第7話 五人の魔女
「――『魔女』は自らが名乗るものではなく、誰かが与える名でもない。ただ、魔法の最奥を極めた者が自然とそう呼ばれる、魔法使いの最高到達点に位置する存在なのです」
灰色の空から降り注がれる雫が、木々の葉や土にシトシトと音を立てて静寂な音階を奏でてゆく。
「どの魔法使いをも圧倒する膨大な魔力、あらゆる魔法の知識を蓄え、使いこなす魔法技術……そして、我々魔法使いの祖である『原初の魔女』のみが使えたとされる、又は『原初の魔女』ですら到達できなかったと言われている究極魔法を探究し、あるいはたどり着いたとされる魔法使いが原初の魔女の名から一部を戴き、『魔女』と呼ばれるようになったのです」
「えーと……つまりはラスボス的なやつ?」
「その認識で構いません。そして、その魔女は何万という魔法使いの中で、たった五人しかいないのです」
「うーん……いや待って待って⁉︎ つまりはあの傘持ってたお姉さんと同じぐらいヤバい奴が、あと他に四人はいるって事⁉︎」
驚き、あわてるような様子を見せる進に、フィルエッテは少し呆れ気味に笑う。
「まあ、そうなりますね。でも、魔女だからといってみんなが悪者というわけじゃありませんよ。ワタシやシャルの師匠も、魔女の一人でありますし」
「…………」
進はしばらく無言でポカーンと呆けた後、興奮で突然飛び上がった。
「いやいやいや⁉︎ それも初耳なんじゃが⁉︎ 魔女についてまだあんまわかってないけど、つまりはすんごい人が二人の師匠になってるって事だよね……⁉︎」
「そうです! お師匠さまはすごいのですッ!!」
進以上にテンションを上げていたシャルエッテが、勢いそのままに話に割り込んできた。
「お師匠さまは先ほどフィルちゃんの言った『原初の魔女』の唯一の子供であり、『現存せし最古の魔女』とも呼ばれています! さらに他の魔女の方々と違ってお師匠さまは『得意魔法』と呼べるものはないのですが、かわりに全ての魔法使いの中で最も多くの魔法が使えて、『万学の魔女』とも呼ばれているのですッ!!」
「うおー、なんか話の規模がデカくて頭が追いつかなくなってきたぞ? ていうか、そんなすごい師匠に教えてもらってるって……もしかして、シャルルちゃんとフィルルちゃんって意外と大物だったりする?」
「……いいえ、お師匠様と比べれば、我々などまだまだヒヨッコ同然です。ですが……お師匠様はたしかに魔女と呼ばれるほどに魔力も魔法技術も桁違いではありますが、その名に驕らず謙虚な方であり、何より未熟なワタシたちに日々厳しく、時に優しく魔法技術を鍛えてくださるお師匠様を、我々は魔女である事と関係なく尊敬しているのです」
そう語るフィルエッテの表情は、普段クールな彼女が滅多に見せないような、どこか誇らしげな色を含んでいる。その顔だけで、進も彼女たちの師匠が偉大な人物であると納得できるのであった。
「しっかし、『日傘の魔女』と『万学の魔女』かぁ……魔女が五人って事は他に三人いるって事だろうけど、残り三人はどんなすごい人たちなん?」
何気ない進のその問いに、しかし突然フィルエッテもシャルエッテも、気まずげに顔を暗くしてしまう。
「ごめんなさい、ススメさん……他の三人の魔女さんについては、わたしたちの口からは話せないのです……」
「およ? それはなんでまた?」
「箝口令というものですよ。ワタシとシャルはこの人間界に長期滞在する際、境界警察から滞在の許可を受ける条件として、いくつかの情報を人間相手に話してはならないと決められているのです。これは境界警察のかかげる魔法の秘匿の一環であり、これを破ればワタシたちは即人間界からの強制退去を命ぜられます」
