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あたしのパパは高校二年生  作者: 聖場陸
日傘の魔女編
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第22話 天地逆転魔法

「あまちさかずきのまほう……? 初めて聞いた名前の魔法です……」


「ワタシも、初めて聞く名前の魔法だわ」


 天地逆転魔法あまちさかずきのまほう――魔女の口から告げられた複雑な名前の魔法はシャルエッテはもちろん、魔法の知識が豊富なフィルエッテですら初めて耳にする魔法であった。


 彼女たちだけではない。境界警察のメンバーのほとんども聞き慣れない魔法名であったようで、同じように困惑した様子を見せていた。


 ただ二人――イフレイルとウィンディーナのみがその魔法の名を理解し、恐ろしさで身体を震わす。


「ヴェルレイン……貴様、その魔法が世界にどれほどの影響を及ぼすのか、理解しているうえで使うつもりなのか……⁉︎」


「もちろんわかっているわ。そのために、永い時間をかけて人間界で準備してきたのだもの」


 いつもの調子で返答するヴェルレインに、イフレイルは頭を抱える。脳が目の前の存在への理解を拒むかのように、頭が激しく痛みそうだった。


「イ、イフレイル総支部長! 天地逆転魔法とはなんなんですか⁉︎ 我々境界警察は、この世に存在するあらゆる魔法を管理する者。そんな我々が、知りえない魔法などあってはならないはず! 総支部長はご存じなのですか⁉︎ 日傘の魔女は、これから何を成そうとしているのですかッ⁉︎」


 横に立つ比較的若めの部下から激しく問われる境界警察人間界総支部長。しかし、彼は何かを躊躇しているかのように、とっさに答えることができなかった。


「知らなくても無理はないわ。天地逆転魔法は、境界警察の中でも最重要秘匿魔法に指定されて、その存在を知る者は同じ魔法使いであっても、警察内のごく一部に限られている……そうでしょ、総支部長殿?」


「っ……」


「だから、私が教えてあげる。どうせこの後披露してあげるのだもの。何も理解せず目にするよりは、どんな魔法か知った方が心構えもできるでしょ?」


「……クソったれの魔女め……!」


 怒りで拳を震わすも、それでも魔法使い(イフレイル)では、魔女(ヴェルレイン)の口を閉ざす力はなかった。


「天地逆転魔法――それは、原初の魔女のみが使えたとされる、究極魔法の一つ。その効果はとても単純」


 誰もが口を閉ざし、魔女から語られる魔法に意識を集中させる。――そして、魔女はこれから成そうとする魔法の恐ろしき内容をついに口にする。






「この魔法は字の如く、(そら)(だいち)が逆になる――それだけの魔法よ」






「そらとだいちが――」

「――逆になる……?」


 単純だと言われても、その魔法の内容にシャルエッテたちはまだ理解が追いつけていない。


「……空間魔法の一種だ。一定の範囲内を一つの世界に見立て、空間内の天を下に、地を上にする。つまり――天地逆転魔法というのは、空と大地が上下逆さまになる魔法だという事だ……!」


 ヴェルレインから引き継ぐように、イフレイルは諦めのため息を吐き出しながら、天地逆転魔法のさらなる詳細を語る。


 空は上、地は下――誰もが間違いようのない世界の常識を、天地逆転魔法はそのまま逆さにするという、この世の(ルール)そのものを覆してしまう、大規模な魔法であったのだ。


「お空と地面が逆さまに……ぬあー! もう意味がわかりません!! そもそもお空と地面が逆になったら、いったい何が起きるというんですか⁉︎」


 やはり内容がまだ理解できず、頭のキャパシティが爆発寸前なシャルエッテは叫ぶように問いかける。


「……(ことわり)が変わるのは、あくまで天と地が逆になるという一点だけ。引力(ベクトル)は変わらず、下方向へと働く。つまり……逆さまになった空間内に存在する全ては、天へと堕ちる……!」


「「「――っ⁉︎」」」


「はわわ⁉︎ お空に落ちるって、もうホントに意味わかりません!!」


 天へと堕ちる――その光景を想像し、(みな)が顔を青ざめ、シャルエッテは混乱する頭をグワングワンと振り回す。


「……魔法というのは突き詰めれば、魔力を使用して現象を起こす事を指す。万能のように思えてその実、世界が定めた法則(ルール)を破る魔法はほとんど存在しない。だからこそ、世界の法則そのものを変える天地逆転魔法は、境界警察の一部のみが知る最重要秘匿魔法に指定されたのですね……こんな魔法の存在が広く知られれば、世界のバランスそのものが歪みかねない……!」


「さすがに察しがいいわね、フィルエッテちゃん。実際、天地逆転魔法の理論構造そのものは単純なもの。それこそ、シャルエッテちゃんでも一日あれば、十分に修得できる程度にね……」


