第31話 決戦〜諏方VSヴェルレイン〜①
城山市、そして桑扶市を本日何度目かの揺れが襲う――。
「まーた地震っすねー。地震関連のニュースがまだ流れてこないって事は、やっぱり局所的地震ってやつなんすかね?」
タバコの煙漂う茶色を基調としたモダンな洋室。中心に座るは丸メガネをかけた無精髭の一人の中年男性。
その斜め向かいの机にもう一人、茶髪の若い青年が部屋の隅に置かれたテレビを眺めながら、地震に対してそれほど臆する様子も見せずに呑気な口調でそうつぶやいた。
「さっき一瞬だけ停電にもなりましたけど、それもここらへんだけっぽいですし……もしかして、この土地って呪われたりでもしてんすかねー?」
「……ふむ、ちょうど心霊スポット特集を組む予定の雑誌企画があるんだけど、ここら一帯のいわくつきの場所でも巡ってみるかい?」
タバコの煙を吐き出し、コーヒーをひとすすりする丸メガネの中年男性は穏やかな見た目とは裏腹に、なかなかに物騒な提案を口にした。
「うえっ……勘弁してくださいよ、先輩。いくらフリーのカメラマンだからって、心霊写真は専門外じゃないっすか、ウチら」
青年の言う通り、彼らはフリーのカメラマンであった。事務所であろう洋室の周りの壁には景色や人など、様々なジャンルの写真が飾られており、その腕前を証明するかのように写真と並んで額縁に入った賞状も何枚か見受けられた。
「桑扶市と城山市……この二つの町には昔から不可思議な現象が多く見られているからねぇ。それにともなって、語られる都市伝説も数多く残っているから、オカルト方面の話題なら事欠かないよ?」
「だからそういうホラーは勘弁してくださいって……そういえば都市伝説で思い出しましたけど、先輩って『中央高速の決闘』の目撃者だって昔言ってましたよね? あれもたしか、実際には局所的地震が原因なんでしたよね――って、うおお⁉︎ また一段とデカい揺れが来ましたね……⁉︎」
今日起きた中でも大きめの揺れに、先ほどまで平気そうにしていた茶髪の青年もさすがに自然と身構えてしまっていた。逆に丸メガネの男性の方は変わらず落ち着いており、優雅にコーヒーをさらに一口すすった。
「局所的地震なんかじゃないよ。あれは間違いなく――伝説の決闘だった」
まるで昔を懐かしむように丸メガネの男性は語るが、しかし後輩である青年は呆れるような視線を彼に送った。
「冗談キツいっすよ、先輩。仮に先輩が本当に『中央高速の決闘』の目撃者だとしたら、カメラだけには熱心な先輩が、その決闘を写真に残さないわけがないじゃないっすか? だいたい、不良同士のケンカで道路が真っ二つに割れるってのがそもそもおかしな話なんすよ。そんなんもうバケモン同士が戦ってるようなもんじゃないっすか?」
「…………」
丸メガネの男性はしばらく無言でコーヒーをすする。遠くを見つめるような視線の先に、果たして彼は何を見ているのだろうか――。
「……まあ、あの頃は僕もいろいろあったからねぇ。それに、君の言ったこともあながち間違いじゃないかもしれないよ?」
「え? どういうことっすか?」
首を傾げる後輩の様子がおかしかったのか、丸メガネの男性クスッと小さく笑い、机に置かれた灰皿にタバコの火を押し潰しながら、消えゆく煙を目を細めて見つめる。
「あれは間違いなく――化け物同士の闘いだったよ」
◯
――まるで台風が訪れたかのように、山の木々が激しく揺さぶられていた。
雨はない――。
風もない――。
ただ、不良と魔女――二人の決闘者同士の拳のぶつかり合いが、周囲一帯の空間を揺れ動かしていたのだ。
「ラァッ――!!」
「ハァッ――!!」
諏方とヴェルレイン――二人の異なる種族たちが互いに拳と拳をぶつけ合っていた。
