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あたしのパパは高校二年生  作者: 聖場陸
日傘の魔女編
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第23話 魔女の怒りと嘆き

「地中深くに埋まった魔女の宝玉(レーヴァテイン)を掘り起こすために……『天地逆転魔法あまちさかずきのまほう』を使う……だ……と⁉︎」


 目を見開き、たどたどしく言葉を途切れさせながらも、赤髪の総支部長は魔女へと聞き返す。


「レーヴァテイン……その存在には確かな記録が残されているものの、原初の魔女が死してから数万年――人間界での時間換算で数千年の間、その行方を知る者は誰もいなかった。やがて長い時間をかけて魔法学と歴史学の研究が進み、さらにはほんのわずかに漏れ出た魔力を観測した事によって、レーヴァテインの隠し場所が人間界にあるとの仮説が立った。当時の隠し場所の候補には、魔術や錬金術が盛んであったアメリカやイギリスなどの西洋数ヶ国……」


 人間界における魔術や錬金術は魔法を起源としている。神秘を因果とする国ならばこそ、そこにレーヴァテインが存在するかもしれないというのが当時の魔法使いたちの仮説にあったのだ。


「でも、西洋国を中心として長い時間をかけて調べても、それ以上レーヴァテインの情報を得る事はなかった……さらに時代は進み、レーヴァテインの隠し場所が極東の国(日本)にあるかもしれないと、新たな手がかりが見つかったのはここ百年の話。さらに研究と観測を重ね、やがて城山市と桑扶市という、隣同士にありながら相反した姿を持つ二つの町のどちらか、その地中奥深くに眠っているという可能性にまでたどり着いたのがこの数十年以内。でも……結局ここまで場所が絞られても、実際にレーヴァテインを手にするまでに至った者は未だにいない……」


 原初の魔女が亡くなる前に、自らの魔力を結晶化したとされる宝玉――レーヴァテイン。多くの魔法使いたちが求め、何万年もの研鑽が重なった事によって今、二つの町には多くの魔法使いたちが(つど)っている。魔女であるヴェルレインもまた、その内の一人でもあるのだ。


「……さて、二つの町のどこかにレーヴァテインがあるとわかっていても、さらにそこから正確な場所を見つけるのは魔女である私をおいても容易(ようい)ではない。魔法、あるいは人為的な方法のどちらであっても、この地を管理している境界警察(あなたたち)や関連組織には妨害されるし、それらをくぐりながらこの地を掘り起こすのは面倒。さらに言えば、魔女級の魔力がこもった宝玉が無造作に地中に放り込まれているというのも考えにくい。おそらくだけど、レーヴァテイン自体を強力な結界で守っているであろうという事も十分に予測できる」


 何万年もの間、多くの魔法使いたちが求めるも、見つけられなかった宝玉なのだ。当然、なるべく魔力が漏れないようにと結界のようなもので封印されている可能性は考えられるものであった。


「ならいっそ、大地そのものを(そら)へと堕としてしまえば町全体を掘り起こせるうえに、結界そのものから強引にレーヴァテインを引き剥がせるかもしれない……人間界ではこういうのを、一石二鳥というのでしょ?」


 少女のような無邪気な笑顔で、魔女は邪悪な考えを楽しげに口にする。


「……チッ、繊細な魔女らしからぬ力技だな。だが……くやしいが、理には叶っている……!」


 拳を震わせ、イフレイルはヴェルレインを強く睨みつけるも、やはりできることはそこまでであって。




「そんな……ひどいです!!」




 明かされた魔女の計画に抗議の声を上げたのは、体力が少し戻ったシャルエッテであった。


「たしかに、レーヴァテインが欲しい気持ちはわたしにもわかります。自分の才能のなさがくやしくて、もしレーヴァテインが手に入ったら、フィルちゃんたちに少しは追いつけるかもなんて、何度も考えた事がありました……」


「シャル……」


 妹弟子の悲痛な告白を、フィルエッテは初めて耳にした。かつてこの狭間山でシャルエッテと戦った時、彼女は自身の思いを吐露してくれた。彼女が自身の背を追いかけてくれてたのは知っていたのだが、まさかレーヴァテインを求めるほどまでに思いつめていたのまでは想像できず、心がズキリと痛む。


「――でも! そのために関係のない人たちを巻き込もうだなんて、そんなのひどすぎると思います! ヴェルレインさんは……あなたは、自分のせいで誰かが傷つく事に、心が痛いと思わないんですか⁉︎」