「え? 今、さりげなくバカにされました?」


「さっきまで頑張ったんだから、今さら簡単な挑発に乗らないで、シャル……つまりは、この魔法をみだりに悪用されて、世界に混乱を起こさせないために、最重要秘匿魔法に指定したのですね、ウィンディーナさん?」


「……魔法の内容を理解し、即座にその結論にまで至れるなんて……やっぱり天才と呼ばれるだけはあるわね、フィルエッテさん。……そうよ。天地逆転魔法はその絶大な効果のわりに、修得難易度はそれほど高くはない。こんな魔法を誰もが使えるようになったら、世界そのものが崩壊してしまう、危険な魔法なのよ……!」


 天地逆転魔法が最重要秘匿魔法に指定された理由をフィルエッテは十分に理解できた。しかし、まだ一つ疑問が残る。




 ――なぜ、それほど単純な魔法に、ヴェルレインは永い時間を費やしてきたのであろうか――。




「私から見たら、別にそれほど必死になって隠す必要はないと思うのよね。だって――魔法構築論を理解したところで、天地逆転魔法を使える魔法使いなんて、この世にいるとは思えないもの」


 ヴェルレインの言葉は疑問をさらに深める。魔法理論は簡単なものでも、使える魔法使いは存在しない――その理由を、指し示すものとは――、


「――ッ⁉︎ まさか、貴女が今まで魔力を集めてきたのは……!」


 解答を口にする前に、フィルエッテはその理由を察し、ゾッとして身を震わす。




「そう……天地逆転魔法はね、大量の魔力を必要とするの。それこそ――魔女の魔力でも足りないほどにね」




 魔法使い狩り。そして、シャルエッテの魔力を奪うためのシャルエッテたちとの戦い――その全てが、フィルエッテの中でようやく繋がった。


「天地逆転魔法――その必要な魔力量は、指定する範囲によって比例される。仮に人一人分の立っている場所を範囲とした場合、そんなごく狭い範囲であっても必要な魔力量はおよそ、この場にいる私以外の魔法使いたちの魔力であってもまかないきれない。それほどに、天地逆転魔法は大量の魔力を必要としている。世界の法則を変える魔法だもの。それこそ、原初の魔女レベルの魔力量がなければ、使うことのできない大規模魔法なのよ」


 そのスケールの大きさに、フィルエッテもシャルエッテも、イフレイルの部下たちも言葉を失う。


「そして――私が必要としていた魔力量は実に、私自身が内包する魔力の数倍以上だった。だから何十年もの間、私は魔法使いたちの魔力を奪い、この山に貯蔵してきたのよ」


「なっ――⁉︎」


 さらにとんでもない事実を魔女は口にする。実際にどれほどの時間をかけたかはわからないが、長い年月をヴェルレインは魔力を集め、そしてこの狭間山にずっと溜め込んできたのであったのだ。


「……なるほど。いくら町と町の境界に位置していたとはいえ、なぜこの山が聖域化するほどに魔力にあふれていたのか疑問であったが、貴様が奪い取った魔力を山に貯蔵していたのが原因であったか……!」


「別に聖域化自体には目的にはなかったけれど、結果としてこの山は多くの不可思議を惹きつけた。魔女の宝玉(レーヴァテイン)を目的にしているのも合わさって、おかげで魔法使いたちは自然とこの山の周囲を訪れ、そして私がそれを狩る――実に効率的なシステムになったけれど、それでも今日まで途方も暮れるような時間をこの人間界で過ごしてきたわ……それも、今日が最後。シャルエッテちゃんには感謝してるわ。あなたがいなければ、この計画はさらに数年を必要としていたかもしれないのだからね」


「そんな……」


 まんまと利用された事へのショックでシャルエッテの膝が折れ、対照的にヴェルレインはまるでクリスマスプレゼントを楽しみにしている少女のように、まもなくおとずれる目的達成(ごほうび)を目の前にして、ルンルンと日傘を両手に楽しげにダンスを踊った。


「人間界の山を聖域化するほどに溜め込んだ魔力――それがどれほどの量か、オレですら想像もできぬが……貴様、どれほどの規模で天地逆転魔法を使うつもりだ? そして、これほど大それた魔法を使って、何を成そうとしているのだ……⁉︎」


 イフレイルは自ら投げたその疑問の答えを、すでに予想はしていた。それでも、訊かざるを得ない――天地逆転魔法のその先にある、魔女の真の目的を。


「フフフ、もうわかっているでしょうに……でもいいわ、教えてあげる。天地逆転魔法の範囲は城山市と桑扶市の全域。そして――」


 魔女はさらに告げる――恐ろしき魔法、そしてその先に彼女が求めるもの――、






「二つの町を天へと堕とし、地中奥深くに埋まっているとされるレーヴァテインを掘り起こす事――そのための、天地逆転魔法よ」

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