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あたしのパパは高校二年生  作者: 聖場陸
日傘の魔女編
259/303

第28話 決戦前①

 ――混沌と化した狭間山の丘の上の広場に、しばしの静寂が訪れる。


 対峙しあうは銀色の髪の不良と、紫髪の魔女。互いに無言ながらも、交わる視線はまるで何か語らうかのよう。




「お父さんのバカァッ――!!」

「いでぇ――⁉︎」




 そんな静寂に包まれた空気をものともせず、バイクの後部座席に乗っていた白鐘はヘルメットを外して怒り顔をあらわにし、自分よりも背の低い父親の後頭部に手刀(チョップ)を思いっきり振り下ろした。


「何すんだよ、白鐘⁉︎」


「何すんだはこっちのセリフよ! なんでゴツゴツした山道を強引にバイクで走るのよ⁉︎ 身体が上下にガタガタ揺れて、全身むちうちみたいになって痛いんですけど!」


「仕方ねえだろ⁉︎ 時間がねえんだから、いちいち山のふもとでバイク停めて自分の足で登るより、こっちの方が速えだろうが!」




「…………」

「…………」




 目の前に敵がいる状況の中マイペースにケンカする二人の父娘に、周りの者たちは呆れと戸惑いが混じった視線を送っていた。




「――何をしにきた、黒澤諏方?」




 痛そうに頭を抑えながら、イフレイルは銀髪の少年にここに訪れた理由を問いただす。


「ん? そのナマイキ(ヅラ)な赤髪……たしか、境界警察のおエラいさんだっけか?」


「イフレイル・レッドヴェランだ! ハァ……もう一度訊くが、何をしにここに来た? よもや、我々を助けに来たなどと世迷言(よまいごと)は言うまいな?」


「うーん……助けに来たって言うよりは――」


 一度イフレイルに向けていた視線を戻し、再び不敵な笑みで魔女を見上げる。






「闘いに来た――かな」






「っ……」


 またも二人の鋭い視線が交わり合う。その場ですぐに戦闘が起きてもおかしくないほどに、二人の間に一触即発の緊張感が流れていた。






「――スガタさん! シロガネさん!」






 父娘二人の背中にかけられる声。振り向くと、三人の少女たちが駆け寄ってきていた。


「よかった……三人とも、無事だったみたいだな」


 それぞれ表情や動きに疲労感は見えていたが、それでも大きなケガはなさげなシャルエッテ、フィルエッテ、進の三人の無事な姿を確認し、諏方は安堵のため息をこぼした。


「諏方さん、白鐘さん、その……」


 二人に再会できた安心感と同時に、二人に内緒で魔女と戦った後ろめたさに、フィルエッテはつい諏方たちから目を逸らしてしまう。


「…………」


 フィルエッテの目の前にまで諏方は歩み寄り、気まずげな彼女の表情を諏方は見上げる。


「たくよー、いつも暴走しがちなシャルエッテはともかく、しっかりもののフィルエッテまで俺の了承なしに勝手に動いちまいやがって……」


「っ……」


「――なんて説教は後回しだな。そもそも俺もここに白鐘(むすめ)を連れて来てるから説得力には欠けちまうし、何より……こっからは俺も()()()()を通させてもらうからよ」


「……戦うのですね、ヴェルレイン様と」


 まっすぐに前に向き直ってフィルエッテは諏方に問い、彼はコクリとうなずく。






『――どうやら、無事そちらに到着したようで何よりだよ、諏方』






「この声は……姉貴か……⁉︎」


 諏方はどこからか聞こえた姉の声の元を探しに周りをキョロキョロ見回すが、そこに進が誇らしげにドヤ顔を浮かべながら、片手に握るスマホを彼に向けてかざす。


「っ……おいおい、いつの間に二人とも連絡先交換してたんだよ……でもなるほど、賭けとやらには勝ったみてえだな、姉貴?」


『まあ、そんなところさ。……これから私は事後処理やらなんやらと面倒事を片付けなければゆえ、そっちには駆けつけられない――あとは任せたぞ、諏方』


「おう!」


『それと進ちゃん、改めて礼を言わせてほしい。今回のMVPは、間違いなく君だ』


「っ……と、とんでもねえッス、姉御!」


 電話の向こうでクスッと小さく笑い声が聞こえたのを最後に、椿との通話が切れた。


「スガタさん、ツバキさんがやろうとしてたこと知ってたんですか?」


「いんや、特になんも聞いてねえし、何をやったかに関しては後で聞いておくよ」


 ――大胆な姉のことだ。きっと、魔女の目的を阻止するために、自分には想像もできない方法を使ったのだろう――と、察することはできたが……今にもブチ切れ寸前なヴェルレインの様子を見るに、それを呑気に聞いている間はくれないだろうと諏方は戦闘前の精神(きもち)に切り替える。




