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あたしのパパは高校二年生  作者: 聖場陸
日傘の魔女編
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第30話 決戦前③

 ――ヴェルレイン・アンダースカイがその喧嘩(けっとう)を目撃したのは偶然であった。




 極東の島国に魔女の宝玉(レーヴァテイン)が封印されている可能性があると情報をつかんだ彼女は天地逆転魔法あまちさかずきのまほう発動のため、魔力収集に取り掛かり始めた頃だった。狭間山という人間界でも異質めいた山に拠点を張り、なんとはなしに街を見下ろしていた時、一点を集中的に大気が大きく乱れるのを感じた。


『何よ……あれ……?』


 魔法を使えない人間は自分たちに比べて劣等種である――多くの魔法使いがその見解を持ち、魔女であるヴェルレインも例外ではなかった。


 だが、遠見の魔法で映るその先で見たものは、なんの道具も使わずに素手のみのぶつかり合いでコンクリートを真っ二つにする二人の人間(れっとうしゅ)の姿であった。


 銀髪の特攻服の少年と、オールバックの青コートの少年――たった二人の人間の拳のぶつかり合いで、彼らの立つ高速道路が割れるその光景を、彼女はその目に焼き付けた。


 二人の少年は共に鬼気迫った表情でぶつかり合っている。彼らが何を思い、その拳を交わせているかはわからない。


 だがこの一日で、魔女は人間は無力であるという常識(あたりまえ)を覆された。


 ――同時に、彼らの闘争(ケンカ)を魔女は美しいものであると魅入られてしまったのだ。


 だが、胸高鳴る感情の裏で、彼女はある危機を感じ取った。




 ――もし、魔女(じぶん)に対抗できる存在がいるとするならば、彼らのような()()の外に在る者たちこそが、そういう存在ではないのだろうか――。




 以前の自分であれば、何を馬鹿なと一蹴(いっしゅう)するような戯言(たわごと)であっただろう。


 だが――魔女は自身の勘の良さに関して絶対の自信を持っていた。


『…………近接戦闘……会得(えとく)すれば、そこから新たに学べる事もあるかもしれないわね……』


 魔女は己が目に映る二人に全ての神経を注ぐ。


 ――(のち)に『中央高速の決闘もくげきしゃのいないたたかい』と呼ばれる都市伝説を、彼女はその結末まで見届けるのであった。




   ◯




「…………見()れてしまったのよ、あなたたち二人の――不良の決闘(たたかい)にね」




 少し恥ずかしげに顔を赤くしながら、ヴェルレインはため息混じりに当時の心境(ほんね)を口にした。


「……………………」


「ちょっと! 何か一言ぐらい返しなさいよ! 私一人だけ語ってて恥ずかしいじゃない⁉︎」


「うるせえ! あまりにも予想外のことばっか言われて頭が追いついてねえんだよ⁉︎」


 実際、諏方はヴェルレインの口から『中央高速の決闘』について言及されるとはまったく思わず、さらには葵司の名が出たり、あの決闘を彼女が『見惚れた』と普段の彼女からはまず想像もできなかった少女のような恥ずかしげな表情で語ったりなどと――もはやそれらの情報を今の彼の頭では整理するのにどうしても時間がかかってしまうのであった。


 ――だが不思議と、あの決闘に対して賛辞にも似た言葉を贈られた事は悪い気分ではなかった。


 あの決闘そのものには、諏方は未だ複雑な感情を胸に残している。それでもあの闘いを『見惚れた』と言ってくれる誰かがいるだけでも、あの闘いに確かな意味はあったのだと、少しだけ胸が軽くなったような気がするのだ。


「……だけど同時に、私はある危機感も抱いた。もし、魔法使いとして頂点(いただき)に位置する魔女の私に脅威となる存在がいるのだとすれば……それはあなたのような常人としての域を超えた人間であるのかもしれない――とね」


「……だから鍛えたのか? 魔法使いじゃない俺みたいな相手も想定して」


「言ったでしょ? あらゆる戦いを想定し、万全を(きっ)する――それでこそ、魔女たりえるものなのよ」


 ヴェルレインはまるで簡単な事のように言うが、気をコントロールする難しさは諏方が誰よりもわかっていた。魔女として魔法の技術を極めながら、ほとんど敵にする事もないであろう人間相手をも想定して、気や近接戦闘術まで鍛えたという彼女の姿勢に、諏方は心の中で感服する。


