第13話 丘の上の攻防〜魔法使いVS魔女〜⑤
「相手の魔力を取り込む、または相手に魔力を送る際に、そのままでは魔力痕の情報の差異によって身体が拒絶反応を起こし、最悪の場合死に至ってしまいます。それを防ぐために、相手の魔力痕を書き換える必要があるのです。それこそが、『魔力変換魔法』と呼ばれる魔法であります……!」
この短時間に耳慣れぬ言葉と大量の情報が流れ込み、進は自分なりになんとか頭の中の情報を整理しようとする。
「あー……えっとそいつは、さっき言ってた『体力変換魔法』ってやつと同じようなもんなん?」
「……そも魔法というのは、言ってしまえば魔力をなんらかの現象、あるいは物質へと変換する事象の総称でもあります。炎魔法は魔力を炎に変換、ワタシの罠魔法は魔法陣に滞留した魔力を鎖に変換するなど、あらゆる魔法は根本を辿れば、魔力を万物に変換するという事になりますね」
「正解よ、フィルエッテちゃん。魔法というのは魔力を媒体にした森羅万象への変換。炎や水などの自然現象を発生させる属性魔法も、鉄などの生成や肉体などの組織を作り変える物理魔法も、次元の穴や浮遊などの現象を発生させる現象魔法も、全ては魔力を変換した事による『結果』を指すもの。でも、たとえば勉学やスポーツなどの同じ技能であっても個々人によって結果の差異があるように、魔法にも才能による明確な『格差』というものが存在する――『魔女』である私と、ただの魔法使いであるフィルエッテちゃんたちのように、そこにはどうしたって埋めきれない才能の『差』があるのよ」
魔女の言葉に反論もできず、フィルエッテもシャルエッテもただ苦々しげな表情を浮かべることしかできない。
「……話が逸れてしまいましたね。進さんの言う通り、体力変換魔法も魔力変換魔法も、魔力を別の力に変換するという意味ではその性質は似通ったものであるのは間違いありません」
話ながらも魔力を回復していってるのか、少し青くなっていたフィルエッテの表情も次第に落ち着いていく。
「本来、魔力変換魔法はおもに医療用魔法として使われる事が多いです。いちじるしく魔力が低下した魔法使いの魔力回復のために、医療魔法使いは自身の魔力を患者へと直接送り込みます。輸血のようなものと言えばわかりやすいでしょうか? そして、魔力を送る際に拒絶反応を起こさせないため、送り込む自身の魔力痕を患者の魔力痕へと変換していくのです。……ワタシやシャルもかつてこの場所で闘った後、境界警察の医療支部へと送られ、医療魔法使い数人がかりでワタシたちの少なくなった魔力を補充していただき、回復することができました」
かつてこの丘でフィルエッテとシャルエッテの闘いが行われた後、ダメージはもちろんだがそれ以上に大量の魔力を消失してしまった二人を治療するため、彼女たちは境界警察の医療支部へと運び込まれた。シャルエッテはまだそれほど重症ではなかったものの、シャルエッテに至っては危篤状態にまで追い込まれしまい、傷や肉体へのダメージを回復するのと同時に消えかかっていた魔力を補うため、数十人の医療魔法使いたちが魔力変換魔法を使用して、彼女の魔力を回復していったのだ。
「そ、そんな便利な魔法があるんならさ、あの魔女の魔力もフィルルちゃんたちが奪うってこともできるんじゃないの?」
話を聞く限り、魔力変換魔法は魔女の特権というわけではないらしい。ならば魔女ではないフィルエッテたちにも同じことができるのではないかと、進は彼女にたずねる。
「……残念ながらワタシもシャルも、相手の魔力を奪う魔法は修得していません。まあ、先ほど言ったように修練を積めば、ワタシでも十分に会得できる範囲の魔法ではあります。ですが……仮に日傘の魔女と同じ魔法が使えたとしても、同じような『結果』に至るのは至難と言えるでしょう」
未だフィルエッテの言葉には濁りが見える。まるで、この先口にする内容そのものに恐ろしさを感じているかのようだった。
「魔力変換魔法は万能のように見えて、ある致命的な欠陥を抱えています。それは――」
一度息を呑み、そして彼女は魔女を見上げながら、魔力変換魔法の最大の欠点を語る。
「それは――魔力痕の情報を書き換えるのに、膨大な時間を必要とするのです」
「膨大な……時間……?」
