第17話 丘の上の攻防〜魔法使いVS魔女〜⑨
「ぐっ……! 身体が縛られて、浄化魔法が使えない……毒も身体に回って力が上手く出せない……⁉︎」
身体を鎖でキツく縛られた事で、ヴェルレインの身体を回る毒魔法を打ち消すための浄化魔法は強制的に中断されてしまった。さらには血液が巡りが悪くなる事によって脳に酸素が供給されづらくなり、意識もだんだんと薄まってゆく。
「その毒は、あくまで貴女の動きを鈍らせるのが目的……ワタシの本命は、貴女を真に拘束するために残していたこの十本の鎖なのです……!」
ヴェルレインを縛りつける鎖は彼女の身体を強く締め付け、ローブごと肉体に深く食い込んでいく。
「くそ……毒で頭がボヤけて、鎖を弾くための魔力の生成もできない……それにこの鎖、明らかにさっきまでと纏っている魔力量違いすぎる……!」
「その通りですよ。今までの九九〇の鎖は、この残り十本に至るために用意した伏線。この十本には、先ほどまでの鎖に使用した魔力の数十倍の魔力量を込めています。それでも、いつもの貴女でしたら容易く弾き飛ばせる程度の魔力量でしょうが、毒に侵され、さらには日傘を手放してしまったの今の貴女では、その鎖を振りほどくことはできないはずです!」
「くっ……おのれぇ……!」
憎々しげに少女たちを見下ろす魔女。それは、常に余裕のある笑みを崩さずにいた彼女が初めて見せた、感情をむき出した表情であった。
「……このまま貴女を縛り続けて毒で殺す――と言いたいところですが、それが難しい事もわかりきっています。浄化魔法を使わずとも、内包された魔力が魔法使いと比べて桁違いである魔女ならば、時間はかかれど体内の毒を無理やり打ち消すことは可能なはずです。その前に――」
カチャリ――と、フィルエッテの隣に立つもう一人の魔法使いの少女が両手で杖を握りしめて、その先端を上空の魔女へと向ける。
「――わたしのバースト魔法で、ヴェルレインさんにトドメを刺します!」
そう高らかに宣言し、シャルエッテのケリュケイオンに魔力が集まってゆく。
「毒に侵され、日傘を手放し、そして鎖で拘束された今の貴女に、シャルのバースト魔法を防ぐ手段はありません。……これで、ワタシたちの勝ちです、日傘の魔女!」
「ッ――!」
ヴェルレインはさらに力強い眼で、フィルエッテたちを睨み下ろす。
だが、ふと何か憑き物が落ちたかのように――、
「…………ふふふ」
――魔女はいつもの不気味な笑みとは違う、穏やかな笑顔を浮かべたのだ。
「……何がおかしいのです?」
「……嬉しいのよ。魔女の弟子とはいえ、ただの魔法使いでしかないあなたたちが、魔女である私に勝つことができたのだもの。先人として、未来を担う子供たちの成長を間近で見れた事――これ以上に嬉しい事はないのだと、私は喜びを噛み締めているのよ」
毒で顔を青くし、苦しげながらも魔女は切なげな笑みで少女たちを見つめていた。
「……負けを認めるのですね?」
「…………ええ。ここまで追いつめられた以上、私に助かる術はもうないもの。……誇りなさい。たった二人の魔法使いが、強大な魔女を打ち倒す――これ以上に、奇跡と呼べる偉業なんてないわ」
「「「…………」」」
ヴェルレインのあまりにもあっさとりとした敗北宣言に、三人の少女たちに言いようのない不気味さがまとわりつく。
――これは、ヴェルレインの時間稼ぎであった――。
彼女は少女たちが鎖で縛られてる自分を見上げている間、崖の前の柵付近に落としてしまった日傘をゆっくりと浮かべて、自身の手に引き寄せようとしていたのだ。日傘に貯留してある魔力さえあれば、自身を縛る鎖を破壊することなど難しくはない。身体の自由さえ取り戻せば、毒をすぐに浄化することも可能だった。
すでに日傘は、地面から数センチ浮かんでいる。少女たちにバレないようこっそりと手元に引き寄せ、日傘を手にさえすれば――、
「――――あ、一つ言い忘れたことがありました」
突如、日傘の真下の地面に魔法陣が出現し、鎖が飛び出して浮かんでいた日傘を絡め取る。
「ワタシの仕掛けた罠は一〇〇〇本ではなく、全部で一〇〇一本でした」
「なっ――⁉︎」
唖然とするヴェルレイン。少女たちの裏をかいたつもりの彼女を、そのさらに裏をフィルエッテがかいたのだった。
「執念深い貴女のことです。たとえ身体が縛られた状態であっても、抜け出すためのなんらかの措置を残しているであろう事は十分に予測していました。念のためにと思って余分に仕掛けていた罠でしたが、どうやら用意して正解だったようですね」