 喉が張り裂けそうなほどの大きな声を上げて、さらには涙も浮かべる未熟で優しい魔法使い。


「…………」


 そんな彼女にしかし、魔女は見下すこともあざけ笑うようなこともせず、どこか憂うような珍しい表情を見せた。


「……泣き落としは通じないわよ…………手段なんて、選んでられないのよ。私の――夢を、叶えるためにはね」


「……夢?」


 冷徹な魔女の口から、意外な単語(キーワード)がつぶやかれる。


 シャルエッテたちと戦う前に、少女たちにレーヴァテインをなんのために使うか、彼女は問われた。『目的』ではなく、『夢』――と、彼女は呼称した。


 その一文字に、どんな思いが込められているのか――残虐非道であるはずの魔女が見せる一面に、シャルエッテたちは戸惑ってしまう。








「――――貴様の父親か、ヴェルレイン?」








 魔女にそう問うたのは、境界警察たちのリーダーである総支部長。


 ――さらに彼は問いを重ねる。




「貴様がレーヴァテインを求めるのは、()()()()()で封じられた父親を救うためではないのか――ヴェルレイン・アンダースカイ!!」




「ヴェルレインさんの――」

「――父親?」


 シャルエッテとフィルエッテ、さらにはウィンディーナを除く境界警察の魔法使いたちにとって考えてもいなかった、魔女の肉親についてイフレイルは言及した。




 ――日傘の魔女の素性(すじょう)は謎に包まれている。それこそ、彼女の肉親の情報など、知っている者は境界警察の中でもほとんどいない。


 ――この場でそれを知るのは、イフレイルとウィンディーナの二人のみであった。




「…………」


 イフレイルの問いに対し、ヴェルレインは少しの間、口を開かないでいる。


 そして――、








「――――境界警察(ぎぜんしゃども)(いぬ)めが、我が父を語るな」








 今まで以上にさらに大きく、山が震動する。


 ――それは、シャルエッテたちとの戦いで見せた演技とは明らかに違う、ヴェルレインの本気の怒りの表情であった。


 イフレイル含め、その場にいる全員が恐怖で背筋を凍らす。今までイラついたような様子は何度も見せたが、彼女がここまで明確な怒りをあらわにしたのを彼らは初めて見たのだ。


 少しして揺れがおさまり、ヴェルレインはしばらくイフレイルに向けて大きく目を見開いて、憎悪の感情がこもったような視線を注ぐが、やがてその瞳には悲しみの色が混じる。




「お前たちが……境界警察(おまえたち)が、()()()()()()()()を巻き込むようなことをしなければ、お父様があんな目に遭う事もなかったのに…………」




 悲痛なる魔女の嘆き――。日傘を痛いほどに握りしめる彼女の声音(こわね)、彼女の表情には、先ほどシャルエッテ相手にわずかに見せた、悲しみと怒りがない混ぜになったような、複雑な感情の重なりがあった。


「っ……」


 ヴェルレインの言葉に何か心当たりがあるのか、イフレイルとウィンディーナは彼女から目を逸らす。


「……フィルちゃん、ヴェルレインさんのお父さんって……?」


「……ワタシも知らないわ。あの人は私を支配下に置いていた時も、自分のことを話した事なんてなかったもの。……ただ、あの戦争というのがもし、『魔女大戦』の事を指すのだとしたら……」




「――口を(つつし)め、フィルエッテ・ヴィラリーヌ。それ以上は禁句だ。ここには――人間もいるのだぞ」




 警告するように厳しめの口調で、二人の少女の会話に口を挟むイフレイル。


「あ……」


 シャルエッテたちは気まずげに、後ろの方でスマホを握ったまま屈んでいる人間()へと振り返った。


「と……とりあえず聞かなかった事にするのであります……!」


 ――多分ヤベエ話してるんだろうなぁ――っと察しはしつつ、進は何も聞かなかった事の意を敬礼で示す。




「……ふぅ、珍しく頭に血が昇ってしまったわね。私としたことが、はしたない姿を見せてしまって実に恥ずかしいわ」




 少ししてから、ヴェルレインは一度空を見上げて深くため息をついた後、表情にいつもの余裕のある笑みが戻る。


「少し気を晴らすために、ちょっとしたクイズでもしようかしら――ねぇ、フィルエッテちゃん?」


「――っ⁉︎ ワタシに……ですか……?」


 突如名指しされ、フィルエッテは困惑まじりながらもすぐさま警戒心のこもった瞳でヴェルレインを見つめた。


「そう怖がらないでちょうだい? 別に難しい問題を出すわけでもないし、間違ってもペナルティを与えるようなこともしないわ。ちょっとした余興だと思ってくれればいいわ」


 そう言われたところでフィルエッテは警戒心を解かず、ヴェルレインは肩をすくめながらも彼女にクイズを出題する。


「そろそろ不思議に感じてくれてる頃だと思うけれど、さて問題です」


 指を一本立て、魔女は邪悪な笑みを浮かべる。




「――なぜ、私はすぐに天地逆転魔法を発動させず、こうしてあなたたちとダラダラお喋りをしているのでしょうか? ……あなたにはわかるかしら、フィルエッテちゃん?」

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