第19話 魔女の目的
「境界警察の……みなさま……?」
唖然とした表情でポツリとつぶやくシャルエッテ。彼女と同じように他の少女たち二人もまた、目の前の青い衣の集団の突然の登場に戸惑い、目を見開かせていた。
「魔女め、よくもここまで好き勝手暴れたものだ。たとえ魔法使いとしては尊敬し、崇めるべき存在であっても、我ら境界警察は世界の秩序を乱す者を何人たりとも許すわけにはいかない……!」
赤髪を逆立たせるイフレイルは手をヴェルレインへと向けてかざしながら、一歩彼女の前へと出る。
「……っ」
彼――いや、青い衣の男たち全体を見渡す魔女の瞳はイラだたしげではあったが、彼女は一度ため息を吐いた後、すぐにいつもの余裕のある笑みへと戻る。
「……あらあら、みなさまお揃いで。私の想定だと、ここにたどり着くまでもう少しかかると思っていたのだけれど」
「……優秀な部下に恵まれているのでね。しかし、もう少し早く貴様の認識遮断の魔法を突破できていれば、そこなガキどもの暴走を止められたのだが……!」
イフレイルは余計な事をしやがってと言いたげに、シャルエッテたち三人の少女を睨みつける。
「そう怒らないであげてください。魔女の罠にまんまと引っかかったのは、私たちの落ち度なのですよ?」
「……チッ」
側近であるウィンディーナは上司にそう諭すと、地面に座り込む少女たちにへと駆け寄る。
バースト魔法を放って魔力のほとんどを失い、さらにはバースト魔法そのものの反動でシャルエッテは今にも倒れかねないほどに大きく疲弊している。隣のフィルエッテも同様に大量の魔力消費による疲労で限界寸前であった。
そんな二人へと向けて、ウィンディーナはローブの内側から二本の透明な液体が入った小瓶を取り出す。
「二人とも、これを飲んで。私特製の回復薬水よ。気休め程度にしか回復はしないけど、それでも今の状態よりは幾分かマシになるはずよ」
ウィンディーナは小瓶の片方を未だ困惑状態にある進へと手渡しし、残った一本のフタを開けて手を動かすのもつらさげなシャルエッテに優しく飲ませてあげる。進もその様子を見て察しし、手渡された小瓶のフタを開けて同様のやり方でフィルエッテに中の回復水を飲ませてあげた。
「…………ふぃ〜! 生き返りますぅぅ……!」
「ふぅ……ありがとうございます、ウィンディーナさん。……そして申し訳ありません。本来即座に糾弾されるべきこの状況で、助けていただいて……」
「そうねぇ……お説教の方はあとでまた。今は――目の前の彼女をどうにかしないと」
少女たちを介抱しながら魔女への警戒は怠らずに、彼女に鋭い視線を向けるウィンディーナ。彼女の上司であるイフレイルも魔女がいつ動き出しても対応できるように、同じく警戒の瞳を魔女から外しはしない。
「……これ以上貴様の蛮行を見逃すわけにはいかない。大人しく連行されてもらうぞ、魔女よ」
その言葉を合図に、彼の部下たちもイフレイル同様、一斉に魔女へと手をかざす。
数十の魔法使いたちに魔法を構えられるこの状況の中、しかし魔女は一切の動揺を見せず、逆に呆れ気味なため息をわざとらしく吐き出していた。
「……まったく、フィルエッテちゃんたちは私がけしかけたのだから仕方ない部分があるのだけれど――」
「「「――ッ⁉︎」」」
本日何度目になるのか、またも山が大きく揺れだし、魔女の顔から笑みが消えて大きく見開かれた瞳が境界警察たちに向け返される。
「――貴様らが前にするは五人の魔女が一人。わずかでも勝てる可能性を模索した無礼を恥と知れ」
目の前にするだけで、心臓が圧迫されるような圧倒的な威圧感――同じ魔法使いという種族でありながらも、自分たちとは明らかに世界の違う魔女という存在の恐ろしさを、改めて境界警察の魔法使いたちはその肌で感じ取り、自然と彼女へとかざした腕を下げてしまう。
