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あたしのパパは高校二年生  作者: 聖場陸
日傘の魔女編
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第15話 丘の上の攻防〜魔法使いVS魔女〜⑦

 ――その日、日傘の魔女は偶然、爆発的な魔力を感じ取った。


 誰もいない狭間山の丘で一人日傘を差しながら、魔女はいつものように街を見下ろしている。特に何かがあるわけでもない。ただ、暇を持て余した日などはこうして丘の上から遠見の魔法を使って、二つの街の様子を眺めるのが彼女の楽しみの一つでもあった。


 城山市と桑扶市――二つの街は互いに隣同士でありながら、活気も人口も街並みも、その在り方は真逆そのもの。街そのものが陰陽(いんよう)をあらわす太極図のように成り立ち、魔法学の観点から見ても、二つの街はよくないモノを惹き寄せる魔都そのものであったのだ。


 それ故に、この二つの街ではなんらかの事件がとても起こりやすい。魔法使いを起点としたものもあれば、純悪の人間が引き起こす事件も多く発生している。日本史上でも大規模なテロ事件として数えられるデュアルタワービルテロ事件もまた、街同士を結んだ象徴でもある二つのビルで起こった事件であり、街そのものが持つ歪みを形としてあらわした出来事として、ヴェルレインにとっても印象深い事件でもあった。


 さすがにこれほど大規模な事件はそうそう起こらないまでも、こうして街を観察するだけで歪みによって自然に狂っていく人間を見るのが彼女には楽しくあったのだ。


 そんな日課ともいえる街観察の中である日――城山市の廃棄された工場の一角にて、大規模な魔力の振動を魔女は観測した。


 二人の魔法使いが戦っている――片方は最近『路地裏の魔女』と呼ばれ、都市伝説として噂された女児(ざら)いのシルドヴェール・ノエイル。一介の魔法使いでありながらも、魔女の宝玉(レーヴァテイン)に頼らず自力で完全結界(パーフェクトシールド)魔法に至ろうとするその執念に、ヴェルレインなりに一目置いていた魔法使いであった。


 そしてもう一人は――『魔女の弟子』シャルエッテ・ヴィラリーヌ。同じ魔女である『万学の魔女』エヴェリア・ヴィラリーヌの三人の弟子の一人であり、しかしその才能は他の二人に大きく劣り、落ちこぼれとも呼ばれた少女だ。


 たしかに彼女は使える魔法もシンプルなものばかりで、たいていの魔法使いが持つ『得意魔法』といえるものもまだなかった。


 それらの情報を知っていたが故、ヴェルレインは驚きで目を見開く事となる。




『なによ――あの魔力量……?』




 シャルエッテがバースト魔法として放つために溜め(チャージし)た魔力は、平均的な魔法使いの魔力量の数倍もあった。一部には彼女の師の魔力も混じっていたが、その半分以上は間違いなくシャルエッテ・ヴィラリーヌ本人のものである。






『――あの魔力が手に入れば、私の目的(ゆめ)は一気に実現に近くなる……!』






 自然と喉がゴクリと鳴る。普段冷静な彼女が自分でも信じられないほどに、目の前の出来事に驚きを感じていた。


 ――そしてすぐさま頭の中に、今後の計画が練られていく。


 まずはシャルエッテ・ヴィラリーヌの魔力を最大限に引き出す機会を作るための人材が必要である。


 万学の魔女の弟子は三人――ああ、ピッタリの人材がいるじゃない。


 フィルエッテ・ヴィラリーヌ――彼女ならばきっと、シャルエッテ・ヴィラリーヌの魔力を――。




   ◯




「ヴェルレイン様の目的は――シャルの魔力を奪う事なのよッ!!」


「っ――⁉︎」

「…………」


 フィルエッテの言葉に進は驚いたような表情を見せ、シャルエッテは姉弟子の制止を冷静に受け止める。


「あら? バレてたのね」


 魔女はフィルエッテの言葉を否定することなく、あっさりと認めた。


「貴女がレーヴァテインで何を叶えたいのかは未だ知り得ませんが……レーヴァテインを手に入れるための過程として、大量の魔力を必要としている事だけはわかります。貴女が度々(たびたび)行っている『魔法使い狩り』も、目的は相手の魔力を奪い取るためなのでしょう?」


