第11話 丘の上の攻防〜魔法使いVS魔女〜③
――六月某日、深夜――
『ふぅ! うぅ……』
『力んではダメよ。あの方はちょっとの表情の違いで、すぐにこちらの意図に勘づくわ』
『わ、わかってますよぉ……』
黒澤父娘が寝静まり、人払いの結界を張った黒澤家の庭にて、シャルエッテとフィルエッテの二人はこうして時たまこっそりと、魔法の特訓――いや、日傘の魔女を倒すための特訓を行なっていた。
シャルエッテは今、空中に浮かんでは消える複数の小さな魔法陣の裏に隠れたさらに小さい光弾を、ゆっくりと表から見えないように空高くへ向けて移動していたのだ。
『ヴェルレイン様の魔力探知の精度は、通常の魔法使いと比べてもかなり高い。あの方にバレずに、あなたの光弾を上空に設置するにはワタシが罠魔法を展開し続けて魔力の磁場を乱し、シャルの光弾を視覚と探知から両方を隠しきる。そのためには、ワタシのトラップ魔法の展開に合わせてあなたの光弾を移動させる必要がある。つまり……ワタシたちの連携が合わなければ、この作戦は失敗してしまう』
フィルエッテの説明を聞きながらも、シャルエッテは自身の魔力から生成した光弾をゆっくりと移動させるのに集中する。しかし――黒澤家の二階建ての屋根を通り過ぎようとしたところで、シャボン玉のようにシャルエッテの光弾が弾いて割れてしまった。
『ぬあー、また失敗しましたー! やっぱり無茶ですよー……ただでさえ魔力コントロールが苦手なわたしが、フィルちゃんのトラップ魔法に合わせながら光弾を移動させるなんて器用なこと、できるはすがありません……』
杖を両手に握りながら、へたりと庭にお尻をつけるシャルエッテ。その表情には疲労とともに、すでに魔女相手への諦観の色が見て取れた。
『……たしかに、あなたの不器用さは魔法界随一と言ってもいいわね』
『もうちょっとオブラートに包んでくれません⁉︎』
疲れを見せながらもちゃんとツッコミをしてくれるシャルエッテに対し、フィルエッテはクスりと微笑を浮かべる。
『――でも、こと魔力砲の技量に関しては少なくとも、ワタシよりあなたの方が上よ、シャル。光弾を生成してそれをコントロールし、そこから魔力砲を発射させるというのはいくつかある魔力砲の種類の中でも、上位の魔法技術が必要だもの。それに――』
フィルエッテは少し恥ずかしげに顔を赤ながらも、それでも月を背景に彼女なりの精一杯の笑顔をシャルエッテに向けて――、
『長く一緒に修行した妹弟子であるあなたじゃなければ、ワタシと息を合わせる事なんてできないわ。だから諦めずに、一緒に戦いましょ、シャル』
『フィルちゃん……』
――その笑顔があまりにも素敵で、シャルエッテは思わず見惚れてしまっていた。
『あの方は、ワタシと同じ謀略家タイプ。あの方の深き思考のそのさらに先を思考し、騙しきる――それが、ワタシたちがあの方に勝つための唯一の方法なのよ』
◯
――六月十五日、午後十二時四十五分――
「――――拡散型魔力砲ッ!!」
天空から発射された複数の光は、まるで雨のように魔女の頭上で集中的に降り注がれた。目視はできないが、灰色の空に浮かぶ雲のさらに上、フィルエッテの複数の魔法陣の裏を移動していたシャルエッテの光弾から、いくつもの細い魔力砲が発射されたのだ。
光弾から発射される微細な魔力砲はフィルエッテのトラップ魔法の鎖よりもさらに速いスピードで飛来し、数十秒間間断なく降り注がれる。光が着弾した衝撃と熱で崖周りに粉塵による煙が発生し、崖の先の視界は塞がれてしまう。
「ハァ……ハァ……」
やがて一分ほどの時間が経ち、魔力が尽きて雲の上の光弾が消失する。その後も粉塵はしばらく崖の上を漂い、光の雨を浴びた魔女がどうなったのかを確認ができないでいた。
「す、すげー……今のはシャルルちゃんの攻撃? やるじゃん!」
茂みに身を隠していた進が二人に駆け寄り、一足先に勝利を確信した笑みを浮かべている。
「結局魔女がどんだけすごいかあんまりわからなかったけど、これならアイツを倒したも同然だよね!」
