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あたしのパパは高校二年生  作者: 聖場陸
日傘の魔女編
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第10話 丘の上の攻防〜魔法使いVS魔女〜②

「ハァ……ハァ……」


 苦しげに息を切らすは鎖の杖を握る少女。すでに百を超える(トラップ)魔法の展開は、その一つ一つは微量であっても、確実に彼女の魔力を大きく消耗させていた。


「多量のトラップ魔法の同時展開――トラップ魔法を『得意魔法』とするアナタだからこそ成し得る芸当と言えるでしょう。でも――――それだけじゃあ足りない。魔法使いの枠としては天才と呼ばれるフィルエッテちゃんであっても、魔法使いの頂(まじょ)に届きうるにはあまりにも技量が足りない」


 余裕の笑みを崩す事なく、ヴェルレインは日傘をさしたまま、一時は弟子でもあった魔法使いの少女を見つめる。


 フィルエッテは何も言い返せない。たとえ彼女がどれほどに魔法使いとして優秀であっても、魔法使いの上位存在でもある魔女に攻撃が届かないのは至極当然である。普通の魔法使いならば、魔女と対峙するなどという無謀は極力避けて当たり前の事なのだ。


「ハァ……ハァ…………っ! トラップ魔法――攻勢の型(アタック・モード)ッ!!」


 だがそれでも、フィルエッテは攻勢を続けた。すでに百以上かわされた鎖を、彼女は魔力の消費で疲労した身体を無理やりに動かし、諦めずに展開を続ける。


 複数の小さな魔法陣から飛び出した鎖は変わらぬ勢い(スピード)でヴェルレインに襲いかかるが、やはり魔女は無尽蔵ともいえる自身の魔力によって生成された体力をフルに活かし、舞い飛ぶように鎖を次々とかわしていった。


「物量による攻勢とはいえ、同じよう(ワンパターン)な攻撃を続けるというのも芸がないわね。たとえアナタの魔力の全てをこのトラップたちに費やしたとしても、その鎖が永遠に私の身体に届く事はないわよ?」


 喋りながらも一切の鈍りを見せない魔女の動き。ダンスを踊るような彼女の動きは緻密に計算されており、すでに鎖は二百、三百と数を展開してはいたが、ただの一本の鎖も彼女の身体をかすりもしなかった。


 ――しかし、華麗に鎖の雨をかわす魔女の頭にも、二つほどの疑念がよぎっていた。




 ――フィルエッテちゃんほどの才あるトラップ魔法使いが、ただの物量なんて単純な作戦を立てるかしら?――。




 ヴェルレインはフィルエッテの才能を高く買っている。それは繊細な魔法技術を必要とするトラップ魔法を使いこなしているという点だけでなく、トラップ魔法を最大限に活かすための綿密な戦略を描き立てるその頭脳を彼女は評価しているのだ。


 たしかに戦力差があまりにも高い相手には、物量で押し切るというのも悪い手ではないだろう。


 だが、戦略性に富むフィルエッテにしてはあまりにも単純すぎる作戦であると、ヴェルレインは彼女の戦い方に違和感を(いだ)き始めていた。




 そして――、




「…………」




 ――シャルエッテちゃんが、フィルエッテちゃんの隣から一歩も動かないでいるのはなぜかしら?――。




 フィルエッテが攻撃を開始して以降、シャルエッテは無言で姉弟子の隣に立ち、(ケリュケイオン)を両手で握りしめたまま、ただ二人の戦いを()()()()()()()()()()()()のだ。


「…………」


 二人の作戦を、魔女はそれとなく予想はしていた。


 おそらくはフィルエッテのトラップ魔法の鎖で相手を拘束した後、動きを封じた状態の彼女にシャルエッテのバースト魔法を撃ち込む――それが、少女たちが考えうる最も可能性の高い魔女への勝利法であろう。


 シャルエッテは魔法技術の才能こそ低いものの、内包する魔力は()の魔法使いと比べても明らかに抜きん出ている。そんな彼女の魔力のほぼ全てを消費したうえでのバースト魔法ならば、いくら魔女であっても耐えきれない可能性はありえた。




 ――だが、ならばなぜ、シャルエッテは未だ魔力を溜める構えすら見せないでいるのか?――。




 バースト魔法にはどうしても、魔力を溜めきるための時間がかかってしまう。ゆえにバースト魔法を相手に撃ち込むには、仲間の協力が不可欠であるのだ。


 しかし、そもそもとして肝心のトラップ魔法による拘束が魔女相手には至難であった。いくら何百というトラップ魔法が繰り出されようとも、鎖は依然として彼女の肌に一切触れる事ができないでいる。


 だが、いくら相手が未だ拘束状態になってないとはいえ、フィルエッテが攻撃をしてる間にもシャルエッテが魔力を溜めること自体はできるはずであった。それをせず、ただ黙って姉弟子の攻撃を見つめているだけの彼女に、魔女はやはり違和感を感じていたのだ。


