第12話 丘の上の攻防〜魔法使いVS魔女〜④
「ワタシの罠魔法や、シャルのバースト魔法のように、基本的に魔法使いにはそれぞれ『得意魔法』と呼ばれる魔法があります。それは魔女とて例外ではありません。そして、日傘の魔女の得意魔法こそ、あの方のみが使用できるオリジナルの魔法――『日傘魔法』なのです……!」
空を漂い、未だ余裕げに笑みをたたえるヴェルレイン。彼女に見下ろされるように二人の魔法使いの少女たちは、すでに消耗で息を切らし始めている。
「日傘……魔法……?」
そんな中、フィルエッテが口にした聞き慣れぬ単語を一人、進はそのまま困惑混じりに復唱した。
「――えっと……なんか、絶妙にダサいっすね、そのネーミング」
「っ――⁉︎ 進さん⁉︎」
「ススメさんッ⁉︎」
進が思わず口走ってしまった言葉に、シャルエッテもフィルエッテも焦りと驚きが交えた表情で振り返ってしまう。
「…………そうね。私が名前を付けたわけではないし、私自身格好がいいと思った事はないけれども……ほんのちょっとカチンときたかしら」
そう言ってヴェルレインは笑顔のまま、ずっと開いたままでいた日傘を畳み、その先端を進へと向けると、日傘全体が淡い紫色に光だし始めた。
「っ――! ヴェルレイン様、やめて――」
フィルエッテが言い切る前に、ヴェルレインの日傘の先端からビームのようなものが放たれる。
ビームは進の頬の横をかすめると、そのまま後方の地面に着弾するとともに耳をつんざく爆発音と、木々を激しく揺らす爆風が同時に襲いかかった。
「っ…………」
直接当たりはしなかったものの、もし当たっていた事を想像してしまい、進の表情が一気に青ざめてしまう。
「すんません。日傘魔法、カッコいいと思います。ヴェルレインサマカッケー」
ゾッとしながらカタコト気味に謝罪する少女の様子に満足したか、魔女はいつものようにまた日傘を開いて頭上へと差す。
「つーかやべー威力のビーム撃てんじゃん。これが魔女ってやつの実力ですか?」
背後の地面が抉れた光景を目にして、改めて魔女の恐ろしさを認識する進。しかし、その様子がおかしいのか、突然魔女がクスクスと笑い出した。
「何を勘違いしているのかしら? 今の魔力砲に、私の魔力は一切使われてないわよ」
そして、魔女は再び歪んだ笑みをその顔に貼り付ける。
「今のは――さっきシャルエッテちゃんが私に攻撃した、拡散型・魔力砲に使われた魔力よ」
「……っ?」
進は魔女の言葉の意味がわからず、ただ首を傾げてしまう。
「日傘魔法――これは単一の魔法を示す魔法名ではありません。ヴェルレイン様の得意とする、ある二つの魔法の総称を我々がそう呼んでいるのです……」
呼吸を落ち着けつつ、フィルエッテが日傘魔法の詳細を語り始める。
「日傘魔法を構成する二つの魔法――その内の一つが『攻守両用魔法』。この魔法は、あの日傘の形状をした杖だからこそ成り立つ魔法です。あの日傘は開いた時の状態は盾となり、相手の魔法を防ぎ、なおかつ吸収することができるのです……!」
「っ――⁉︎ それじゃあ、さっきシャルルちゃんが撃ったあの雨みたいなたくさんのビームも――」
「ええ……シャルのスプレッド型魔力砲は傘で全て防がれ、さらにその魔力を自らの日傘に取り込んだのでしょう……」
相手の魔法を防ぎ、さらにはその魔力を吸収する――それが、ヴェルレインの持つケリュケイオンの盾としての特性であったのだ。
「そして、あの日傘を閉じれば他のケリュケイオンと同じように、魔力砲などを撃つための銃身へと変化するのです」
「っ……じゃあ、さっきビームを撃つ時に日傘を閉じてたのも……」
「そう……ヴェルレイン様は開いた日傘でシャルの魔法を防いで吸収し、日傘を閉じて吸収したシャルの魔力を使って、魔力砲を撃つ――ヴェルレイン様の言う通り、先ほど放った魔力砲にあの方の魔力は一切使われていないのです……!」
