第24話 陽は堕ちりて、魔女は嗤う
「――なぜ、私はすぐに天地逆転魔法を発動させず、こうしてあなたたちとダラダラお喋りをしているのでしょうか? ……あなたにはわかるかしら、フィルエッテちゃん?」
「…………」
フィルエッテはすぐには答えず、ただじっとヴェルレインを睨みつけるように見つめていたが、やがて一息ついた後にゆっくりと口を開く。
「……貴女は先ほど、天地逆転魔法には膨大な魔力が必要だとおっしゃいました。……まだ足りないのではないですか? 天地逆転魔法を発動するのに、必要な魔力量が……!」
今までの会話を冷静に分析し、解読した元弟子を前に、ヴェルレインは日傘を肩に乗せて両手で拍手を送る。
「さすがだわフィルエッテちゃん、大正解よ。シャルエッテちゃんの魔力を奪って、天地逆転魔法に必要な魔力のほとんどは満たされた。でも……まだあとわずかに足りない。この場にいる全員の魔力を奪ってなお、まだ発動に足る魔力量には満たないのよ……」
弱っているシャルエッテやフィルエッテはともかく、境界警察人間界支部の総支部長であるイフレイルと副支部長であるウィンディーナは、共に魔法使いの中でもトップクラスの魔力量を誇る。さらにはここにいる二人の部下たちはいずれも魔法使いのエリートたちの集まりであり、いずれもフィルエッテと同等以上の魔力量は備えている。
だが、天地逆転魔法に必要な魔力の総量を考えれば彼らの魔力を全て奪ったとしても、魔女の言う『わずか』すら満たすには程遠い。
つまりは――彼女はこうして彼らの前で語る間も、天地逆転魔法に必要な残りの魔力を満たすために、まだ何か仕掛けようとしているのだろう。
「…………」
フィルエッテは考える――日傘の魔女は果たして、これからどのような行動に出るのか。彼女の今までの発言に何かヒントはないかと、先ほどまでの記憶を辿る。
気になる発言としては――、
『予定の時間まで、まだもう少しある――』
彼女はたしかにそう言っていた。
予定の時間――という事は、彼女はこうしてる間にも何かを待っているのだろう。
ふと、ベンチ横にある時計台が視界に入る。現在、指し示す時刻は五時五十分。あと十分もすれば、オレンジ色の空に浮かぶ夕日も沈みゆくであろう。
丘の上から見下ろせる町並みには、ポツリポツリと明かりが灯り始めている。生死のかかったこの戦場が近くにあると気づかないまま、町に住む人々はいつも通りの日常を過ごしているのであろう。
「――まもなく、夜が来る」
静かな、しかしいやに耳に響く魔女のつぶやき。
「「「――――ッ⁉︎」」」
――しかし、何気ないそのつぶやきにイフレイルとウィンディーナ、そしてフィルエッテは、彼女の真意に気がついた。
「貴様……まさか……⁉︎」
「フフ……気がついたみたいね、総支部長さん?」
茜色の空がだんだんと闇に溶け始めていき、町を灯す光がだんだんと広がっていく。
そんな町の光を背に、魔女は陽が堕ちた後に日傘を仕舞うような自然な動作でゆっくりと日傘を閉じて、石突を地面へと突き刺した。
ヴェルレインの行動、そしてその先にある光景を想像し、イフレイルの拳が震える。
――そして、彼は確信へと至るために問う。
「ヴェルレイン、貴様――町の人間どもから、電気を奪う気だな⁉︎」
「「「――ッ⁉︎」」」
イフレイル、ウィンディーナ、フィルエッテを除いた全員が驚愕に目を見開き、動揺の声を上げる。
「ど、どういう事なんですか、フィルちゃん⁉︎」
「……イフレイル総支部長の言った通りよ、シャル。ヴェルレイン様は城山市と桑扶市に流れる電力を自身の魔力に変換して、天地逆転魔法に必要な残りの魔力を補完するつもりなのよ……!」
具体的な内容をフィルエッテが口にし、どよめきはさらに広がっていく。