「……利口ね。勝てないとわかっている獣を前に無駄な戦意を見せないのは、生存本能を持つ生き物としての正しい在り方よ。それに……私の日傘魔法の特性上、下手に私に向けて魔法を撃てないのは、あなたたちも十分にわかっている事でしょ?」
「……ッ」
日傘魔法――ヴェルレイン・アンダースカイのみが使える、攻守両用魔法と魔力変換魔法を組み合わせた彼女の得意魔法。彼女の日傘によって防がれた魔法は、そのまま彼女の魔力へと変換され、吸収されてしまう。
この場で下手に魔法を彼女へと向けて撃ち込むようなものならそれら全ては彼女の魔力へと変換され、ただでさえこの場の誰よりも圧倒的な魔力を持つ魔女をさらに強化しかねない行為になってしまうのだ。
「私に魔力を献上したいというのなら、どうぞ遠慮なく攻撃してきなさい」
「…………チィッ!」
血が滲み出そうなほどに拳を強く握りしめるも、イフレイルは部下たちに攻撃の指揮を下すことができなかった。
「……たしかに境界警察の存在は鬱陶しいけれど、認識遮断の魔法であなたたちを妨害したのは、あくまでフィルエッテちゃんたちとの戦いを邪魔されたくなかったから。あの子たちとの戦いが終わった以上、あなたたちの存在なんてもうどうでもいいのよ」
「ッ……女狐めが……!」
悪態をつくも、今のイフレイルにはそれぐらいしかできることはなかった。もちろん部下の中には物理魔法を得意魔法とする者もいる。だが、この場にいる部下たちが全員フィジカル魔法で彼女を捕えようとしても、ヴェルレインはあっさりと彼らの魔法をかわしてしまうであろう。
ヴェルレインが日傘の魔女と呼ばれてから数百年――このような状況になったのは決して一度だけではない。だがついぞ、境界警察は一度たりとて魔女を捕らえることはできなかった。魔女の存在に目の前まで迫ることはできたとしても、たとえ境界警察が魔法使いの中でも優秀なエリートたちを集めた集団であったとしても、魔女という次元の違う存在に手が届いた事はまだ一度もないのだ。
「……教えろ、日傘の魔女。これほどに用意周到な真似をして、貴様は何を成そうとしているのだ?」
境界警察への妨害と、シャルエッテの魔力の吸収――過去、これほど派手に日傘の魔女が動きを見せる事はなかった。大きく動きを見せたという事は、つまりは彼女の目的が最終段階に入ったのだとイフレイルは察する。
今日一日の行動の果てに、魔女が成そうとする目的はなんなのか――それだけは聞かねばと、彼は真剣な表情で魔女に問いかける。
「……まだ何か、時間稼ぎのつもりかしら? ……まあいいでしょう。予定の時間まで、まだもう少しかかるのだし、語ってあげましょう」
ヴェルレインが顔を上げ、視線に写したのはベンチ横の時計台。時計の針は五時三十分を指していた。
シャルエッテたちがヴェルレインと戦闘を始めたのが昼の十二時十五分頃。もうすでにあれから五時間近くも経っていた事実に少女たちが驚くと同時に、なぜ彼女が現時刻を確認したのか、その疑問が頭を占める。
「私はある大魔法を使うために、長い年月をかけて少しずつ、魔力を集めてきたの」
「ある大魔法……だと?」
境界警察の調べでは、ヴェルレインは二十年以上前からこの人間界に来ていた事がわかっている。彼女の長い年月というのが人間界に来る以前からなのかはわからないが、少なくとも二十年以上前から魔女は『魔法使い狩り』を行い、魔力を集め続けてきたのであろう。
「その魔法こそ、『原初の魔女』が魔法構築論を残したとされる伝説の大魔法――『天地逆転魔法』よ!」
◯
――振動するは、ポケットの中の一台の電子機器。
「電話⁉︎ 今大事な場面なのに、誰が電話してきて――」
進は忙しげくポケットの中のスマホを取り出し――、
「――え? この人って……」
着信画面に表示された名前に彼女は驚きながらも、ゆっくりと通話ボタンに震える指を添えた。