「……みんなテメェのことを『魔女』だっつって特別視してっから、てっきり天才肌だと思ってたがよ、どうやら――その認識は改めなきゃいけねえみてぇだな」


「っ……?」


 目の前に立つ少年の言葉の意図(いと)がつかめず、ヴェルレインは怪訝(けげん)な瞳で彼を見つめる。


 諏方はなぜか少し恥ずかしそうに頰をかいて一呼吸置き、視線をまっすぐに向けて彼女の瞳を見つめ返す。


「ヴェルレイン……俺はテメェが何を目的にしていたかはわからねえし、どんな理由だろうと俺の家族を傷つけた事は絶対に許さねえ。だけど――」


 一陣の風が吹く。気の影響による荒れた風ではなく、穏やかなそよ風が諏方の銀色の髪を優しくなびかせた。




「テメェが鍛えるためにやってきたその努力を――俺は尊敬する」




「…………なっ⁉︎」


 ヴェルレインは目を見開き、呆然とする。今度は彼女にとってまったくの予想外であった『尊敬』という言葉が彼の口から出てきて驚き、しばらく思考が真っ白になってしまったのだ。


「だから――勝手ながら俺も、その努力に応えなきゃだな」


 スゥーっと空気を、身体の内側に静かに取り込む。




 そして――、諏方を中心として大きく爆風が吹き荒れた。




 先ほどのヴェルレインと同じく、諏方は身体の内側で練り上げ気を一気に解き放ったのだ。


「…………フン」


 彼に呼応するように、ヴェルレインも再び身体の内側にある気を放つ。


 放出された二つの気がぶつかり合い、まるで暴風のように周囲の木々をちぎれんばかりに激しくゆらした。その中心に立つ二人は何も言葉を発さず、ただお互いに真剣な瞳で見つめ合っている。


 少しして、一度互いに呼吸を落ち着けるために気を静め、荒れた風も(おさま)った。




 ――まるで嵐の前の静けさのように、静寂な空気に喉がひりつくような緊張が流れる。




「イフレイル! ウィンディーナさん!」


 ふいに諏方が、後方に立つ二人の魔法使いたちに声をかけ――、




「――四人を頼んだ」




 それだけを告げ、再び意識を目の前の魔女へと向き直した。


「……クソ銀髪チビが、やはりオレは呼び捨てか……!」


「総支部長!」


「わかっている!」


 二人は一斉に地面に手を当てると、彼らや他の境界警察のメンバー、そして白鐘たち四人の少女全員を囲むように、魔女の『蟻地獄の結界』の内側に防御用の結界が張られた。


「そ、総支部長……これは……⁉︎」


「死にたくなければじっとしていろ。……おそらく、先ほどの突風のような気のぶつかり合いが可愛く思えるほどに――吹き荒れるぞ……!」


 今は落ち着いている状態だというのに、それでも対峙する諏方とヴェルレインの二人から放たれる威圧感に、イフレイルはゴクリと喉を鳴らす。




「いよいよ始まるのですね……二人の闘いが……!」




 自分が戦った時以上の緊張に、シャルエッテは(ケリュケイオン)を握りしめる手が少し震えていた。


「アタシ、諏方おじさんが今まで戦ったの一回しか見た事ないけど、正直あのチート魔女に勝てるビジョンが見えねえよ……」


 先ほどの圧倒的なまでの力を見せつけた魔女を目にした進は、不安げな声を隠せないでいた。


「……それでも、この中でヴェルレイン様に勝てる可能性があるのはもう諏方さんしかいません……信じましょう、あの方を……!」


 勝てるという確信はなくとも、それでも諏方への強い信頼の言葉を口にするフィルエッテ。




「お父さん……負けないで……!」




 白い特攻服を身に纏った父の背中を見つめながら、白鐘は神に祈るように小さく両手を握る。


 四人の少女たちはそれぞれ切なる思いを胸に、たった一人で魔女へと挑む男の背中を静かに見つめるのであった。






「――それじゃあ、そろそろ始めようぜ」






 一歩、諏方は前に出る。




「お互い悔いのない決闘(たたか)いにしよう――ヴェルレイン・アンダースカイ!」




「……いいわ。これをあなたの生涯最後の決闘にしてあげる――黒澤諏方!」








 不良と魔女――本来ならば相容れぬ二人の決闘が、ついに始まろうとしていた。

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