拳同士が衝突するたびに周囲に振動を起こし、徐々に広場の地面がエグれていく。
――だがそれでも、二人をよく知る者たちが予想していたよりは静かな立ち上がりとなった。
互いの拳の威力は互角であり、拳同士の衝突によるダメージも相殺されている。周りの木々やベンチなどの設置物が気の圧によって少しずつ破壊されていくも、その中心部にいる二人は傷一つ付かないという、まさに彼らを中心に台風のような現象が起こっていたのであった。
――――
「あ、あのう……総支部長?」
目の前の闘いにほとんどの境界警察のメンバーたちが呆然とする中、イフレイルの部下の一人が恐る恐る上司に声をかける。
「日傘の魔女は現在日傘を手放している状態であり、意識も目の前の黒澤諏方に集中しています。……今なら、我々でも隙を突いて魔女を拘束することが可能なのではないでしょうか?」
「…………」
イフレイルはすぐには答えず、しばらく諏方とヴェルレインの戦闘を見つめた後、呆れるようにため息を吐き出した。
「やれると思うのならやってみるがいい。……十中八九、殺されるだろうがな」
「日傘の魔女に……ですか?」
「両方に――だよ」
複雑げな表情で告げるその一言に戦慄し、部下は顔を青ざめる。
「な、なぜですか⁉︎ あの男も魔女を倒すという点では、我々と目的が一致しているはずではないのですか⁉︎」
「今の黒澤諏方に――いや、今のあの二人の視界に我々など映ってはいまいよ。……あの二人にとって、今最も重要な事は目の前の相手を自分の手で倒す事だけ。それを邪魔だてなどしてみろ。間違いなく、二人から同時に殴り殺されるだろうさ……」
「そ、そんな理不尽な……」
がっくりとうなだれる部下にしかし、イフレイルも気を回す余裕などない。
「…………化け物どもめがッ!」
この場において結界を張る以外に何もできない悔しさに拳を振るわせる境界警察総支部長。しかし彼はそれでも二人の化け物の闘いから目を逸らさず、まっすぐに見つめる。
「……情けない話だが、もはや今の我々はあの二人の決闘に介入する領域にいない。ただ託すしかないのだよ。人間が魔女に勝利する事をな……!」
――――
そんな彼らの会話もやはり、諏方とヴェルレインにはとうに届いていない。
目の前にいる相手を殴る――ただその一点に、二人は意識を集中していた。
恐るべきは、ぶつかり合う衝撃の余波だけで周囲が破壊されていくほどの威力の拳を間断なく放つ二人の息に、一切の乱れが見られないという事実だった。
つまりは――、
「――手を抜いてるわね、あの二人」
闘いを静かに見守っていた白鐘が、ポツリとそう零す。
「あ、やっぱりそうですよね! スガタさんにしてはパンチの威力が明らかに弱いと思いましたもん!」
「いやいや! あれで手抜いてるって、どう考えてもおかしいでしょ⁉︎」
白鐘とシャルエッテの、まるで日常会話のような自然なトーンでのやり取りに、進は我慢ならずツッコミを入れてしまった。
彼女に指摘されて二人は互いを見合わし、難しそうな顔をしながら首をひねる。
「前回の八咫という方との闘いが激しすぎたせいで、ワタシたちの目が肥えてしまったのかもしれませんね」
そう冷静に分析するは、白鐘たちと同じく諏方と孫一の決闘を目にしたフィルエッテであった。
「あの二人の闘いも同様に、静かな立ち上がりから始まりました。今回もおそらく、まずは相手の力量を測るために二人とも軽い攻撃で様子を見ているのでしょう」
「いやいや、明らか木とか吹っ飛んでる殴り合いを『静かな立ち上がり』って表現すんのおかしいでしょ……」
もはやツッコむのにも疲れてげっそりとする進。
――だが、この殴り合いが本当に『静かな立ち上がり』であったのだという事実を、この後観戦者たちは思い知らされる事になる。