苦々しげに語るフィルエッテ。いくら魔力に関して無知な進であっても、彼女の説明する魔女の魔法の恐ろしさは理解しえてしまう。
「相手の魔法を防いで奪い、その魔力を使って攻撃する――これが『攻守両用魔法』。あの日傘は、魔法使いとしての最強の『盾』であり、そして最強の『銃』でもあるのです!」
最強の盾にして、最強の銃――魔女の持つ日傘は、その一本で盾にも武器にもなる。まさに、たった一本の日傘が攻守の両方を司っていたのであった。
「……要するに、あの魔女は相手の魔法を全部自分のものにできるって事っしょ? いくら魔女だからって、チートすぎるにも程があるでしょ⁉︎」
「だからこその魔女なのよ。ようやく理解できたかしら、人間? これが、ただの魔法使いと魔女の差よ」
揺るがぬ自信の色が表れた魔女の笑み――攻守両用魔法というチート的な魔法こそが、魔女の絶対的な自信を確立していたのであった。
「……で、でもさ! アタシ能力系の漫画とかけっこう好きで読んでるんだけど、こういうチート能力って、基本的に弱点とか制約的なものがよくあるんよ。じゃなきゃ、主人公に勝ち目がなくなっちゃうしょ? あの人のその攻守両用魔法ってのも、なんか弱点とか制約とかあるんじゃないの⁉︎」
「…………」
しばらくフィルエッテは黙り込むが、一度大きく息を吐いた後、進の疑問に答える。
「進さんの言う通り、一見無敵には見えても、攻守両用魔法にも穴はあります。先ほどワタシは攻守両用魔法はヴェルレイン様だからこそ使える魔法だと説明しましたが、攻守両用魔法の魔法構築論自体は複数の優秀な魔法使いたちによって研究され、すでにその理論を読み解かれています。ワタシもその気になれば、同じ攻守両用魔法を使うこともできるでしょう」
「え、そうなの?」
意外にも、攻守両用魔法は他の魔法使いでも使うことのできる魔法であった。フィルエッテの口ぶりからしてかなりの難度の高い魔法では間違いなさそうだが、彼女ぐらいの才能ならば魔女と同じように攻守両用魔法を使用することができるのであろう。
ならば当然、なぜ同じ攻守両用魔法で魔女に対抗しないのだろう――という疑問が、進の頭によぎる。それを察してか、フィルエッテは疑問を挟まれる前に先に解答を口にする。
「使えないのではなく、使ってはいけないのです。仮にワタシが攻守両用魔法を使い、魔女の魔力……いいえ、たとえシャルや他の魔法使いの魔力だとしても、それを取り込んだ瞬間――ワタシはその場ですぐに絶命する事になるでしょう」
「え⁉︎ なんで魔力を取り込んだだけで、死んじゃうのさ⁉︎」
驚きで声が大きくなってしまう進。フィルエッテはあくまで冷静を保ったまま、攻守両用魔法の欠陥を説明する。
「我々魔法使いの魔力には、それぞれ魔力痕と呼ばれる構造情報が存在します。魔力のDNAと言えばわかりやすいでしょうか? DNAと同じように、魔力の構造が完全に一致する魔法使いは存在しません。そして、攻守両用魔法のように相手の魔力を取り込んだ魔法使いは、魔力痕の不一致による拒絶反応が発生し、最悪死に至ってしまいます。つまり、魔法使いにとって自分以外の魔力は毒も同然なのです……!」
「毒……」
たった一文字――しかし、その一文字の禍々しさは、耳にするだけでわずかに吐き気を催させる。
「で、でも……あの魔女はシャルルちゃんの魔力を取り込んでも平気そうにしてるじゃん⁉︎」
当然の疑問――そして、フィルエッテはそれに一呼吸置いてから答える。
「それを補助するために使用される魔法が日傘魔法を構成するもう一つの魔法であり、それこそがヴェルレイン様を魔女たらしめる最大の要因でもあるのです……!」
鎖が巻かれたケリュケイオンを握りしめる手が震える。それは魔女への恐れか――それとも魔女の才能への嫉妬か。
「『魔力変換魔法』――これこそが、日傘魔法を構成するもう一つの魔法です……!」