「さて……白鐘、お前は――」


「――シャルちゃんたちと一緒に後ろに下がってろ、でしょ? 言われなくてもわかってるわよ」




 やれやれといったふうに、白鐘は率先して他の少女たちの背中を押しながら、境界警察たちのいる後方に下がっていく。


 その途中、彼女は一度父親の方へ振り返り――、






「――絶対に勝ってよ」


「――おう! 当たり前(あったりめえ)だ!」






 互いにまっすぐ拳を向け、娘は父の勝利を願い、そして父は娘に勝利を誓うのであった――。






「さてと――」






 娘たちを見送り、諏方は呼吸を整えて改めて魔女の方をを見上げる。




「待たせたな――ヴェルレイン」




 実に楽しげな声調で魔女の何を呼びかける諏方。対しヴェルレインは、より瞳を鋭くして彼を睨みつける。


「別に待ってないわよ。ていうか、何勝手に盛り上がってくれてるのかしら?」


 呆れ混じりの彼女の声には、明確な怒気が孕んでいた。


「黒澤諏方――あなたは私と闘うためにここに来たみたいだけど、そんなの私には関係ない。私はこの場にいる全員を皆殺しにする。時間をかけて、一人一人苦しませながら殺してやる。そうでなければ、私のこの怒りは(そそ)げないッ……!」


 怨念のこもったその声だけで心臓を握り潰さんがばかりに、魔女の静かな怒りは聴く者を戦慄させる。


 ――だが、諏方はただ一人その怒りのオーラを浴びてなお、不敵な笑みを崩さずにいた。


「普段余裕ぶってるアンタがここまでキレるったぁ、よっぽど姉貴にひでえ目に遭わされたんだな?」


 諏方は姉に絶対の信頼を置いていた。長く工作員として自身以上に様々な敵と戦ってきたのだから、たとえ魔女といえど姉なら一杯食わせることもできる――だろうと。




 これまで常に思い通りに動いてきた魔女に、姉は一矢報(いっしむく)いた。


 ここからは――俺がアイツを引き受ける番だ。




「……今のテメェを見てると、昔の俺を思い出す。やり場のない怒りを誰かにぶつけることしかできなかった、あの時の俺を……」


「…………」


 ――目の前に立つ彼女は不良時代の自分――仲間や碧と出会う前の自分そのものだ。


 ヴェルレインと闘いたいという思いは、純粋な闘争心によるもの――だが今は、それだけじゃない。






「ヴェルレイン! テメェの憎しみは、全部俺にぶつけろ! その憎しみ――俺が全部受け止めてやるッ!!」






「っ――⁉︎」


 目を見開き、ヴェルレインは驚きを隠せないでいる。






 魔女――その名だけで、誰しもが彼女を畏怖した。






 恐怖、絶望、あるいは憎しみ――魔女と呼ばれて以来、それら負の感情だけが彼女に向けられるものであった。


 特段後悔などない。元より彼女の願いは、修羅の先にあると覚悟はしていたから。








 ――ゆえに初めてであった。魔女である自分に、対等(まっすぐ)視線(感情)を向ける者が現れたのは――。








 ――ああ、バカみたい。


 ――お父様(貴方)はいつも、こんなふうに笑っていたのよね。








 わずかばかりの静寂――風にたなびく紫色の髪をかき上げながら、魔女は静かに不良を見下ろす。






「――いいわ。あなたを最初に殺してあげる、黒澤諏方」






 一歩、前へと出る魔女。


 呼応するように、不良もまた一歩前へと進む。






「――あなたを殺した後は、他の全員も殺す」


「――させねえよ。俺がテメェに勝つ!」






 (とばり)の下りた狭間山――街灯の白い灯りだけが照らすこの広場は、間もなく本日二度目の戦場へ化そうとしていた。

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