諦観(ていかん)している――というわけではなさそうだけれど、それにしても普段無邪気な女の子がおとなしいというのも不気味ね……」


 魔女はシャルエッテがいつ動き出してもすぐさま対処できるように、彼女からも視線を極力外さないでいる。




 そうしている内に気づけば、フィルエッテの放ったトラップ魔法もとうに五百を超えてしまった――。




 残りのトラップは四百と少し――展開するフィルエッテの方はすでに重なった疲労で苦しげな様子を見せ、対してヴェルレインの方は涼しげな表情を依然保っていた。


「フィルちゃん……」


「大丈夫よ、シャル……トラップ魔法――アタックモード!」


 声にも疲労が混じるが、構わずフィルエッテは攻撃を続ける。


「…………」




 ――やはりおかしい。もし、フィルエッテちゃんの狙いが私の拘束ではなく、別にあるとしたら――。




 魔女の心に(くすぶ)る違和感はより濃くなっていき――鎖が六百を超えたところで、罠をかわし続けていたヴェルレインは違和感の正体に気づき始める。


「ここは…………広場の端っこ……⁉︎」


 ヴェルレインは気づかぬうちに鎖をかわし続けた末に、広場の真ん中という最初の立ち位置からかなり後方まで後退していた事に気づいた。




「フィルエッテちゃんの目的は、私を拘束することじゃなくて――私をこの場所に誘導するため……!」




 ヴェルレインの背後、白い柵一枚を隔てたその先には、無機質な岩肌が広がる断崖絶壁。


 フィルエッテは無作為(むさくい)にトラップ魔法を展開しているように見せかけて、その実ヴェルレインを崖下近くにまで移動するよう、彼女が鎖をかわす方向を計算して罠を展開していたのだ。


「……魔女を相手に、物量だけで拘束できるなどと甘い考えはしませんよ。ですがこれで、逃げ道は一気に限定されたと言ってもいいでしょう……!」


 フィルエッテの言う通り、ヴェルレインの後方には崖が広がっており、これ以上後ろに下がって鎖をかわすということはできない。そうなればあとは左右と前方のみしか移動できなくなるが、トラップ魔法の同時展開量はおよそ十前後。それだけあれば、残りの逃げ道全てに鎖を展開するには十分であった。


 多量の罠を展開し、あえてよけさせ続けることで敵の逃げ道を狭め、かわしきれなくなったところを狩り取る――狩猟のやり方としては王道ではあるが、それを一切相手に気づかせる事なく鎖の軌道を計算できたのは、まさに戦略性に()けたフィルエッテだからこそ成し得た作戦と言えよう。




 しかし――、




「いいえ、やっぱりアナタは甘いわ、フィルエッテちゃん。だって――」


 ヴェルレインは一切の躊躇なく地面を蹴り上げ、後方の柵を越えて崖下へと飛び降りた。崖下は木々に囲まれ、その先は目視できないが木の高さから計算しておよそ十数メートルもの距離があり、落下すれば身体は枝木に切り刻まれ、地面に激突して潰れたトマトのような死体(かたち)に成り果てるであろう。




 ――だが、魔女の身体は崖下に落ちる事なく、日傘を握ったままふわりと空中に浮かんだのだった。




「さっきまでは魔法使いであるアナタへのハンデとして、あえて地上でトラップ魔法に付き合ってあげてたけれど、飛行魔法で空を飛んでいればアナタの鎖をかわすのはさらに容易(ようい)よ」


「っ……」


 ヴェルレインの言う通り、空中でならば移動範囲は三六〇度となる。地上以上に動ける範囲は自由であり、先ほどよりも鎖を回避するのはまさに容易と言えよう。


「魔法使いのほとんどが飛行魔法を使える以上、魔法使い同士の戦いで地理的優位なんてほとんど意味を成さない。そんな簡単な事、アナタが気づかいはずもないのだけれど……これも含めて、アナタの罠って事かしら?」


 戦略家であるフィルエッテが、空中を移動できる魔法使いに地理的優位はない事など、理解していないはずがない。


 ならば崖下まで追い詰めたところで、こうして崖の上を空中移動される事ぐらい、フィルエッテも当然気づいているはずなのだが――、




「っ――⁉︎」




 ここにきて初めて、先ほどまでほとんど動きを見せなかったもう一人の魔法使い(シャルエッテ)が、ヴェルレインに向けてケリュケイオンをかざしている姿を目に捉えた。


「っ……上か⁉︎」


 ヴェルレインが浮かんでいる場所よりもさらに上、雲覆う空から複数の魔力を魔女は感知する。






「――――拡散(スプレッド)型魔力砲ッ!!」






 ――魔法名を告げると同時に、まるで雲から雨が降るかのように、数百もの光の雫が魔女の頭上へと目がけて間断なく降り注がれたのであった。

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