「そ、そんなの無茶です! おウチ一つの電気量ですら魔力に変換するのにだいたい二、三日はかかるのに、町全体の電気を魔力に変換するだなんて途方すぎます……!」
「忘れたの? 日傘の魔女は、特に魔力変換を得意とする魔女よ。町の一つや二つ分の電力なんて、あの方なら一瞬で魔力に変換しきれるわ……!」
「そ……そんなのアリですかー⁉︎」
すっかりパニックになってしまったシャルエッテ。彼女ほどではないが、イフレイルの部下たちも絶望と混乱を隠しきれずにいる。
そんな混沌とした状況の中、イフレイルはなるべく冷静を保てるようにと息を整え、さらなる問いを魔女へと投げる。
「……町全体の電力を奪えば停電が起きる。全体停電ともなれば、人間どもの騒ぎは大きなものになるだろう……。それに、世界の理を書き換える天地逆転魔法ほどの大規模な魔法が発動すれば、もはや魔法という存在が人間に秘匿しきれぬものとなる。魔女め……己が私欲のために、この世の秩序を乱すことも厭わぬかッ!」
激昂する赤髪の男を前に、しかしヴェルレインは呆れ混じりのため息を彼に返した。
「バカね。私や他の魔法犯罪者たちが律儀に魔法の秘匿に従ってきたのは、私たちの活動においてその方が都合が良かったからにすぎない。魔女の宝玉さえ手に入れば、後の人間界なんて知った事ではないわ」
「ッ……!」
歯噛みしながらも、爆発しそうになる怒りをなんとかイフレイルはなんとかギリギリで堪える。
「イフレイル総支部長――このまま何もできずにいるのも限界です……! 今ここにいる境界警察全員で総攻撃をすれば、町の電気の変換を阻止するだけでも――」
「たわけ! 貴様らも日傘魔法の特性は知っているだろ⁉︎ そんなことをすれば我々の魔力が魔女に奪われ、天地逆転魔法の発動を早めてしまうだけだ……!」
「し、しかし……!」
魔女を相手に何もできない無力さに打ちひしがれる部下たち。そんな彼らを見つめてイフレイルは苦々しいため息を吐き出しながら、彼らにある指示を出す。
「ウィンディーナを除いた全員で今すぐ桑扶市と城山市に向かい、一人でも多くの人間を飛行魔法で避難させろ! 少しでも天地逆転魔法の被害を我々で減らすのだ!!」
イフレイルの部下たちは上司の出した意外な指示に困惑し、すぐには行動に起こせなかった。
「し、しかし……それでは魔法の秘匿が――」
「――どちらにしろ秘匿が守れぬのなら、せめて人命を優先しろ! ……責任はオレが取る。境界警察として、やるべき仕事をまっとうしろ!」
「……っ! りょ、了解しました、総支部長ッ!!」
部下たちは憔悴しかけた精神を引き締め、一斉に町へ向かってそれぞれ飛び散っていった。
ヴェルレインは地面に日傘を突き刺したまま境界警察たちを横目に見ながらも、彼らを止めようとする動きは見せなかった。
「フーン……人間嫌いで有名な総支部長さんが魔法の秘匿より人命を優先するだなんて、ずいぶんとらしくないことをするじゃない?」
「ほんと、少しだけ見直しましたよ? イフレイル総支部長」
嬉しげな笑みをたずさえて、水色髪の副支部長が上司の横に並び立つ。
「……勘違いするな。役立たずどもをこの場から払ってやったまでの事だ」
そう言ってイフレイルはまっすぐに伸ばした右腕を左手で掴みながら、手のひらを魔女へと向ける。
「……なんのつもりかしら?」
「この山に滞留した魔力の使用、および二つの町の電力を魔力へと変換するために、端末としてその日傘を地面に突き刺す必要があるのだろう? そして天地逆転魔法の発動には、それら全ての魔力を一気に消費しなければならない。つまりは――」
イフレイルの右腕が、徐々に赫い光を帯び始めていく。――それは、魔女への反撃の構え。
「――その直前こそが、貴様の最大の隙なのであろう⁉︎ 日傘の魔女よッ!!」




