第14話 丘の上の攻防〜魔法使いVS魔女〜⑥
相手の魔法を吸収し、己が魔力へと変えてしまう日傘の魔女の『日傘魔法』。それは否定の魔法――魔法使いにとっての魔法とは存在意義であり、それを奪うという事は相手の存在そのものの否定でもあった。
魔法使いの存在を否定する魔女――同じ魔法使いでありながら、その在り方を否定する彼女を前にしてなお、二人の魔法使いの少女たちは、その闘志を消してはいなかった。
「罠魔法――攻勢の型!」
崖上で浮遊するヴェルレインを取り囲むように、何十もの魔法陣が空中に出現する。そして、先程と同じ大量の鎖が魔法陣から飛び出し、一斉に魔女へと襲いかかった。
「またお得意の鎖の罠……芸がないにも程があるわね。それとも――」
鎖に触れる寸前、一瞬にしてヴェルレインの姿がその場から消え、対象を失った鎖は甲高い金属音を鳴らしながら互いに弾かれ合う。
「――私が呆れかえるところも含めて、あなたの計算通りなのかしら?」
ヴェルレインは瞬時に、先程まで浮かんでいた場所から右横へと姿を現した。目にも止まらぬスピードで移動したにも関わらず、彼女は汗一つすら浮かべず、呼吸も整ったままである。
「……っ! まだです、ヴェルレイン様!」
対照的にフィルエッテは溜まった疲労で少し苦しげな表情を浮かべるも、構わずさらに数十の魔法陣を展開して攻勢を続けていく。
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「うーん……もどかしいなぁ……! 他に打つ手はないのかよぉ……」
フィルエッテより少し離れた距離で魔女との戦いを見守っていた進は、変わらず追いつめられたままの戦況に当人以上に焦りを見せていた。
「なぁ、シャルルちゃん! シャルルちゃんも、なんか手助けできねぇのかよ⁉︎ いくらフィルルちゃんが天才だからって、相手が魔女じゃ勝てっこないんでしょ⁉︎」
横に立つシャルエッテにかける進の声に、若干ではあるがイラだちが募ってしまっている。
しかし、普段は天真爛漫で表情をコロコロ変えるシャルエッテは眉一つ動かさず、冷静に姉弟子と魔女の戦いを静かに見つめていた。
「大丈夫です、ススメさん。わたしたちは――待っているんです」
「待ってる……って、何を?」
あまりに不明瞭なシャルエッテの言葉。彼女は隣で共に見守ってくれている友人を安堵させるためか、力強い笑みを向ける。
「信じてください――わたしと、フィルちゃんを……!」
進の瞳を見つめる、シャルエッテのまっすぐな視線。
「…………わかった」
――友人にそう言われたのなら、信じよう――。
シャルエッテの自信のこもった言葉と視線を受け止め、進もまた不安を払拭できないまでも、それでも力強くうなずいた。
「…………あれ?」
再びフィルエッテとヴェルレインの攻防を見つめるなか、進は彼女たちの戦いの中である違和感に気づく。
「――そういや、なんであの魔女はフィルルちゃんの鎖をかわしてるんだ?」
考えてみればおかしな話ではあった。先程のフィルエッテの説明が正しければ、魔女は相手の魔法を日傘で防いで、なおかつ相手の魔力を奪う事ができるのだから、彼女のトラップ魔法をよける必要などないはずであった。ましてや『体力変換魔法』を使うという事は、すなわち魔法で身体能力を補わなければ彼女の鎖はかわせないという事実にも繋がる。
いくらダメージはなくとも、防げるはずの魔法をわざわざ魔力を削ってまでかわさなければいけない理由が、進には思いつかなかった。
「相手の魔法を日傘で防御し、魔力を奪う……たしかにヴェルレインさんの『日傘魔法』は、わたしたち魔法使いにとって無敵のような魔法ではありますが――決して万能というわけではないのです」
「万能……じゃない?」
理解できずに首をひねる進に、シャルエッテは一度うなずいてから、日傘魔法の数少ない欠点を語る。
