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あたしのパパは高校二年生  作者: 聖場陸
日傘の魔女編
232/323

第1話 始まりは欠落から

 ――六月十五日、午前七時――


昨日(さくじつ)消失を確認した魔力痕(まりょくこん)を解析――二〇パーセント、五〇パーセント、八〇パーセント、一〇〇パーセント、解析完了。Bランク登録された魔法犯罪者である女性のものと一致しました」


「ご苦労。チッ、これで一週間連続となったか……!」


 金の装飾をあしらった青いローブを羽織った赤髪の男が、明らかにイラだちのつのった表情で舌打ちする。


 境界警察・人間界支部――その中でも全体の業務を総括、管理する司令室にて、赤髪の男――イフレイル・レッドヴェランは部下のウィンディーナ・フェルメッテと共に、前方に大きく映し出されたモニターを睨んでいた。モニターの映像には失踪した魔法使いのバストアップと全体図、さらにプロフィールやいくつかの風景画像など、様々な映像が切り抜かれて並べられている。その一部に、日傘の魔女が映し出された画像も貼り付けられていた。


「日傘の魔女の『魔法使い狩り』はすでに二十年以上続いているが、せいぜいが一ヶ月に被害が三人か四人程度だったもの。それがここにきて急激にペースを上げている……ウィンディーナ、この状況をどう見る?」


 イフレイルは隣に立つ部下に目配せをし、彼女はモニターに貼り付けられた画像を見つめたままうなずく。


「魔法使い狩り……日傘の魔女によるこの凶行は、初めて観測されたのが二十三年前。彼女は月に三、四度のペースでB、またはAランクの魔法犯罪者をターゲットにし、殺害する事件を連続して起こしています。目的は不明。被害者はいずれも死体ごと魔力を消失、あるいは死体は残っても魔力が消失している事がほとんどでした」


 ウィンディーナは過去の日傘の魔女による人間界での行いを頭の中で整理しながら、彼女の行動原理を声にして並べる。


「最近は……黒澤諏方一行との接触後は、多少彼らの周りで暗躍するも、それまでの行動を考えれば比較的おとなしくしていたのですが……ここにきての派手な動きはおそらく、彼女の()()が最終段階に移行したものと思われます……」


 少し重めに告げられる彼女の日傘の魔女への考察(プロファイリング)に、その場にいた境界警察のメンバーはイフレイルを除いて不安げな表情を隠せないでいた。


「二十三年……魔法界でならたいした時間ではないが、人間界でならかなりの年月を彼女は計画のために要している。その最終的な目的は確かに不明なままだが、一つわかっているのは、あの女は被害者である魔法使いたちの魔力を()()()()()という事だ」


「「「っ……!」」」


 その事実は境界警察の中ではすでに周知済みの情報ではあったが、イフレイルがこうして改めて言葉にあらわした事で、司令室内のメンバーの表情に緊張が走る。


「日傘の魔女の得意魔法……『日傘魔法』は略奪の魔法だ。その特性を知っていれば、あの女の行動原理など十分に予測できる。……問題はあの女が魔力を奪う事によって、最終的に何を成そうとしているかだ……! 解析班は続けて日傘の魔女の潜伏場所の特定を急げ。あの女が最終的な行動を起こす前に、なんとしても我々が阻止するのだッ!」


「「「了解!」」」


 モニターの前のイスに座っていた数名の解析班は、共にキーボードを素早く操作し始める。


 司令室全体が緊張感に包まれる中、イフレイルは一人違和感を抱いていた。


 指示は出したものの、そもそも数十年も日傘の魔女を追ってきた境界警察が、彼女の潜伏場所を未だ特定できていないはすがなかったのだ。もちろん特定するたびに彼女は場所を移し、今日(こんにち)に至るまでついぞ捕える事はできなかったのだが、少なくとも彼女の潜伏場所の履歴は残っているはずだ。それらから絞り込めば、自然と彼女がどの場所で行動を起こすかなども予測しえるはずであった。






 しかし、彼女の潜伏場所の資料――いや、記憶そのものがまるで欠落したかのように、情報が抜け落ちているような違和感が、イフレイルの脳内に纏わりついていたのだ。






「…………おい、そこのお前。ドアは開けられるか?」


「え?」


 司令室のドア付近に立っていたイフレイルの部下が彼に視線を向けられ、ビクッと身体を跳ねさせる。


「ドアを開けられるかと訊いているのだ。さっさと行動に移せ!」


「は、はい!」


 すっかり怯えてしまった部下はあわててドアを開けようとするも、一向に開く様子を見せなかった。


「あ……開きません……ドアが開けられないです!!」


 ドアに手をかけた部下の叫びで司令室内のメンバーが一斉に後方に視線を注ぎ、明らかな動揺が広がる。


「チッ……やられたな……!」


 イフレイルは赤い髪をくしゃくしゃにかき乱し、いつも以上にイラだたしげに眉間にシワが寄せる。


「これは……いったいどういう事でしょうか、総支部長⁉︎」


 ウィンディーナの珍しい取り乱した様子に、イフレイルはため息まじりに口を開いた。


「今、この司令室そのものが結界に囲まれ、外部と隔絶されているのだろう。そして……この結界内ではどうやら、日傘の魔女の『認識遮断の魔法』が自動的にかけられるようだ」


「なっ……⁉︎」


 司令室内がどよめく。イフレイルの部下たちはそれぞれがまるで脳を乗っ取られたかのように、自身の頭を両手で抱えだした。


「い、いったいなんのために……?」


「おそらくだが、遮断されたのは魔女がどこに潜伏しているかを()()()()()()()()()であろう。その場所の存在という情報そのものを我々の脳内から切除する事で、我々が彼女に辿り着けないよう仕向けたのだ。魔女め、よほど境界警察の介入が面倒と見える……!」


