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あたしのパパは高校二年生  作者: 聖場陸
日傘の魔女編
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第21話 娘としての思い、白鐘としての思い

「もし、お父さんがあたしを連れて行かないのなら――お父さんと『父娘の縁』を切らせていただきます」




 ――頭の中で反芻される娘のあまりにも残酷な言葉。親として、子に言われる言葉でこれ以上につらいものがあるのであろうか――。


 縁切りを口にした本人はわずかにではあるが、瞳がぐらついている。おそらくは彼女自身もとんでもない言葉を放ってしまったのだと、動揺しているようだった。


 だが、父親の方は娘以上に大きく動揺しており、娘のそんな機微な様子も気づく事ができないでいた。


「し、白鐘ちゃん……いくらなんでもそれは……」


 発言に動揺を見せていたのは父娘二人だけではない。横で二人の様子を見守っていた椿も、気まずげながらも間に割って入る。


「…………いや、大丈夫だ、姉貴」


 一度、深呼吸を置いて諏方は目を伏せる。そして、意を決したように彼は顔を上げて――、




「すっっごく嫌だけど、お前を危険な目に遭わせないためなら、俺はその条件を呑むぞ…………!」




 ――っと、諏方は血涙と吐血を同時に滝のように流しながら、白鐘の言葉を受け止めた。


「ちょっ、お父さん⁉︎ ごめんごめん! さすがに冗談だから!!」


 慌てて白鐘は、先ほどの自身の発言を否定する。


「え……? 冗談? …………はは、そいつは良か――いや、その冗談は笑えなさすぎるわッ!!」


 安堵感とともに、今度は諏方の方が怒りの怒号を放つ。


「うん……もちろん、冗談でも言いたくなかった。口にした後で、唇を噛み切りたくなるぐらいにはあたしも嫌だった。でも…………こうまで言わないと、お父さんはあたしを連れて行こうとしないなんて、わかってるもの……」


「白鐘……どうしてそこまで、一緒に来たがるんだよ? 相手が危険な奴だってのは、お前にだってわかるだろ?」


「…………」


 白鐘はしばらく無言で顔を伏せ、少しして下を向いたまま口を開く。


「親が子供を心配するのは当たり前だし、それぐらいはわかってる。でも……じゃあ子供は親の心配をしちゃダメなの?」


「っ……!」


「お父さんが強いのだってわかってる。でもそれは、心配しなくてもいい理由にはならない。あたしを置いていくのが危険に巻き込まないためだってわかってても、お父さんを待ってる間はずっと胸が張り裂けそうになるぐらい痛いの……」


「っ……」


 諏方は娘の言葉にすぐに返事ができなかった。彼としても、娘が自分を心配してくれているというその気持ちは嬉しいものでもあった。


 だがそれだけでは、やはり彼女を連れて行こうと素直にうなずくのは難しい。万が一にでも白鐘を危険な目に遭わせたらと思うと、父としてはやはり娘のその思いを受け入れるわけにはいかな――、




「――っと、ここまではあたしの娘としての言葉。ここからは、黒澤白鐘としてのただのわがまま」




 今度は白鐘の方が一呼吸を置き、そして顔を上げて父の瞳をまっすぐに見つめる。






「あたし、見届けたいの――お父さんと、あの魔女との()()を」






「――っ⁉︎」


 それは諏方としても、予想できなかった娘の言葉(わがまま)であった。


「理屈なんてない。あたしのただの独りよがりなのもわかってる。それでも――二人の闘いを見届けられなかったら、あたしはきっとその事を一生後悔する」


 理屈もない、説得力もない。それなのに、この言葉においては彼女の瞳は揺るがなかった。


 娘であると同時に、黒澤白鐘という一人の人間として、諏方とヴェルレインの闘いを見届けなければいけないのだと、彼女の信念が突き動かしたのだ。


「白鐘……」


 そんな娘の強い思いを、諏方も強く拒否ができなかった。娘のその思いは、これから起こるであろう魔女との闘いに対する彼の思いと通ずるものがあったからだ。


「……今回は素直にお前が折れるべきのようだな、諏方」


「姉貴……」


 緊迫した空気に似つかわしくないほど椿は穏やかな笑みを浮かべ、弟の小さな肩をそっと叩く。


「私からけしかけた手前、実に言い出しづらいところではあるのだが、日傘の魔女と闘いたいという思いもまた、お前のわがままには違いないだろ?」


「うぅ……」


 図星ではあったか、諏方は姉の問いかけに反論ができない。


 椿の言う通り、これから狭間山に向かうのはシャルエッテたちを助けたいという事を大前提にはしているが、それでもヴェルレインと闘ってみたいという思いは、黒澤諏方の不良としての単純(シンプル)な欲求から来るものであったのだ。


