは言わねえよな?」


「逆よ――認めるのは魔女である私としては非常に腹立たしくもあるのだけど……」


 ――空気が変わった。これまで以上に心臓を圧迫するような緊張感が、広場全体を支配する。






「あなたが相手なら、私も本気を出さざるを得ない――ってこと」






 魔女を纏う気がこれまでとは比較にならないほどに強大なものへと変わり、その場にいる全員が戦慄する。


 ――ただ一人、心の底から楽しそうに(わら)っている黒澤諏方を除いて――。




「よかった。別に不安になってたとかじゃねえけどよ、やっぱりアンタとなら()()で楽しめそうだ」



 息を吸い、体内で気を練り上げ、放出する。その量は、ヴェルレインとほぼ同等であった。






「全力で楽しもうぜ、ヴェルレイン・アンダースカイ。ここからが――本番だッ!」




   ◯




 ウィンディーナ副支部長は、ある日尋ねる――。




『日傘の魔女が本格的に動き出した今こそ、彼女の身柄を確保するために捜査部隊を再編成するべきではないでしょうか?』




 タバコをくわえながら一人モニターを眺めていたイフレイルは、側近である彼女の提案に呆れるような視線を送る。


『本気で言っているのか、それは?』


 その返答は彼女にとってあまりにも予想外であり、思わず言葉が詰まってしまった。


『……やはり君は若いな。長官(おや)のコネも多少影響はあれど、その年齢でほぼ実力で副支部長にまでのし上がったのは評するべきだが、少し社会というものを知らないでいる』


『……とりあえずバカにされてるのだけは理解しました。で、何が言いたいのですか、総支部長?』


 イフレイルはため息を吐くようにタバコの煙を吐き出し、灰皿の上にトントンと灰を落とす。




境界警察(われわれ)は最初から魔女の確保は諦めているのだよ』




 その言葉に、ウィンディーナは一瞬めまいで倒れそうになった。


『な……S(クラス)魔法犯罪者でもある魔女を確保するのは我々境界警察にとって命題の一つであるはずです⁉︎ ……たしかに我々と魔女の実力差はあまりにも大きく開きすぎてはいますが、だからといって諦めるだなんて――』


『――我々の仕事は魔女の被害を最小限に抑える事の一点のみ。我々が魔女を確保するという体制でいるのは、あくまで対外的な姿勢(パフォーマンス)を他の魔法使いたちに見せるためにすぎない』


 あくまで境界警察としての(メンツ)を保つため――魔女の確保は最初から諦めているという事実を、ウィンディーナはなかなか飲み込めずにいた。




『この事は……お父様もご承知なのですか……?』


『…………』




 その問いを、イフレイルは答えることができないでいた。


『……納得するかどうかは君の自由だが、これだけは覚えておくといい。捕まえるだの倒すだの、魔女(アレ)はそういう領域にいる存在ではない。境界警察が百年苦しめられた先の戦争を、五人の魔女たちは()()()()()で終わらせたのだ』


『っ……!』


 第一次魔女大戦――百年続いたこの戦争は、たった五人の魔女たちによって一日で終戦した。


 当時、ウィンディーナは幼かったためにまだ境界警察には所属していなかったが、戦争の内容は彼女もよく知っていた。




『いくら魔法使いのエリートを集めた境界警察でも、魔女一人打倒することなど不可能だ。……もし、あの規格外の魔女を倒す者がいるのだとすれば、それは――』




   ◯




 黒澤白鐘は、ある日尋ねる――。




『お父さん……ううん、お父さんたち三巨頭って呼ばれた不良たちは、どれだけ強かったんですか?』




 人々が寝静まる深夜すぎ、ヤクザ組織『青龍会』本部である蒼龍寺邸の一階の庭先にある縁側にて、たまたま起きていた白鐘は同じくたまたま起きていた叔母である青葉にそう問うた。


 その日は黒澤諏方と八咫孫一が青龍会次期会長候補を巡って決闘した日。圧倒的な力を持った()()()同士の闘いに白鐘は魅せられ、父と肩を並べた『三巨頭』という存在に彼女は今まで以上に強く興味を抱いたのだ。


『うーん……その頃は私もまだ子供だったからあんまり詳しくはないんだけど、何千人といた不良たちの中で選ばれたたったの三人だから、やっぱり他の不良たちと比べても別格の強さはあったんじゃないかな?』


 二人は共に水で渇いた喉を潤しながら、空に爛々と輝く月を見つめていた。


『私が知ってる数少ないエピソードなんだけどね、三巨頭の不良たち三人がある日、刀を持った百人以上のヤクザに囲まれた事があるの。でも、三人はほとんど無傷でヤクザたち全員を倒したそうなのよ?』


『え! たった三人で百人以上のヤクザを……⁉︎』


 青葉の語ったエピソードに白鐘もさすがに驚きを隠せず、彼女は父の恐ろしいほどの強さを改めて思い知らされた。


『葵司お兄ちゃんも、茜さんも――そしてあなたのお父さんもみんな、私たちの理解を超えた強さを持っていた。これからもどんな敵が来ようときっと諏方さんなら倒せるだろうし、あなたを守り続けてくれるはずよ?』


『っ……』


 尊敬する担任であり、大好きな叔母である青葉からそのように父を褒められ、白鐘は恥ずかしそうに少し頬を染めている。


『……でも、今日はちょっとだけ怖かったんです。あの八咫孫一さんって人は本当に強かった。あの人相手なら、お父さんが負ける可能性もあったかもしれないって……』


 今まで父なら誰が相手でも勝てると娘ながら自信を持っていた白鐘ではあったが、今日の決闘を見てその自信がわずかながらにゆらいだ事が、どうやら思っていた以上に彼女の心に来ていたらしい。


 そんな不安げな姪っ子の表情を見て、青葉も安易な慰めの言葉は口にできなかった。




『そうね……もし、あなたのお父さんを倒せる人がこの世にいるのだとしたら、それは――』




   ◯




『『――それは、同じぐらい規格外(デタラメ)な存在以外に、ありえない……!』』




   ◯




 地響き――いや、もはや地震と呼称した方が正しいと思えてしまうほどに、諏方(不良)ヴェルレイン(魔女)の殴り合いはさらに大地を激しくゆらした。




「オラアアアアアアアッッッッ――!」


「ハァァァァアアアアッッッッ――!」




 雄叫(おたけ)びとともに放たれる二人の拳。


 拳同士がぶつかると同時に爆発のような衝撃が起こり、地面や周りに生い茂る木々を抉っていく。


 ――たった一撃の拳は、周囲の景色を今まで以上に一変するほどの威力を備わっていたのだ。




「「あれが、規格外の……」」




 自然と声を揃えたのは、白鐘とウィンディーナの二人。


 驚愕を宿す二人の視線は、白鐘は諏方にではなくヴェルレインに、ウィンディーナはヴェルレインにではなく諏方に向いていた。


「規格外の……魔法使い(バケモノ)!」

「規格外の……不良(バケモノ)




 それぞれを倒しえるかもしれない二人の規格外(バケモノ)同士の本気が今、より激しくぶつかり合おうとしていた――。

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