「それも正解。私の計画にはね、あなたたちの想定する何倍もの魔力が必要なのよ。そのために、私は何十年も人間界に潜伏してきた。魔法界でもうちょっと大規模に魔法使い狩りをしてもよかったのだけれど、境界警察と他の魔女に絡まれるのは面倒なのよね……他にも、理由はあるけど」


「……そして、貴女はシャルの魔力量に目をつけた。シャルは魔法技術こそ(つたな)いけれど、魔女にも匹敵するほどの魔力量を秘めていた。その魔力を奪うキッカケを作るために、ワタシに暗示魔法をかけてシャルと戦わせたり、今日のようにワタシたちに挑戦状を叩きつけたのでしょう?」


「……そこまでわかっていながら、あえて私の挑戦に応じたのね。もちろん少ないながらも勝算あってのものだったのでしょうけど……残念ながら、千の罠では私には届かなかったようね」


 ヴェルレインの持つ日傘の先端が光りだす。おそらくは魔力砲を放つための光なのであろうが、その光量はすでに魔法使い一人を殺傷するには十分な威力を備えているであろうと予測させられるほどに、強い光を発していた。


「さあ、全ての話を聞いたうえでシャルエッテちゃん、あなたにこのまま姉弟子を見殺しにすることができるかしら? いくら理性では魔力を使ってはいけないとわかっていても、あなたのフィルエッテちゃんを想う本能が、それを許してくれるのかしら?」


 二度目の魔女の挑発。しかし――、


「ぐっ……くっ!」


 シャルエッテは堪えた。血が滲み出るほどに(ケリュケイオン)を強く握りしめ、上空に浮かぶ魔女を強く睨みつけるも、その場から動くようなことはしなかった。


「……少し驚いたわ。あなたはもう少し直情的に動くタイプだと思っていたけれど、土壇場では意外にも冷徹になれるのね。でも……ちょっとガッカリ。私、あなたの本能で動くようなまっすぐなところ、けっこう好きだったのよ?」


 本当に残念に思うような声音(こわね)ではあったが、これもまた魔女の挑発である事にシャルエッテは気づいている。だが、そうとはわかっていても、自身の忍耐力は限界に達しようとしていた。




 ――まだダメですッ!! お願いわたし……もう少し、もう少しだけ我慢できてください……!――。




 自身の理性に思いをかぶせる。ここで耐えなければ、ここまで頑張った姉弟子の努力を無駄にさせてしまう。


「ダメよ、シャル! まだ……まだ堪えて……!」


 もうまともに動けない状態で光を向けられるも、それを意に介さず妹弟子へと言葉をかけるフィルエッテ。


「っ……」


 二人の少女たちの様子を眺め、彼女たちがまだ何か策を講じている事を確信したヴェルレインは、未だ理性で耐えているシャルエッテを引きずり下ろすため、ダメ押しとなる四度目の挑発を重ねる。


「いいわ、シャルエッテちゃん。無駄な抵抗に出なかった冷静(おろか)な判断力に免じて、あなたは殺さないであげる。そして、最愛の姉弟子を見捨てて生き延びた命で残りの一生を後悔し、理解しなさい。魔女の挑戦に応じるという事が、どれほどに愚純な選択であっ――」






 ――突如、目の前の景色が(かすみ)がかり、長い間口にする事のなかった錆びた鉄のような味が口内を伝う。






「…………血? どうし――」


 魔女の口元から垂れ流れるは一筋の血液。それを認識した瞬間――身体の内側が灼けるように発熱する。


「熱いッ……内臓がまるで焼けるように熱くて、痛いッ……⁉︎ それに、痛みに合わせて喉から血が迫り上がってくる……!」


 ヴェルレインの口から、まるで給水ポンプのように血がとめどなく(あふ)れ出す。日傘を持たない左手で口元を押さえ、真っ赤に染まった手を彼女は苦しげに揺れる瞳で見つめた。




「これは――――毒ね?」




 顔から血の気が引きつつも、自身に起きている事態を冷静に分析し、魔女は静かに魔法使いたちに問う。


「その通りです……ようやく効いてくれたみたいで、助かりましたよ」


 身体がふらつくも、駆けつけたシャルエッテと進に肩を支えられるフィルエッテ。彼女の表情には疲弊が残るも、ようやく見えた逆転の光明を目の前に、静かにほくそ笑んだのであった。

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