光の雨という派手な光景を目にして興奮気味の進に対し、しかしシャルエッテもフィルエッテも、厳しげな表情を崩せないでいた。
「ダメですよ、ススメさん……映画観ながらスガタさんがよくつぶやいてましたけど、『フラグ』って言うんですよね、それ?」
「あ……いやでも、ここは現実なんだし、意外にあっさり勝てる事もあるんじゃ……」
「……いえ、この程度であっさり負けてくれるなら、魔女だなんて呼ばれません。また後ろに下がった方がいいですよ、進さん……」
「――その通りよ。この程度で勝てたと思うだなんて、心外もいいところだわ、天川進ちゃん?」
「っ――⁉︎」
煙の向こうから、ゾッとするほどに深い声がした。
煙が徐々に晴れ、その先には日傘の魔女が傘を差したまま、傷一つどころか埃一つもローブに付いてないまっさらな状態で、空中にフワリと浮いていた。
「なるほど……私の魔力探知に引っかからないために、魔力砲の発射口となる光弾をトラップの魔法の魔法陣の裏に隠してこの崖の頭上まで移動し、私をここまで誘導して多量の魔力砲で攻撃する――あなたの作戦はこんなところかしら、フィルエッテちゃん?」
「っ……」
フィルエッテの作戦は見事に成功し、たしかに魔女へと攻撃を届いたものの、なぜか魔女は無傷のままであり、さらに彼女の作戦は完全に把握されてしまった。
「フフフ……考えればそれほど難しい事ではないのだけれども、見事に私を騙しきったわね。フィルエッテちゃんの戦略性の高さもあるけれど、何よりそれを成し遂げるために無表情で私に諭られないまま、光弾をコントロールしきったシャルエッテちゃんに拍手を送ってあげるわ。あなたはもっと不器用な子だと思ったけれど、人間界に来てからの成長っぷりには感嘆するばかりよ」
日傘を握ったまま小さく拍手を送る魔女。本当にシャルエッテの成長を感動してのものなのか、それとも彼女への煽りの意味でなのか――おそらくはその両方の意味合いを含めた拍手なのであろう。
「ちょっ……ちょっと待ってよ! いくらなんでもあんだけの魔力ほう……だっけ? とにかく、大量の光を当てられて無傷だなんて、どうやって防いだのさ⁉︎」
人間である進の視点から見ても、轟音を発生させるほどの大量のレーザー直接浴びたはずのヴェルレインが無傷であるという事実に、いくら彼女がシャルエッテたちとは次元の違う魔女だと言われていても、納得することができないでいた。
「……フフ、それほど難しい話ではないわよ、天川進ちゃん」
そんな彼女を微笑ましく見下ろしながら、魔女は日傘を見せつけるように、握る手を少し前へと差し出す。
「――この日傘で、私は光を防いだだけよ。雨を防ぐために、傘を差すのは当たり前の話でしょ?」
「日傘で……防いだ……?」
魔女がいつも両手に握る日傘――ゴシック調の特徴的なデザインの傘ではあるが、別段よく見る普通の日傘にしか、進には見えない。しかし、魔女はなんの変哲もなさそうなその日傘で、大量の光の雨を防いだと言うのだった。
「魔女は嘘をついていませんよ、進さん」
トラップ魔法を撃ち止めるも、未だ疲弊が見られるフィルエッテは、呼吸を落ち着けつつ何が目の前で起こったのかを、進に説明し始める。
「日傘の魔女の名を示すあの日傘――あれは、ただの日傘ではありません」
日も刺さず、雨も降らない日であっても、魔女は常に日傘を差している。日傘の魔女と呼ばれているのだから、単にあの日傘は彼女のトレードマークなだけなのだと、進は思い込んでいた。
「あの日傘は、ワタシとシャルが持っているのと同じ――日傘の形状をしたケリュケイオンなのです」
「えっ――じゃあアレって、日傘じゃなくて杖なの⁉︎」
たいていの魔法使いが持つ、魔力のコントロールためなどに使用される魔法の杖――シャルエッテのハテナ状の杖や、フィルエッテの鎖が巻かれた杖と同じく、あの日傘も魔法使いの持つケリュケイオンと同じものであったのだ。
「そして、あの日傘を用いる事で唯一ヴェルレイン様のみが使用できるとされる、あの方の編み出したオリジナルの魔法――それが、日傘の魔女の『得意魔法』――『日傘魔法』なのです!」