「ぐっ……!」
知略に富む者同士の心理戦――それをわずかに制したのは、フィルエッテの方であった。
「……これで本当に最期です、ヴェルレイン様。あとはシャルのバースト魔法で、この戦いを終わらせますッ…………!」
シャルエッテのケリュケイオンに集まる魔力の塊は、すでに彼女自身の身体よりも大きなものになっていた。放たれれば魔女といえど、無事には済まないレベルの威力とすでになっているであろう。
「……………………」
魔女は顔を伏せ、黙す。敗北を認めての沈黙であろうか――しかし、
「巫山戯るなぁぁあああああッッッッ――――!!!!」
「ヒィッ――⁉︎」
「――ッ⁉︎」
「こわっ――⁉︎」
ヴェルレインの妖しくも艶やかな美貌が崩れ、まるで悪鬼のような形相を浮かべる。
「私は五人しかいない魔女の一人だぞ⁉︎ その私が、貴様ら下等な魔法使いに負けるなど、そんな事があってたまるかああああッッッッ――!!」
鼓膜を破らんばかりの雄叫び――それはまるで、猛獣が死の際に放つ断末魔のようで。
「私は貴様らの何倍もの永い時間をかけて研鑽を積んできたのだぞ⁉︎ たかが生まれてから百数年程度しか生きてない貴様らに、魔女を倒す道理などあってなるものかッ⁉︎ この鎖を外せぇッ!! 私を殺せば、貴様らに関わる全ての存在を呪ってやるッ! 呪い殺してやるぞッッ!!」
「……こ、こわい…………」
魔女の気迫に圧され、シャルエッテは怯えた表情でケリュケイオンを握る手を震わしてしまう。
「――大丈夫よ、シャル」
少女の震える手に、姉弟子がそっと手を添える。
「あなたにはワタシがいる。怖がらないで? あなたは――一人じゃないんだから」
手を添える少女の瞳に揺るぎはない。とうに彼女は覚悟していたのだ――必ず、シャルエッテと一緒に魔女を倒すのだと。
「アタシも忘れないでよね? シャルルちゃんとフィルルちゃんの応援をするって決めたんだから、アタシにも二人の覚悟を少し背負わしてもらうよ」
シャルエッテのもう片方の手に、人間である少女の手も添えられる。魔法使いと比べれば彼女は無力かもしれない。それでも、彼女にも同じく大事な友の心を支える強さは十分にあったのだ。
「フィルちゃん……ススメさん…………わたし、やります……日傘の魔女を――倒しますッ!」
二人の友に支えられ、シャルエッテも改めて覚悟を決めた。
ケリュケイオンの先端に集まった魔力はさらに強大になり、その風圧だけで周りの森を吹き飛ばさんが如く威力まで高まっていく。
「うそ……嫌よ……私には、成さなければならない夢がある……こんなところで…………こんなところで死ぬなんて、絶対にイヤッ!!」
今度はヴェルレインの方が怯えた表情を見せ、鎖から逃れようともがきだす。しかし、いくらもがこうとも鎖はビクともしない。体力だけが意味もなく消耗し、毒もより早く身体を巡って、意識が途切れる寸前にまでさらに薄まっていく。
「……ごめんなさい、ヴェルレインさん。あなたの夢は、きっとわたしが想像しているよりも、ずっと尊いものなのかもしれません……でも、あなたはわたしの大切な人たちをいっぱい傷つけてきました。そんなあなたを、わたしは許すわけにはいきません。だから――――これで終わりにします!」
――魔力のチャージが完了する。
ケリュケイオンの先端で光る光弾にはシャルエッテの膨大な魔力のほぼ全てが注ぎ込まれ、その破壊力はかつてのシルドヴェール戦時の、師の魔力で補完した時のバースト魔法の威力にも十分匹敵するものとなった。結界などで防げるならともかく、今の無防備な状態ならば、いくら魔女といえど致命傷は避けられないはずである。
「フィルちゃん! ススメさん! 危ないので、一旦離れてください!」
「シャル! 遠慮なく撃ちなさい! あとで境界警察には怒られるでしょうけど、その時は一緒に謝るわ!」
「シャルルちゃん! 全力でブッ放しちまえ!」
後ろへと離れた二人の応援を背に、シャルエッテはバースト魔法を撃ち放つことに全神経を集中させる。
「バースト――」
山全体が揺れる。ケリュケイオンを握るシャルエッテの両手が切れて血にまみれるも、痛みに耐えながら彼女は――、
「――――まほうぉぉぉぉッッッッ!!!!」
――強大なる魔女へと向けて、ついに最大威力のバースト魔法を撃ち放ったのだった。




