第25話 残骸の山の王
「うおっ! あれハーレーじゃん。メッチャかっけえな」
「ていうか、なにあの格好? 暴走族? 今時ダサくない?」
真夜中の一般道路を、一台のハーレーダビットソンが駆け抜ける。
黒塗りの派手な見た目と、周囲の鼓膜を震わせる爆発的なエンジン音が、普段は静かな郊外に否が応でも存在感を放っていた。
乗手はフルフェイスのヘルメットを被り、そこからはみ出た長い銀色の髪が風に揺らめかせていた。
同じく、風に揺らめく白の特攻服は、派手めの車体と遜色ないほどに目立っており、その出で立ちはまさに、一昔前の暴走族そのものである。
もはや、その存在は奇異として見られる時代となっており、その姿を恐れる者はわずかしかおらず、大抵が迷惑そうな顔になったり、バイクの方に関心が強かったりなど、当時を生きてきた諏方にとっては新鮮な視線を浴びながら、時代も進んだものだと、わずかばかりに感心していた。
――諏方自身、バイクに乗るのは久しぶりの事であり、当初は運転に不安な部分もあったが、身体が記憶していた運転捌きは未だ色褪せず、その乗り心地もすぐさま全身に馴染んでいた。
白鐘が生まれてからはバイクに乗ることをやめていたため、こういう事態でなければ純粋にツーリングを楽しみたいものだと、思いを馳せる。
「シャルエッテ! この道で合ってるのか?」
諏方は自身のすぐ横を、彼以外に見えない半透明な状態で飛行している少女に問いかける。
『はい! シロガネさんや、その他お家の方で感じ取った多数の微量の魔力は、確かにこの道を辿った形跡があります!』
「オーケー、わかった。ていうか、お前もよくバイクのスピードについてこられるな?」
『私、足は遅いですけど、飛行魔法の速度には自信があるのです!』
少女の安定のドヤ顔に、諏方のざわついていた心が少しだけ癒される。
「――ていうか、魔法使いは杖に乗って空を飛ばないんじゃなかったっけ?」
彼の横を飛行する少女の体勢は、杖に跨って身を屈ませた、よく知られる魔法使いの飛び方そのものだった。
『確かに、私達はいちいち杖に乗らなくても、飛行魔法で空を移動することはできますが、ケリュケイオンに宿った魔力の補助によって、スピードを上げることができるのです!』
「へー、そりゃ便利なこった」
諏方はシャルエッテの話を聞いても、その仕組みを半分ほども理解できていなかったが、それでも魔法使いの話は面白いものだと感じていた。
彼女のそんな小難しくも、面白い話のおかげで、彼の緊迫していた心が少しでも落ち着きを取り戻していた。
「……っ」
――手に握るハンドルの感触が、かつて見ていた光景を彼に思い出させる。
黒澤諏方が、まだ本当の意味で若かった時、かつての仲間たちと共に夜の高速道路を駆け抜けた日々。傷の絶えなかった毎日。
それでも、仲間達と共に過ごした時間は、心の奥底に今も深く深く刻まれていた。
――いくら若返っても、もうあの日々を取り戻すことはできないだろう。
――果たして今の自分は、かつて銀狼と呼ばれた過去になりえることができるだろうか? ――そして、そんな俺を見た白鐘は、再び俺のことを拒絶するのだろうか……。
――自問自答は絶えない。若返ったあの夜の――同じクラスに転校したあの時の娘の冷たい眼差しを思い出すと、心まで凍りついてしまいそうになる。
『――スガタさん! 大丈夫ですか?』
「――っ!?」
諏方は危うく、憂鬱とした発想に心が持っていかれそうになった。
――妻を失ったあの日から、どんな事があっても、娘だけは守ろうと誓ったのだ。
――ならば今は、白鐘を助ける以外の考えは捨てるべきだ。
『次のシンゴウを左に曲がったら、もうすぐですよ!』
「――おう!」
自然と、ハンドルを握る力が強まる。冷静に前を見据えて、アクセルを法廷速度ギリギリまでに強め、先を急いで行く。