「うわー、アタシたち人間にも外国とかに行く時はけっこう面倒な条件があったりするんだけど、魔法使いもそこらへんは変わらんのねー……ていうか、じゃあフィルルちゃんたちのお師匠さんの話も、日傘の魔女の話も喋るのヤバくない?」
「いいえ、お師匠様に関しては我々の師という事もあって、特に情報の規制はもうけていません。日傘の魔女に関しては……ワタシたちだけでなく、進さんたちにも深く関わってしまっていますし、特例として情報の開示を許可されているのです」
たしかに、進が聞いている限りでも日傘の魔女はすでに白鐘たちと大きく関わってしまっている。その危険性を考えれば、彼女に関する情報が隠されていないのも納得のいく話であった。
「……ただ一つ言えるのは、人間に対して友好的でいられる魔女はワタシたちの師匠のみで、他の魔女はヴェルレイン様を始め、いずれも凶悪極まりない存在であります。お師匠様を除いた魔女は全員境界警察の魔法犯罪者に登録されており、その凶悪度の階級付けにおいて、四人のみが最高ランクであるS級魔法犯罪者として名を刻まれているのです……!」
「うおー……ランク付けとか厨二心くすぐってくれるけど、とりあえず魔女がヤベー連中だって事は十分わかったのだぜ」
日傘の魔女一人でも十分な脅威であろうに、彼女と同じぐらい危険な魔女があと三人いる。その事実に進は興奮少しと、恐ろしさに身体がわずかに震えていた。
「……今さらだけど、本当に二人とも、日傘の魔女に勝てるの? あの人がどんだけ強いかはわからないけど、少なくともアンタたちの師匠とおんなじぐらい強いんでしょ?」
うかがうように少し自信のない声で、進は二人の魔法使いの少女に問う。フィルエッテもシャルエッテも、どこか不安げな心は表情にあらわれていた。
「もちろん、勝ち目の薄い戦いだとは思っています……ですが――」
不安げではある――が、それでもたしかに二人の心には、諦めの色が混ざっていない闘志が燃えていたのだ。
「魔女に勝つ――そんな奇跡を起こすために、ワタシもシャルも準備をしてきたのです……!」
そして力強くうなずく二人を見て、進も安堵して心の中の不安を払いのける事にした。
「…………さあ、まもなく丘の上の広場へと到着します。シャル、それに進さん……改めて口にしますが、覚悟を持って一緒に進みましょう……!」
◯
――六月十五日、正午――
三人の少女たちは一度足を止め、呼吸を整えた後、まっすぐに前を向いて丘の上の広場へと足を踏み入れる。
絶景が広がり、普段は観光客で賑わう広場も、今日においては息苦しさを感じさせるほどに静まり返っている。雨が原因ではない。
――広場の真ん中に日傘をさして立つ女性の存在感が、広場という空間をたった一人で支配していた――。
まるで異質そのものがそこに立っているかのように、視界に入るだけで喉元を握り潰されるような圧迫感に襲われる。しかし、それでもなお彼女はそこにいるのが当たり前であるかのように、自然な姿勢で佇んでいた。
一度平静になっていた心臓が、危険を内側から知らせるように高鳴りだす。それこそ口から飛び出てしまうのではないかと錯覚してしまいそうなほどに、胸を痛いぐらいに叩いていた。
「あれが……あの時の占い師のお姉さん……」
進がかつて同じ場所で邂逅した占い師とはまるで別人のように、相対するだけで呪われたのではないかと思い込んでしまうほどに、魔女は圧倒的な存在感を放っていた。
「戦場へようこそ、二人とも……歓迎するわ、シャルエッテ・ヴィラリーヌ、そしてフィルエッテ・ヴィラリーヌ」
紡ぐ言葉はまるで歌声のように綺麗で、しかし聴くだけで脳がかき混ぜられるかのような不快感に襲われる。
日傘の魔女――ヴェルレイン・アンダースカイは、妖艶さと不気味さが入り混じる笑みを浮かべて、これから戦う二人の魔法使いを迎え入れるのであった。