「それに、魔女の目的は未だ不明瞭ではあるが、この町全体を巻き込む可能性も十分にあり得る。そうなれば、そばであろうと家でお留守番していようと、そう変わりはあるまい」


「っ……」


 娘も姉に挟まれ、諏方は面倒くさげに頭をくしゃくしゃとかいたあと、諦めのため息を大きく吐き出した。




わーた(わかった)わーた(わかった)よ! 今回は俺の負けだ。もうこうなったら、地の果てまでついてきやがれ!」




 仕方なさげに娘の同行を許す諏方。だがその一方、最愛の娘がそばにいてくれるというのは彼としても心強いというのが本音でもある。以前、彼の叔父である剛三郎との事件の際には、白鐘が駆けつけてくれた事で、彼の暴走が抑えられたという過去もあった。




 白鐘()がそばにいてくれる――それだけで、諏方()にとっては十分なほどに心の支えになってくれる事でもあるのだ。




「……だけど、一つ約束してくれ。本当に危ない事態になったら、シャルエッテを連れて絶対に逃げてくれ」


 同行は許すが、危険があればすぐにでも闘いの場から逃げる――それだけは譲るまいと、諏方は腕を組んで鼻息を荒くする。


「……うん、約束する」


 そうは言っても、白鐘が父親を見捨てて逃げ出すような子ではないと、諏方自身強く理解はしていた。


 それでも、万が一の事があったら必ず逃げてほしいのだと、娘の命を何よりも大事に思う父として、それだけは言わなければならなかった。


「うむ、無事に話もまとまったところで……白鐘ちゃん」


「叔母さ――」


 椿は姪の目の前にまで近づくと、彼女の頬を軽く叩く。


「白鐘ちゃん、お父さんを説得したいという気持ちはわかるが、それでも『父娘の縁を切る』という言葉を本気じゃないにしても、口にしたのはいただけない。親にとって、子供のその言葉が一番に傷つけるのはわかっているだろ?」


「っ……」

「姉貴……」


「焦りから出た言葉ではあるだろう。だがそれを口にする前に、君には他の手段を模索してほしかった。……二度と同じようなことは口にしない……約束できるね?」


「……はい…………ごめんなさいお父さん、叔母さま……」


 白鐘の頬はほんのりピンク色に腫れるが、叩かれた際の痛みはそれほど大きくはない。だが、それ以上に彼女の心は自身の言葉で傷ついており、叔母の言う通り、もう同じ言葉は口にはしないと、傷ついた自身の心に固く誓う。


「……ありがとな、姉貴」


「……いや、焦らせたという意味では私も悪い部分はある。すまなかった、二人とも」


 互いに謝り、話し合いも落ち着いたところで椿は改めて、今後の取るべき行動を整理する。


「それじゃあ、二人にはこのまま狭間山の方に向かってほしい」


「ん? 姉貴は一緒には行かねえのか?」


「すまないが、私は諏方たちとは別行動を取らせてもらう。……まだ確証はないが、もしかしたら私なりの方法で()()()()()を阻止できるかもしれないのでね」


 珍しく少し自信なさげではあったが、どうやら椿なりに魔女の攻略法を考えていたようだった。


「……今まで得た彼女のデータをまとめて、ある一つの仮説を立てたんだ。その仮説が正しければ……かなり大胆な賭けにはなるが、挑む価値は十分にあると思っている」


「……よくわからねえけど、まあ姉貴なら、なんとかしてくれるって信じてるぜ」


 椿の賭けの内容を諏方も知りたいところではあったが、もうこれ以上悠長に話す時間もなさそうである。


 諏方と椿はそれぞれのバイクにまたがり、エンジン音を高らかに吹かせる。


「それでは健闘を祈るぞ、諏方。……私が言うまでもないだろうが、相手はこれまでの魔法使いの中でも、間違いなく桁違いの存在だ。贔屓(ひいき)目なしで見れば、お前が勝てる可能性は決して高くはないだろう。それでも――私はお前の勝利を信じているぞ」


「……ハッ! たりめーだろ。姉貴こそ、賭けに負けんじゃねえぞ?」


 姉弟は互いに親指を立て合い、椿は狭間山とは反対方面へと走り去っていった。


「さて……狭間山へはこっから早くても一時間はかかるな。全力で飛ばすから、しっかり捕まってろよ、白鐘!」


「わかってるって!」


 被り慣れてないヘルメットを頭につけ、白鐘はバイクの後部へと座って、父の腰にしっかりと腕を回す。




「それじゃあ行くぜッ! 待ってろよ、シャルエッテ、フィルエッテ、進ちゃん!」




 長い時間空を覆っていた雲は晴れ、夕日が落ちる前の黄昏時を駆ける諏方のバイク(ハーレー)


 ヘルメットの下の銀色の髪が風へとたなびき、二人の父娘は狭間山(決戦の地)へと向かうのであった。

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