「数ある魔法の中でも唯一、物理魔法――つまりは魔法で生成された物質、固体は、たとえそれが魔力を元にした物であったとしても、日傘魔法で防ぐことはできないのです!」
「っ――⁉︎ ……って、どゆこと?」
「あの日傘の形状をした杖は、たしかにあらゆる魔法を防ぐ最強の盾ではありますが、杖としての構造は普通の日傘とあまり変わりはありません。普通の日傘と比べれば強度は固い方でしょうが、それでもピストルの弾丸や、大砲の弾などを防げるほどではないのです」
「……つまり、ビームみたいな魔法なら日傘で防ぐことはできるけど、魔法で作った物体までは防げないってこと?」
「その通りです! そして、魔法で生成された物体は魔力こそ通えど、物体の構造や硬度は元となる物体とほぼ同質の物となります……!」
「なるほどね……日傘で防ぐことができないから、あの魔女はフィルルちゃんの鎖をよけるしかないのか……!」
魔女の動きに納得はすれど、だからといってフィルエッテの鎖が魔女を捕えられないという現実は変わらない。
未だ魔女が見せる余裕のある笑みは崩れず、対してフィルエッテは大量の魔力の消費と体力の消耗が合わさってか息は切れぎれになり、表情には明らかな疲労が隠せなくなっていた。
そんな絶望的とも言える戦況を目にし、先程のシャルエッテの力強い言葉を受けてなお、進の心には不安が過ぎってしまう。
「――あと少しです」
変わらず静かに、姉弟子の苦しげな背中を見つめるシャルエッテの瞳は揺るぎなく――、
「――あと少しでわたしたちが仕掛けた、日傘魔法を逆手に取った本当の罠が発動するはずです……!」
◯
「ハァ……ハァ……」
フィルエッテの息が上がり、間断なく展開し続けたトラップ魔法はついにその勢いを止めてしまう。
「数えて九九〇――残りの罠は、せいぜい十が限界でしょう。おそらく数日はかかったでしょうけど、これほど大量のトラップ魔法を用意できたのは驚嘆に値するわ」
「っ……」
「だけど、結局それも無意味なものになってしまった。あなたの鎖は私に傷一つ付けられず、息を乱す事すら叶わず。残ったのは、多量の魔力を消費しただけの少女が一人と、私に魔力わずかばかりに献上してしまった少女がもう一人。ああ、なんて憐憫で哀れな子たちなのかしら。でも――改めて理解できたでしょ?」
本当に哀れむように――しかし、その瞳には明らかな嘲りの色も重なって――、
「これが――『魔女』と『魔法使い』の、どうあったって埋めることのできない『差』なのよ」
「……っ! ……ハァ……ハァ」
フィルエッテはすでに言い返す余力すら残っていない。吐き出す息は内臓に鈍い痛みを伴わせ、気を抜けば今にも気絶してしまいそうなほどに、彼女の意識は薄れかけていた。
「……わずかな間とはいえ、弟子でもあったあなたがこれ以上苦しむ姿を見るのは忍びないわね。――いいわ、あなたが残りの罠を発動させる前に、トドメを刺してあげる」
そう言ってヴェルレインは、空中に浮かんだまま日傘を閉じて、その先端をフィルエッテへと向ける。言葉通り、本気で彼女にトドメを刺そうとしているようだ。
「シャルエッテちゃん、抵抗するならこれが最後よ? 絶対にかなわない相手だとわかっていても、何もしないまま姉弟子を見殺しにはしたくないでしょ?」
「――ッ!」
明らかに挑発めいたヴェルレインの言葉。まるでシャルエッテに、あえて攻撃させようとするかのように彼女を煽りたてていた。
「ダメよ、シャル! 魔女の挑発に乗っちゃダメ……! あなたもわかっているはずよ。ヴェルレイン様の目的は――」
喉が張り裂けるような痛みに構わず、フィルエッテは妹弟子に向けて叫ぶ。そして――彼女はこれから魔女が何を行おうとしているか、その狙いを口にする。
「ヴェルレイン様の目的は――シャルの魔力を奪う事なのよッ!!」