「待ってろよ、白鐘――お父さんがすぐに助けに行くからな!」
○
加賀宮達が気を失ったままの白鐘を連れて到着した場所は、街外れにある廃墟と化した工場地帯のそばにある、倉庫街の一角。その内の一つ、一際大きい倉庫の入り口に車を停め、硬く閉ざされたシャッターを不良達二人がかりで上げ開く。
「ほう……このような場所があったとは」
埃っぽい空気の中を、手で口を押さえながらも感心げに、仮也が周りを見渡していた。
月明かりでわずかに照らされた中央には、巨大な黒い山が聳え立っている。
「……仮也が加賀宮家に雇われるよりも前に、父が失敗した事業の名残だよ。子供の頃の僕の遊び場でもあった場所さ」
電気はまだ通っているのか、配電盤のスイッチを上げると倉庫内の明かりが点灯し、中央の黒い山の正体を照らし出した。
「これは……なんとも大きなガラクタの山ですね」
天井近くにまで聳え立つは、工場で生産されていた物であろうガラクタが積まれた残骸の山。それは不揃いに捨てられたものではなく、崩れにくく登りやすいように、明らかに人の手が加わった人口の山だった。
「……城山市は元々、工業の盛んな土地でな。それが不況の煽りを受けて、ここらの工場は全て廃墟と化した。この倉庫も、この山と同じように時代に置き去りにされた残骸だよ」
残骸の山の頂上に白鐘を運び、平らになるよう置かれた頂の鉄板に彼女を寝かし、共に登った仮也と山の麓を見下ろした。
「しかし、なぜまたこんな場所へ? 自宅に連れて行った方が警備も厳重ですし、その方が効率がよかったかと」
「……確かにそうだが、この事を両親に知られてしまうのマズイからね……両親にとって、僕は完璧な子でなければいけない。息子が誘拐事件を起こしたなど知られるのは、加賀宮家にとってもマイナスだ……それに――」
加賀宮は山を一回り見渡す。彼がここに来るのは久方ぶりの事ではあったが、思っていたよりも屋内が崩れていなかったことに、わずかばかりに嬉しさを感じていた。
「――ここは、父にとっては触れられたくない歴史そのものかもしれない。それでも僕にとっては、子供の頃を過ごした大切な場所でもあるんだ。友人とも言える者がいなかった僕にとって、ここで過ごす時間だけが僕の安らぎだった。この山の頂上から見下ろす景色は、灰色だらけの薄汚い世界だったけど、朝日に照らされた残骸が子供の僕には輝いて見えた。この山の頂上にいる限りは、僕はこの倉庫の王になれたんだ……だから――」
そばで横たわって眠る少女の銀髪をそっとかき上げる。
「――この残骸の山こそが、彼女と結ばれるに相応しい場所なんだ……」
そう言葉にする彼の唇はわずかに震えていた。本当にこれでいいのかと――そんな自問自答を、己が内の中で無理やりに振り払う。
「……なるほど。だから今回、私以外のSPを使わなかったのですね」
「……ああ、少しでも親の耳に届くような事態は避けたいからね……それでも、お前だけは信用できる。お前がいなければ、彼女をここに連れてくる事も出来なかっただろう」
「……賞賛のお言葉、光栄の極みでございます」
敬意を持ったお辞儀を見せる黒スーツの従者。
「ん……うっ……」
ふいに、そばで聞こえた少女の声に、加賀宮は一瞬たじろぐ。
黒澤白鐘の瞳が、ゆっくりと開いていく。
まだ意識が薄いのか、ボーとした目で周りを見回す少女。
――綺麗だ。
改めて、加賀宮は銀髪の少女に対し、心を奪われていた。
目の前に、ずっと望んでいた少女が横たわっている――その事実が、彼の興奮を呼び起こす。
「やっと気がついたね、白鐘さん」
自然と口からは、彼女を呼ぶ声を鳴らしていた。
戸惑う少女の姿を眼に映し、加賀宮は自然とその顔に、影の差し込んだ邪悪な笑みを浮かべていった。
 