と言われても、やはり進はピンとは来なかった。額に嫌な汗を浮かべつつ、フィルエッテはさらに続きを語っていく。
「先ほど魔力を相手に送るのを輸血に例えましたが、輸血も基本的には違う血液型を輸血してしまうと、異常反応が起こってしまいます。魔力は血液と違って情報の書き換えが可能ではありますが、情報の書き換えとは言ってしまえば魔力の在り方そのものを変えてしまうものなのです。当然、情報の書き換えは容易ではないもの。相手の魔力痕に情報を書き換えるには、どうしたって長い時間がかかってしまうのです……」
実際、フィルエッテの治療が終えるまで実に一週間もの時間を要した。それだけ、魔力の変換を行うには時間が必要という事なのだろう。
「……思えば、ジングルベールさんがさらった子供たちの魔力を吸い上げる時に時間をかけていたのも、長く苦しめるためだけじゃなく、人間の少ない魔力であっても魔力の変換に時間がかかってしまうからだったと今は思います」
シャルエッテがかつて戦った路地裏の魔女と呼ばれた結界魔法の使い手、ジングルベール。彼女は子供をさらってはその小さな魔力を吸い上げてきたのだが、それは子供たちを意図的に苦しめるためだけじゃなく、どうしても魔力の書き換えに時間が必要だからでもあったのだ。
「そして、魔力変換魔法の完了に必要な時間ですが――これは魔法使いによって違いはありますが、平均的に一ヶ月、医療魔法使いなどの専門家であっても、最短で一週間ほどの時間が必要となります」
ドクン――、
ここにきて、進も魔女の恐ろしさに勘づき始める。
平均一ヶ月、短くても一週間は必要な魔力変換魔法。だが、ヴェルレインがシャルエッテから奪い取った魔力を自身の魔力のように使用した時間差は明らかに――、
「日傘の魔女の最も恐ろしいのは、その圧倒的な魔法技術。あの方は、日傘で奪い取った魔力を、たった一瞬で自身の魔力に変換することができるのです!」
相手の魔法を日傘で防ぎ、それを自身の魔力として奪う『攻守両用魔法』。そして、奪い取った魔力を一瞬にして自身の魔力へと書き換える『魔力変換魔法』――この二つの魔法の組み合わせこそが、日傘の魔女の得意魔法である『日傘魔法』の正体であった。
「日傘魔法は、あの特異な形状のケリュケイオンと異常なまでの速さの魔力変換魔法が両立して初めて成し得る、ヴェルレイン様のみが使えるオリジナルの魔法です……! 相手の魔力を奪い、そのまま自身の魔力として使用する。その効果は意外にも単純ではありますが、あらゆる魔法が魔女の前では全て防がれ、そして己が魔力へと吸収されてしまうのです。それはつまり――」
そしてフィルエッテは口にする――『魔法使い』と『魔女』の圧倒的な『差』を。
「相手が魔法使いである限り、日傘の魔女に勝つ事は不可能なのです――!!」
どのような努力を経て修得した魔法であっても、日傘の魔女の前では全てが自身の魔力へと変換され、奪い取られる。
魔法使いにとっては魔法こそが全て。それを奪われるという事は、魔法使いとしての存在意義の否定でもあり、それこそが魔女と魔法使いの明確な『差』でもあったのだ。
「魔法が防がれて、しかもそれが全部相手の魔力に変わるだなんて……そんなの、もう勝てっこないじゃん……⁉︎」
その差は人間である進ですらも感じ取り、魔女に対して改めての絶望感を抱いてしまう。
フィルエッテ自身が口にしてしまったのだ――魔法使いであるならば、あの魔女には敵わないのだと。
「……それでも、あなたたち二人は私の『挑戦』に応じた。魔法使いならば、魔女と戦う事の意味を誰よりも理解できているはずなのに、戦うと決意できた……」
空から響くは優美なる魔女の声。彼女は二人の魔法使いの少女たちを見下ろしながら、その心中を言い当てるように――、
「正直に言いなさい――まだ、隠し球があるんでしょ?」
「「っ……!」」
指摘され、動揺した表情を一瞬見せるも、少女たちの瞳にはまだ諦めの色は消えていなかった。
二人の闘志が残っている事を確認し、魔女はこの状況を心底楽しむかのように、その笑みに邪悪さを宿らせる。
「いいわ。あなたたちの魔法と知恵の全てを出し切りなさい。そのうえで――魔女が魔法使いの在り方を全て否定してあげる」
少し荒めの風が草木を揺らす。魔法使いたちと魔女の戦い――その第二ラウンドが始まろうとしていた。