 司令室の壁を拳で叩きつけ、いよいよ彼の怒りが血管が切れそうなほどにわき上がらせていた。


「この部屋に閉じ込めたのも、我々が外に出るまでの時間稼ぎと、潜伏場所となる手がかりから遠ざけるためだろう。我々の記憶はいじれても、資料などの無機物にまではなかった事にできないからな……おそらくだが、司令室内のコンピューターもいじられたのではないか?」


「――っ⁉︎ 今すぐお調べします! …………これは……やられました、コンピューター内のデータに魔法プロテクトがかかっています……!」


 解析班数名はすぐさまコンピューター内のデータを確認するも、そのほとんどをアクセスすることができなかった。


「……司令室限定ではあるだろうが、境界警察のコンピューターに魔法ハッキングをかけられるとはな……完全にしてやられた。これでは何をするにも後手に回ってしまう」


 もはや怒りを通り越し、イフレイルは相手の入念な妨害の鮮やかさに感服すらしてしまった。


「司令室丸ごと私たちを結界に閉じ込め、全体に認識遮断の魔法をかけ、コンピューターにも魔法ハッキングをして妨害(ジャミング)をかける……いくら魔女とはいえ、このような事が単独で成しえられるものなのでしょうか……?」


「魔女だからこそ成しえられるのだよ。我々(魔法使い)の常識を、あのような魔女(非常識)に当てはめたのが間違いなのだ……!」




 状況は完全に切迫していた――。


 司令室は結界で閉ざされ、外には出られない。


 司令室自体が外界と遮断され、魔力を放出して部屋の外にいる他の境界警察メンバーとも通信することもできない。


 魔力ハッキングにより、コンピューターがジャミングを受けて一部のデータが閲覧できない。


 日傘の魔女を追うのに、最も重要であろう情報が認識遮断の魔法によって、頭の中から抜け落ちてしまっている。




 これらの状況を打開しない限り、日傘の魔女にたどり着くことはできない。こうしてる間にも魔女はなんらかの行動を始めて、取り返しのつかない事態になりかねなかった。


「……チッ」


 イフレイルはローブの懐からタバコを取り出すと、自身の炎魔法によって指の先から火を灯し、タバコに火をつける。


「総支部長、室内は禁煙です……」


「緊急事態なのだ。頭を冷やすために、特例処置として許せ」


 煙を吐き出しながら、イフレイルは今この状況で自分たちは何ができるのかを頭の中でまとめ上げる。


「解析班! すぐさまコンピューター内のハッキングに使用された魔力を解析し、ジャミングを解いてデータを閲覧できるようにしろ。魔力コントロール班は二手(ふたて)に分かれ、我々の脳波とこの部屋の結界の解除(キャンセル)に急げ。できうる限り迅速に。日傘の魔女の計画は我々、境界警察が阻止するのだッ!」


「「「は――!」」」


 日傘の魔女による突然の妨害を受けるも、境界警察司令室はイフレイルの指示のもと、この状況を打開するためにみなが素早く動き始めるのであった。


 そんな中、ウィンディーナはいつの間にか取り出していた小型の板らしき物体に指を滑らせていた。


「……ウィンディーナ副支部長、それはすまーとほん……と呼ばれている人間どもの通信手段に(もち)いられる機械だな。なぜそんな物をこの状況下で持ち出している?」


「あからさまに毛嫌いするような顔しないでください。総支部長だって、人間文化であるタバコをよく吸うじゃないですか? 総支部長の言う通り、これは魔力を持たない人間の叡智によって作り出された現代技術の結晶……そしてスマホの通信に必要なのは魔力ではなく……電波です!」


「っ……⁉︎」


「魔力はこの部屋から通せずとも、電波ならこの部屋より外に通信をすることができます!」


 結界内において、魔力による外との通信はできずとも、スマホを使って同じく他のスマホを持つ者に連絡することはできるようであった。問題は人間を守る立場でありながら、人間の文化を拒絶してきた他の境界警察がスマホを持っていないところではあったのだが――、


「――この状況の中、一番に頼れる方に私は連絡をします!」




   ◯




「…………ふぅ、まったく、厄介な連絡を寄越してくれたものだ」


 都心から少し離れた荒野のような道ばた。人気(ひとけ)のない静かな長い道路の一角に停車した、耳が痛くなるほどのエンジン音を唸らせる一台の大型のバイク(ハーレー)。その横でレザーの黒いジャケットを羽織り、タバコをくわえながらゴーグルをかけていた黒ポニーテールの女性が、自身のスマホの画面を見つめている。


 送り主は彼女を慕う魔法使いの女性から。


『お姉さま、すみません! 日傘の魔女がついに動き出しました!』という見出しから始まり、時折絵文字を交えつつ、境界警察の中で起きている事態を簡潔にメッセージアプリにて書き出されていたのだ。


「情報の欠落……となると、私がやるべきは必要な情報の伝達。とはいっても、下手な情報では混乱を増す危険性もありえる。……まずやるべきことは、私自身の情報収集からだな。さらには集めた情報で次にどう動くべきかも判断する。組織には……許可取りしてからでは遅くなるやもしれん。全ては、私の行動次第か……」


 お姉さま――七次椿はため息をつきながら、ゴーグルを額にずらしていかにも嫌そうといった表情で文章を読み返す。




「まったく……日傘の魔女というのはなんとも間の悪い女だな。今日(六月十五日)は愛しの姪っ子と、()()にとっての大切な日だというのに」

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